表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

竹鳴り

作者: るうき


 豊臣が徳川に敗れてから後のことであった。


 ある国に、年老いた武将がいた。

 歳は五十を越したくらいで、国端に居館を構えていた。暮らす傍らにはいつも竹林があった。この竹林の、笹葉のすれる音が彼は昔から好きであった。

 夜、床につく前は決まって縁側に佇み、目を瞑り、穏やかな音に耳を傾けていたものだ。隠居後もそうであった。


 月のほの明るい晩。縁側でいつものように、笹音に傾けていた彼の耳がひとつ音を拾った。ししおどしにも似た空虚な音はひとつ、ふたつ鳴って、途切れた。次の日、彼が耳を澄ましても音は鳴らなかった。


 次の日はみっつ鳴った。

 次の日はふたつ鳴った。

 次の日はひとつ鳴った。


 音が聴こえてから七日、十日ほど経った頃から、今度は鎧武者が槍を片手に霞んだ姿を見せはじめた。

 血を浴びたように赤い具足を身にまとい、竹林に紛れ、声を発することもなく、たたじっと、年老いた彼を見つめている。

 彼ははじめ、ただの幻かと思っていた。

 おぼろげな姿が日を追うにつれ鮮明になると、彼は首を傾げ、あごを撫で、白髪交じりの頭を掻き撫ぜて、思い当たる。三日月の明るい晩、彼は縁側に立つと、思い切って口を開いた。

「お前は、いつぞやの男か。」

 鎧武者の、槍を握る手が反応した。

「そうか、お前か。」

 彼はふふ、と笑って縁側に腰掛けた。笹葉が風にすれて、鳴いている。

「あの陣で、討ち死にしたと聞いた。」

 風が竹林を駆け抜ける。彼は一人ごちるように続けた。

「縁、か…。戦さ場で三度も槍を交え、馬に乗れば国の境で鉢合わせした。」

 彼は微笑し、鎧武者は槍を下ろした。

「あの日だけだったな。…共に、酒を呑んだのは。」

 鎧武者の足が一歩、彼に近づく。

「なんだ、迎えに来てくれたのか?」

 顔を上げた彼はおや、と鎧武者を見た。一歩、退いたからだ。

「そうか。―― ではこうしよう。」

 差し出すように手を上げ、彼は笑む。

「何時かはわからぬが、その時が来たれば真っ先に、お前のもとへ逝こう。」

 彼の眼前で、槍を握る手が、かすかに震えた。

「待っていてくれ。」

 彼は真っ直ぐに鎧武者を見つめた。その眼差しは強く、鎧武者のみを捕らえ、放さず、鎧武者もまた離れなかった。

 鎧武者の口が僅かに動き、槍を握る手とは反対の手で兜を取り外した。白紐でひと括りにされた黒髪が肩にかかった。

 男は、彼を見て穏やかに頬笑んだ。

「待っている。」

 風が強く吹いた。月明かりの照らすもと、舞う笹葉、揺り動く竹、凪いでいく風に紛れ、赤い具足の男は消えていた。





 幾年か後、彼は静かに逝った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