転生して失敗して吸血鬼に狙われました
俺の目の前には怪しく光る赤い瞳。
いつもは眼鏡と前髪で隠されてるその瞳が細められて、赤い唇が俺の首筋へと近付く。
サラサラの長い黒髪が、目の前で揺れる。
「ま、待て!ここでは飲むな!帰れなくなる!!」
ガシリと両肩掴んだら、不満顔を向けられた。
頬膨らませて、ヤバイ、可愛い…いや!待て待て待て、俺!捕食者の洗脳に掛かったら一生家畜決定だ!!
「健太が倒れても運んであ・げ・る。だから、ね?もう我慢…出来ない……」
冷たい指先に首筋を撫でられて、ゾクリと震えて肌が粟立った。
舌舐めずりして濡れた赤い唇が近付いて来る。
「紫乃亜の餌は僕だ!離れろ、鏡健太!!」
「いや…襲われてんの、俺…」
救世主は、吸血鬼香月紫乃亜の餌…家畜…洗脳の犠牲者…まぁ、そんな感じの、俺のクラスメイトの一人。
紫乃亜はぺろりと俺の首筋を舐めてから、離れた。
舌も、指も、紫乃亜の体は体温って物が無い。離れてくれたお陰で冷たさも側から去って、俺はほっと息を吐き出した。
吸血鬼なんて実際居たんだとか、みんな思うだろ?
違うんだよ、これ。現実だけど現実じゃない。
俺実は、一回人生の幕閉じてんの。死因とかは覚えて無いけど、俺、一回死んだ。そんで、生まれ変わったんだよ。名前は同じで、顔が違う男に、俺はなった。
前世ラノベ好きだった俺は、転生物とかも大好物だったんだよね。死んでみて、転生とかマジであるんだって驚いたよ。
第二の人生。
しかも顔は前世よりイケメン。
こりゃもう人生薔薇色だわって、楽しい日々を過ごしてたんだ。
チート能力とかは無いから、勉強自力で頑張って、スポーツも頑張った。勉強もスポーツも、何故か前世よりも努力が報われる。今世で小学校からやってたバスケにハマって、中学三年間バスケ部入って、高校入った今でも続けてる。
だけどさ、入った高校が、普通じゃなかったんだ。
前世ゲーム大好きだった俺は、恋愛シミュレーションゲームってのにハマってた。そのゲームの一つに、同じ名前の高校が舞台のやつがあったんだよな。
私立月城学園。そこで繰り広げられる、平凡男と女の子達の恋愛ゲーム。そのゲームがさぁ、女の子の過去とか泣けるやつで、主人公が女の子達の心の闇を払ってその内の一人と結ばれるってやつなんだけど、エピソード進める度に号泣したんだよなぁ。
主人公の名前は自分で好きなの付けられるから、俺は自分の名前使ってプレイしてた。
学園の名前でゲームを思い出した俺は、まさかなぁって思いながら日々を過ごしてたんだけど…まさかだった。攻略キャラの女の子達に会うわ会うわ。
最初は興奮したけどさ、よく考えてごらんよ?
現実でそんな重い過去背負った女の子達、俺に救えると思う?ゲームやってたから、エピソード引き出す選択肢は知ってるよ。でもそれってさぁ、"嘘"になるよな。そんな"嘘"で、本当に彼女達、救われんのかなって、俺は悩んだ。
悩んだ結果、関わらない事を俺は選んだんだ。
中途半端に手出しするぐらいなら、最初から関わるべきじゃないって、俺は決めた。そうして普通の高校生活を送って、勉強にバスケに頑張って二年になった俺は、会ったんだ。香月紫乃亜に。
香月紫乃亜は隠しキャラ。
現代日本に潜む吸血鬼で、普段は三つ編み眼鏡の真面目優等生。彼女は腹が減ると幻惑の能力使って学校の男達の血を吸って生きてるんだ。俺も何回か狙われたけど、赤い瞳を見なければ良いって知ってる俺は、目を逸らし続けた。吸血鬼に血を吸われるとか、怖いじゃん?だけどそれ、失敗だった。
「鏡くん、いつも目を合わせてくれないね?なんで?」
「そっか?そんな事ねぇよ。」
顔には出さないように頑張って、内心冷や汗ダラダラ。
マズイって思った。台詞違うけど、紫乃亜の正体見破るのが、紫乃亜ルートに入る条件だったから。
「嘘。見てくれないもん。他の子達には普通なのに、私の事、避けてる。」
放課後の誰もいない教室で、泣きそうな顔で俯く女の子。俺の良心、チクリって痛んだ。だけど何か言ったら墓穴掘りそうで、言葉が出て来ない。そうして黙り込んだ俺の手を、紫乃亜の手がそっと掴んだ。
俺は、その手を思い切り払った。
冷たいんだ。氷みたいで、石みたいな手。人間じゃない紫乃亜の手は、すげぇ恐怖だった。
「やっぱり…幻惑、効いてないね?」
あー、詰んだ。
にやり笑った紫乃亜が眼鏡を外して、長い前髪掻き上げて現れた赤い瞳。その瞳が、青くなった俺の顔をじっと観察してる。その瞳を俺は、見返せない。
「私が何か、知ってるでしょう?」
ぶんぶん必死に首を振って思った。俺、どんどん失敗してる。こんな反応してたら、これは肯定だ。
「お、俺、部活あるから…行くわ…」
なんとかそれだけ言って、俺は逃げ出した。
だけどそこから、吸血鬼は俺を狙い始めたんだ。
紫乃亜ルートは、ある意味バッドエンド。永久に近い時を生きる吸血鬼の伴侶にされて終わるんだ。それは人間を辞めるって事で、体が吸血鬼に変えられる。しかも、すっげぇ、死ぬ程痛そうな描写だった。
俺、人間辞めたくねぇよ!!
