現れた巨大な竜
村雨くんが城壁の内側に消えて、しばらく経った。
私がいる場所には城の中の物音は届かない。
当然、城壁の向こうの光景なんかも見える訳もなく、城の中の様子をうかがい知る事なんて、できやしない。
城の中の様子は?
村雨くんは信乃ちゃん救出に向けて、無事行動できているの?
ただ、ただ私の周りで静かに時だけが流れていく。
もし失敗して、村雨くんまで捕まったら、私だけでは二人を助ける事はできない。
悔しいけど、私に出来る事は村雨くんが戻ってくるのを待つことだけ。
村雨くんの成功を祈りながら。
何もできないまま、不安な時が過ぎていく。
時間を計るものがない。
でも、そんな時間も終わりが訪れた。
突然、視界が暗くなった。
信乃ちゃんの雷撃のイメージが脳裏に浮ぶ。
信乃ちゃんが助けられた?
沸き起こってくる嬉しさで顔を崩しながら、空を見上げた瞬間、それが信乃ちゃんの仕業でない事がすぐに分かった。
信乃ちゃんの雷撃では暗雲が発生するけど、今はそれとは違って、空一面が闇に覆われている。
空を覆い尽くす闇。
私の心を覆う不安。
これは何?
と、思った時、巨大な竜が城の真上に姿を現した。
鋭い牙を剥きだし、ぎょろりとした目玉。
短い腕の先にある手の指の先の爪は牙以上に鋭い。
そして、なぜだか右腕が無い。
背中に翼などなく、長い胴体は村雨くんが言った明から来たと言うのに納得する容姿。
本当にいたんだ。
しかし、なんでこんなタイミングで。
なんて、最悪な。
そう思った時、竜が城に向かって、大きく口を開いた。
その口の中に真っ赤な炎が見える。
炎を吐く前兆?。
竜が城を襲う事は別に構わない。
今でないのであれば。
でも、今、この巨大な竜が城に攻撃をかければ、城の中にいる信乃ちゃんや村雨くんが、巻き添えになってしまう。
止めて!
そう思った瞬間、もう一つの巨大な物体が突如現れた。
サ○ヤ人。じゃなくて、妙椿の真の姿?
この話も本当だった。
巨大な猿の物の怪は姿を現すや否や、竜の頭を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた勢いで竜の頭の向きが変わり、その炎は城から離れた村を襲い、数件の家が燃え上がった。
頭を殴られた事で竜の怒りが増したのか、大きな口を開けて妙椿めがけて、襲い掛かって行く。
竜と妙椿の激闘が始まった。
その光景を成す術なく見つめていると、突然、私の視界に何かが現れた。
何?
びっくりして、後ずさりしながら、視界を遮ったものに焦点を合わせると、村雨くんのきょとんとした顔が映し出された。
「えっ?」
「どうしたんですか?
犬塚殿を取り返してきました」
「えっ?」
慌てて周りを見てみると、村雨くんの後ろの地面に信乃ちゃんが転がっていた。
いつの間に?
私はそんなに長い間、竜と妙椿の戦いに気を取られていたの?
「犬塚殿、犬塚殿」
村雨くんが信乃ちゃんの体を揺すっている。
「う、う、うーん」
信乃ちゃんが呻くような声を上げながら、目を開いた。
「犬塚殿、ここは危険です。
さっさと立ち去りますよ」
村雨くんの言葉に、信乃ちゃんの顔つきが引き締まり、辺りを見渡した。
「あ、あ、あれは?」
「明からやって来た竜と妙椿です。
あの二人が戦っている間に、ここを離れましょう」
「分かった」
そう言うと信乃ちゃんも立ち上がった。
「ありす、妙椿が竜に気を取られている間にここを立ち去りましょう」
「村雨くん、た、た、戦わなくていいのかな?」
半分意地悪。半分本気の言葉。
村雨くんの力が分からないプレッシャーで、私がどもってしまった。
「えっ?
わ、わ、私が封印解けば、大変な事になるので」
いつものように、目を泳がせて、どもりながら言った。
これだけ見たら、ただの中二病剣士。
でも、そうなのかな?
村雨くんは信乃ちゃんを奪還して来た。
そして、竜と巨大な猿の物の怪が近くで戦っていると言うのに、全く慌てた素振りも見せていなかった。
なんだか村雨くんがたくましくさえ思えてしまう。
この子は一体??
信乃ちゃん救出劇。
当の信乃ちゃんは、妙椿の幻術にはまった後の事は覚えていないらしく、村雨くんが活躍したのかどうかは全く分からないと言う。
一方の村雨くんの話では、城の中は勝手知ったる場所だったので、忍び込んで信乃ちゃんをこっそりとさらってきただけとの事だった。
やっぱり、ただの中二病な男の子なのかな??
それとも……。
今回村雨くん、活躍??
そして、竜が現れた理由は??