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ロークアンディルテは檻の中  作者: 紺野 柚季
1・夢の中の彼女のお話(えせ童話風)
8/12

1_08:罪悪感、(軽蔑、)興奮

 目が覚めると、そこはロッテの知らない部屋でした。

 けれど、よく知っている匂いが室内に満ちていたので、ロッテはああ、『魔法使い』の部屋だ、と、そう思いました。

 むくりと起き上がって、少し乱れたベッドを出来るだけ整えてから、人の気配のする方へと、ロッテは向かいます。

 一歩、一歩、進む足取りはどこか重く、よく眠ったはずなのに、気分が晴れません。

 この感覚は、前にも体験したことがあります。

 そして、今回もきっと。


 ぺた、ぺた。

 素足が木の廊下を踏む音が小さく聞こえる中、ほんの少しだけ、泣きそうだったあの時の『弓使い』の気持ちが分かったような気がしました。


 寄木細工の美しい扉の前に立って、ロッテは一度、大きく深呼吸をします。

 そして。


「ごめんなさい!」


 扉を開いて、驚いたような表情の『勇者』達に向け、勢いよく謝ったのでした。

 今度はちゃんと、明確な意思と、意味を持って。



 * * *



 七年もの時を少しでも埋めようと、『弓使い』や『勇者』が休息も取らずロッテに話しかけていたからか、ロッテが疲れてうつらうつらとしている姿に気付いた『魔法使い』により、ロッテはしばらく『魔法使い』のベッドに横にさせてもらっていました。


 そして、半時間後。

 少しの微睡みの間に、ほんの少し夢を見てしまったロッテは、妙な気分のまま、『魔法使い』達のいるリビングに向かいました。


 なんだかよく分からない、お腹が空いた時やどしゃ降りの雨に降られた時のような、だけれどどこか違う気持ちが、ロッテの顔をしかめます。


「どうした? 味のしない物を噛んだような顔をしてるぞ」


 『魔法使い』の問いに、ロッテはたしかにそうだ、と思いました。

 よく分からないこの気持ちを、なかなかうまく表現していたからです。


「そうなの。あじがしないし、ぎこぎこしてるの」

「……ぎこぎこ?」

「ぎこぎこ」


 未だ眉をしかめたままのロッテに、しばらく考え込んだ『魔法使い』は、あぁ、と声を上げ、限りなく近いであろう言葉を、ごく普通に使う表現で教えました。


「もやもや、してるんじゃないか、それは」

「もやもや?」


 ロッテは『魔法使い』の言葉に、首を傾げます。

 胸に手を当てて、うーん、と探ってみると、なるほど、たしかに“もやもや”です。

 ロッテが『『魔法使い』すごい!』と感動している横で、『勇者』達はどうしてあれで分かるんだ、と、また違った意味で『魔法使い』をすごいと思いました。


「……どうしてもやもやしてるんだ?」


 『魔法使い』の問いに、ロッテはぱちぱちと目を瞬かせました。

 ですが、今までも同じように『魔法使い』が問い、それに答えることで、色々な事が分かるようになっていたので、ロッテは素直に答えました。


「ゆめをみたの」

「どんな夢?」


 気になったのでしょう、身を乗り出してきた『弓使い』の問いに、ロッテはちらりと『魔法使い』を窺った後、ぽつりぽつりと話し始めました。

 眠る度に見る、長い長い夢を。

 きっと可哀相な、一人ぼっちの、鳥籠の中のお姫様の話を。




「信じられない」


 喋り疲れて、ぬるま湯のような眠りに落ち切る直前。

 ロッテは、そんな声を聞いた気がしました。



 * * *



 事実は小説よりも奇なり、とはいいますが。

 実は、村での生活の中で、ロッテも『勇者』達も、誰一人として怪我をしたことがありませんでした。


 しかし、ここはもう、あの村ではありません。

 『勇者』達四人は、駆け出しの冒険者として、村から遠く離れた、魔獣が多いとされる地域のとある町に家を借り、小さな依頼を受けて生活をしているのです。

 そしてその依頼は、主に害獣の退治で、その中には魔獣が含まれることも多々ありました。

 普通の獣より知能や運動能力の優れた魔獣が相手なのですから、いかに『勇者』達といえど、まだ駆け出しの冒険者では、怪我を負う事が多くなるのは当たり前です。


 たまたま、ロッテが起きたのが、依頼が順調に平穏にこなせていた時だったというだけで。

 一歩間違えれば命を落としかねない害獣退治から帰って来た『勇者』が腕から血を流していたとしても、それは至極当然の事ではあったのですが。



 玄関までぱたぱたと『勇者』達を迎えに行っていたロッテは、『魔法使い』の姿にぱあっと表情を明るくし、そして一番後ろに立つ『勇者』の腕に気が付き、ぴたりと動きを止め、立ち尽くしてしまいました。


 赤。

 赤、です。

 黒にも似た、赤。


 果物やお菓子のように、甘くて優しい赤ではありません。

 不揃いな間隔で引き裂かれた三本の痕から、次から次へと、ぽたぽた、赤が流れていく様に、ロッテは耐えられないほど怖くなりました。

 上手に息が出来ません。

 どこかで、これと同じものを見たような気はするのですが、ロッテにはそれがどこだったのか思い出せませんでした。

 ……もっとも、そのほうが良かったのでしょうが。


「ロッテ?」


 『魔法使い』が、様子のおかしいロッテに気付き、心配の滲んだ声をかけてきます。

 ですが、ロッテは返事を返せませんでした。

 息が苦しく、『魔法使い』のローブに弱々しく縋りつくことしか出来ないのです。


 震え、全身で恐怖を表現するロッテに、怪我をした当人である『勇者』も心配になったのか、ロッテへと、体を向けました。

 腕から滴る血も、獣の返り血も、そのままに。


「――っ、いやあぁあっ!!」


 途端に、顔を真っ青にして半狂乱で悲鳴をあげるロッテに、『勇者』達は、ただ驚くことしか出来ませんでした。

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