「健太、こっち見て?」
冷たい指先が、俺の手の甲を撫でる。
俺はなんとか体が震えないように、手を振り払ったりしないように頑張る。
「味見、したいなぁ?」
「……嫌だ。」
逃げ出した次の日、俺は結局捕まった。しかも人質付き。
幻惑に掛かった人間には、紫乃亜の体温は冷たくなくて、人間のそれと同じなんだ。俺が手を払った事で、鳥肌立てた事で、幻惑に掛かってないって、紫乃亜は勘付いた。それで俺に興味を持った紫乃亜は、クラスメイトの一人を洗脳して下僕にして、俺の前に現れた。全部話さないなら、そいつの血を全部飲み干すって脅されて、俺は、洗いざらい吐いた。
転生の事も、ゲームの事も、全部。
俺の告白を聞いた紫乃亜は何も言わずに納得して、そこから俺は、吸血鬼に付きまとわれてる。
「あぁ、健太って美味しそう。この青い血管。ここから、啜りたい…」
「うっとりして馬鹿な事言ってんな。」
「血を飲まれるの嫌なら、伴侶になる?」
「ならねぇよ。」
ぷっくり膨らんだほっぺが可愛いなんて、思わない。
「けーんた!今日も健太の血が美味しくなるように、栄養バランスばっちりの紫乃亜ちゃんの吸血弁当だよ!」
「堂々とし過ぎだよな?いいのか、それで?」
「大丈夫!幻惑は記憶も消せる!」
「都合いいな。」
苦く笑って弁当箱受け取る。これは、紫乃亜の弁当が美味いからだ。仕方ない。
「紫乃亜、最近ふらふらしてねぇ?どうしたんだ?」
吸血鬼だからいつも青白い紫乃亜だけど、なんだか最近、死にそうに見える。
「血、飲んでない。」
「は?なんで?そんなんお前、死ぬだろ?」
血を定期的に飲んでないと、紫乃亜は死ぬ。普通の飯も食えるけど、それは吸血鬼にとったら砂みたいな味で、栄養にはならない。だからこいつは幻惑使って、学校内でずっと餌を確保してたはずだ。
「だって、なんだか…健太以外飲みたくない。」
俺が正体知ってるって白状してから三ヶ月。紫乃亜は誰の血も飲んでないらしい。なんだか食指が動かなくなったとか…これ、ゲームのイベントであった。紫乃亜ルートで、紫乃亜が主人公にマジになり始めの頃のイベントだ。このまま放置したら、紫乃亜は誰の血も飲めなくて、死ぬ。だけどここで血をあげたら、俺は紫乃亜の餌か、伴侶ルートだ。
「餌、たくさんいんだろ。」
「いる。けど、飲みたくない。」
苦悩が刻まれた眉間の皺。
眼鏡の奥の赤い瞳が、ゆらゆら揺れてる。
だけど俺は決められなくて、そのまま紫乃亜を、数日放置した。
結果、紫乃亜は死ぬ直前まで行った。学校には毎日通って来てて、黒髪からは段々色が抜けてく。でも幻惑の影響で、誰も気が付かない。紫乃亜の餌が血を提供しようとしても、紫乃亜は拒否する。それでいて紫乃亜は、俺に、血を強請らなくなった。
「いいよ、やる。」
授業中、椅子に座っていられなくなった紫乃亜が倒れて、俺は紫乃亜を保健室に運んだ。そこで、覚悟をやっと、決めた。
「いらない。健太、餌も伴侶も嫌でしょう?それに…一度飲んだら、離れられなくなる。」
知ってる。吸血鬼がこうなるまで自分を追い込むって事は、そいつの血しか欲しくなくなるって事は、恋をした時なんだ。
俺は、紫乃亜に、恋されてる。
「人間じゃなくなるのは嫌だけど、餌ならいいよ。なってやる。」
こんな目の前で死にそうになって、こいつの笑顔見られなくなるの、俺は嫌だって、気付いたから。
「健太…好きだよぅ……」
呟いた紫乃亜は、泣きながら、俺の手首を爪で傷付けてそこに唇を付けた。唇も、舌も、冷たい、柔らかな石みたいだ。
泣きながら、紫乃亜が吸った俺の血が、紫乃亜の喉を通って飲み込まれる。
体の中から血が抜き取られるのは、変な感じだ。少し、気持ち良く感じるのは、紫乃亜の、吸血鬼の能力。餌に痛みで逃げられないようにする為の、幻惑の効果。
「ごちそうさまでした…」
髪色も戻った紫乃亜がうっとり呟いて、俺の唇に冷たい唇が重なった。
そのまま俺は、貧血で倒れた。
紫乃亜の餌になった俺は、今日も変わらない日々を過ごす。
たまに血を提供して、飲まれ過ぎて倒れる。倒れた俺を紫乃亜が家まで運んでくれる。そんで、何故か紫乃亜は俺の彼女って事になってるんだ。
「健太、好き。」
俺の部屋で血を飲む時に呟かれるこの言葉。
冷たい紫乃亜の細い体を抱き締めて、俺は愛しい吸血鬼に、今日も命を分け与える。