犬塚信乃と村雨丸
やっと一人、八犬士を仲間に!
塀の中は道が縦横に走り、その道に沿っていくつかの建物が建てられていた。
その建物の一つ一つが、今までに見た建物よりりっぱな造りで、きれいに手入れがされている。
それなりの力と財がある者が支配している。そんな事を考えながら、歩いていく。
「で、八犬士はどちらに?」
あまりにこの時代としては立派な建物に気を取られていた私に村雨くんが言った。
そうだった。
感覚を研ぎ澄ましてみる。
そして、行きたくなる方向に進んで行くと、少し大きめの建物が目に留まった。
「この中ですか?」
「たぶん」
そう村雨くんに答えた時、この塀の内側と思われるどこかから、大きな声が響いた。
「侵入者じゃ。
何者かが、忍び込んだぞ」
「門番たちが斬られたぞ」
さっきまで静かだった空間が一気に慌ただしくなった。
村雨くんは身を隠すかのように、私の手を引いて八犬士の一人がいると思われる建物の壁際まで連れて来た。
刀を腰に携えた男たちや槍を構えた男たちが次々に飛び出してきて、辺りをきょろきょろと見渡して、不審者らしき者を探し始めた。
そんな光景を前に、壁を背にしてもたれながら、村雨くんに聞いてみた。
「えぇーっと、私たち以外にも誰かが侵入したのかな?」
「それは無いと思います」
「じゃあ、私たちがその不審者って事かな?」
「はい」
相変わらず、きっぱりと言い切った。
そんな時だった。細面に高い鼻、結構肌も白くイケメンな男が目の前を駆けて行った。
この人が八犬士の一人。
すぐにそう感じた。
引き留めて、話を聞いてもらい、味方になってもらわなきゃ。
そんな気持ちから、とっさに大声が出た。
「待ってください!」
その人だけでなく、周りのみんなが立ち止まり、みんなの視線が私に集まった。
「どうして、いきなり声をかけたんですか?」
村雨くんが私に言った。
「だって、早く私たちの事に気づいてもらって、味方になってもらわないといけないんじゃないかな」
「じゃあ、味方になるよう交渉してくださいね。
今度はありすが活躍する番ですね」
村雨くんはにこりとした表情で、そう言った。
「交渉? なんで?
八犬士と言う人たちは、私が浜路姫と知れば、すぐ仲間になってくれるんじゃないの?」
私的には、月曜夜8時45分。
懐から印籠を取り出せば、それだけで全て解決。そんな風に考えていたのに。
「そんな訳ないですよ。
人を仲間にしようと思えば、心動かせる決め台詞が必要じゃないでしょうか?」
「えぇぇー! 何それ」
そんな会話をしている内に、さらに私たちを取り囲む人数が増えていた。
「誰だ、この二人」
「見ない顔だ」
「侵入したのはこいつらか?」
「何人もの門番たちがやられたと言う話だ。
こんな女子供じゃないだろ」
取り囲んだ男たちが私たちを不審がっている中、村雨くんが八犬士の一人を指さしてたずねた。
「そこのあなた。
名前を教えていただけませんか?」
「なにゆえ、おぬしたちのような子供に名乗らねばならぬ」
八犬士の一人の男は怪訝な顔だ。
「この子が、あなたに仲間になって力を貸して欲しいと言っています」
みんなの視線が私に集中した。
「ですよね」
村雨くんは涼しい顔で、私を見た。
「ささ、決め台詞で」
さらに私にプレッシャーをかけて来た。
人を動かす決め台詞って、何?
○に代わって、お仕置きよぅ! って、お仕置きする訳じゃないし。
犯○はお前だ! って、探偵じゃないし。
意味が分からなくなって、私の思考は混乱ぎみ。
そんな私の口から、とんでもない決め台詞が右手を差し出しながら出た。
「お手!」
「ワン!」
気づくと、その男は私が差し出した右の手のひらに、自分の手のひらを置いて、私を見つめていた。
そして、辺りは一気に光を失い、薄暗くなった。
空を見上げると、さっきまで広がっていた青空は消え失せて、頭上には真っ黒な雲が広がっている
何?
そう思った瞬間、まばゆいばかりの雷光と雷鳴が轟いた。
「姫。今、私は覚醒いたしました。
私は犬塚信乃。
私の雷の力を役立てさせてくださいませ」
「お手ですか。
ともかく、うまく行ってよかったですね」
私の隣で、村雨くんがにこりと言った。
犬塚信乃の話では、元々は雷の力など無かったし、私に従う気なども全くなかったらしい。
だと言うのに、私に「お手!」と言われた時、体中が熱くなり、頭の中に私に対する忠誠心と、雷の妖力を使いこなす能力が起きて来たらしい。
どうやら、あの時突然口から出た「お手!」が決め台詞らしい。
そして、○ッキーマークの耳の部分を三角にした痣が、その時に左腕に現れたとの事だった。
と言う事は、痣は私に従った後で現れた訳で、それを目印に八犬士を探すと言う事は出来ないらしい。
これから信乃ちゃんと呼ぶことにした犬塚信乃。
村雨丸と言う名刀を献上するため足利成氏に謁見したが、その名刀が贋作であったため、管領家からの間者と疑われ追手から逃げる途中、面識のあったあそこの支配者に匿ってもらっていたらしい。
犬塚信乃の話では村雨丸は元々は鎌倉公方足利家に伝わる宝刀であり、抜けば刀の付け根より幻を発する力を持ち、数多の物の怪たちを葬るために打たれた妖刀と言う事だった。
しかも、それだけでなく、他の物の怪たちを寄せ付けない圧倒的な力を有した八房に対抗するために、特別な工夫が施されているとかで、村雨丸の鋼の根本には八房によって倒され、その妖力を吸収された物の怪たちの粉骨が練り込まれていて、物の怪たちの八房に対する怨念と自らの妖力を吸収する力があると言われていたらしい。
もっとも、八房はこの妖刀の手にかかる事もなく、寿命を迎え、その力は八犬士たちに受け継がれている。
そんな刀を贋作だったとはいえ、八犬士の一人である犬塚信乃が足利家に献上する役目を負ったと言うのは、何だか皮肉な気がしてならない。
そして、私的には二つの事が気になった。
一つは、その本物の村雨丸のありか。
二つ目は、村雨くんの名前と何か関係があるのかと言う事だった。
でも、二人とも本物の村雨丸の在りかは知らないし、心当たりもないらしかったし、村雨くんの名前との関係も、村雨くんは小首を傾げてみせるだけだった。
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