捕えられた信乃ちゃん
雷の力を有している八犬士の一人、信乃ちゃん。
雷撃なんて、無敵っぽい。
信乃ちゃんのそんな力があれば妙椿を倒せると考えた私は、元の時代に早く帰りたくて、村雨くんの制止も無視して、今や蟇田の手に落ちた里見の城近くに戻ってきていた。
城門に一人で近づいていく信乃ちゃんの後姿を、離れた場所で隠れるようにして、私と村雨くんは見つめている。
「えぇーっと、君は行かなくていいのかな?」
村雨くんに意地悪な気分で、問いかけてみた。
「はい。私の任務はありすの警護であって、負け戦に臨む理由はありません」
それが自分も行かない口実だとしても、負け戦と村雨くんはきっぱり言い切った。
でも、それは逆に攻めるポイントでもある。
「いや、さあ、信乃ちゃんだけで勝てないのなら、巨大な竜と戦う君も手助けするとか言うのは無いのかな?」
意地悪気分を潜めた笑みを向けながら言った。
「以前にも申し上げたと思いますが、私では勝てません。
勝てるのは八犬士たちを従えたありすだけです」
これまた、迷いを見せず言い切った。
村雨くんは意外と鈍感?
私の意地悪を感じていないのか、そう言うキャラが身に染みついているのか、全く動じた気配がない。
この手の話題は村雨くんには無駄らしい。
としたら、真面目な話題に戻って、信乃ちゃんと妙椿の戦いの行方が気になる。
「信乃ちゃん、あんなに強いのに本当に勝てないのかな?」
「はい」
何度言われても、村雨くんの言葉を信じ切れない私は信乃ちゃんに期待しながら、その後姿を見つめていた。
城門近くに信乃ちゃんが達した時、その上空に真っ黒な雲が沸き起こり、雷光と雷鳴が轟いた。
その次の瞬間、城門は燃え上がり一瞬にして崩れ落ちた。
慌てたように城から敵兵が出て来たのが遠目にも分かる。
信乃ちゃんはそんな敵兵たちに容赦せず、雷の攻撃を浴びせ続ける。
圧倒的な力の差。
妙椿がサ○ヤ人だとしたら、信乃ちゃんはフ○ーザーか、魔人○ウ級。
「ねぇ、村雨くん。
信乃ちゃんだけで勝てそうなんだけど」
「それは妙椿が出て来ていないから、そう思うだけです。
これだけの騒ぎです。もうすぐ出てきますよ」
村雨くんの言葉はまだ信じ切れない。
妙椿。巨大な猿の物の怪。
その登場は、あの城の建物の中から巨大化して建物を破壊しながら、その姿を現す。
空に満月は無いけど……。
そんな想像をしながら、妙椿の登場を待っている内に、信乃ちゃんの雷の攻撃がやんだ。
城からは次から次に敵兵が飛び出してきて、信乃ちゃんを取り囲んだ。
「何をしているの?」
不安げな私の言葉に、村雨くんが落ち着いた声で返してきた。
「言ったじゃないですか。
勝てないって」
村雨くんに目を向けると、得意げな顔つき。
「えぇーっと、もしかして、自慢している?」
「自慢じゃないですよ。
ほら見た事かって、言いたいだけです」
「やっぱ、君、脳みそ腐ってるよね」
そう言った時、村雨くんが城の方を指さしたので、視線を村雨くんから城に戻した。
取り囲んだ敵兵の一人が、信乃ちゃんを取り押さえ、縄で縛りあげていた。
「なんで、雷で攻撃しないの?」
もどかしさいっぱいの私に、村雨くんが相変わらず落ち着いた声で答えた。
「言いましたよね?
蟇田は妙椿の幻術で操られているって」
「信乃ちゃんも幻術に惑わされているって事?」
「はい」
村雨くんがきっぱりと言ってのけた。
「勝てないとも言いましたですよね?」
平気な顔で、私に追い打ちをかけるような言葉を続けた。
中二病で口だけしか頼りにならなさそうな村雨くんに、追い打ちをかけられて、ちょっと凹みそうになる。
「信乃ちゃん、どうなるのかな?」
私のせいで、信乃ちゃんが捕まった。きっと、殺されるに違いない。私のせい。
そんな自責の念に駆られながら、村雨くんの意見を求めてみた。
「殺されはしないはずです」
いつもどおり、きっぱりと言ってのけた。
こんな時は、そのきっぱり感が嬉しく感じてしまう。とは言え、裏付けが欲しい。
「えぇーっと、それはどうしてかな?」
「今、ここで犬塚殿を殺しても、犬塚殿の妖力は他に移るだけです。
八房の本体の力を持つあなた自身を倒す必要があるんです。なので、妙椿としては犬塚を餌にあなたをおびき寄せようとするはずです」
村雨くんの話が真実かどうかは分からない。
でも、真実だとしたら、理屈は通る気がする。
「じゃあ、どうするのかな?
信乃ちゃんをそのままにして、ここを離れるのかな?
それとも、私が助けにいけばいいのかな?」
あの時、塀を私に乗り越えろと言ったくらいだから、村雨くんが口にする選択肢はこのどれか。そう思っていた。
「犬塚さんは私が助けてきます」
村雨くんが意外な言葉を口にした。
どもりもせず、目を泳がせもせず、きりりとした表情で、きっぱりと言ってのけた。
「信じていいのかな?」
「はい」
私にはこの村雨くんが分からない。
巨大な竜と戦っているとか言っているかと思えば、関所破りすらできないと言う。
まるっきり当てにできないのかと思えば、信乃ちゃんの時、たまたま運が良かっただけかも知れないけど、きっちりと塀を乗り越えて門を中から開けてくれた。
でも、このきっぱり感は信じていいと思えてくる。
「私に何か出来る事あるかな?」
「ここで、待っていてください。
も、も、もしも、私が戻って来なかったら、助けに来てください」
村雨くんの言葉が、今度はどもった。
さっきまでのきりりとした表情はどこに行った!
やっぱ、不安が沸き起こってくる。
「はぃぃぃ?
信じていいって言ったよね?」
「はい。助けに行くのは信じてもらってかまいません。
でも、結果までは保証できません」
「そ、そ、そうですか。
分かりました」
なんだか詐欺にあっている気分。
「では」
そう言うと、村雨くんは信乃ちゃんの雷撃で破壊された城門に向かって行った。
成功を祈る気持ちで見送る村雨くんの後姿は、どんどん小さくなって城門の中に消えて行った。
予約更新しました。
単独で信乃ちゃん奪還に向かった村雨くん。
どうなるのか?
次話もよろしくお願いします。