1_05:(怒り、悲しみ、)驚き、恐れ
ぱちりと開いた目にうつるのは、少し傷んだ木が光に照らされたもので、ロッテは横になったまま、首を傾げました。
むくり、と体を起こして周囲を見まわし、もう一度かくり、と首を傾げて、ああ、と思います。
「『魔法使い』の、おへや」
そういえば、遊び疲れて眠ってしまったのでした。
よく眠ったけれど、何故か少し、胸におもしをのせられているような、頭をしめつけるような、そんな妙な感覚に目を伏せ、ロッテはやっとベッドから降ります。
とことこ、軽い足音を響かせて誰もいない廊下を通り、ドアを開いて外へと出ると、よく晴れた空が目に入ってきて、ロッテはほわぁ、とため息をつき、目を細めました。
ぽかぽかと暖かい太陽の光が、何故だかとても懐かしくて、ロッテはしばらくじっと立っていたのですが、一人でいるのは何だか違う気がして、きょろきょろと知っている人を探します。
右、左、ちょっと動いて、家の向こう側。
森へと続く道の入口に、真っ黒な色を見つけて、ロッテは、ふらふら、ぱたぱた、とそちらへかけてゆきました。
「『勇者』」
近付いて呼びかけると、『勇者』はめいっぱい目を見開いて、
「ロッテ!?」
叫びました。
「ちょっと、ここにいて! 居なくならないでね!」
そう言って走り出す『勇者』の背を、ロッテは少し首を傾げて、見送ります。
「……大きい?」
ロッテが小さく呟いた言葉は誰に届くこともありませんでした。
* * *
「ロッテ!」
『勇者』に言われた通りに森の入口でぽつりと立っていると、ばたばたと騒がしい足音と懐かしい声が聞こえてきました。
そちらを向くと、鮮やかなピンク色と暗い灰色が目に入って、ロッテはぱぁっと表情を明るくしました。
その後ろから走ってくる『勇者』の顔色は青くなっていたのですが、ロッテは気付きません。
ぱたぱたと、三人の方へかけよります。
手を伸ばせば届く距離まで近付いた頃、ロッテはやっと、『弓使い』と『魔法使い』の様子がいつもと違う事に気付きました。
「?? どうしたの?」
ロッテは問います。
けれど、今回に限っては、『魔法使い』も難しい顔で黙り込んだままで、ロッテは困惑してしまいました。
「ロッテ……」
ゆらり、とでも言えばよいでしょうか。
弱々しく、だけど、重苦しく、『弓使い』がロッテを呼んで、その距離を縮めます。
『勇者』の制止も間に合いません。
そして、『弓使い』はロッテの肩口の服を掴んで。
「あんた、三年もどこに行ってたの!? いきなりいなくなって! ……っ心配したのに!!」
赤い顔で、泣きそうに、歯を食いしばって叫ばれた『弓使い』の言葉に、ロッテはただただ固まることしか出来ませんでした。
* * *
その日、『勇者』がなんとか『弓使い』を宥めて、その場で一度二人とは別れたロッテは『魔法使い』の部屋へ行くことになりました。
離れる際、『弓使い』が嫌だとごねるなどの一悶着はありましたが、三年の間に『勇者』の宥めスキルも成長していたので、最後にはしぶしぶ、『勇者』に連れられて行ったのです。
さて、見た事のない、『魔法使い』と『弓使い』の反応に、ロッテはおろおろと視線を彷徨わせながら、『魔法使い』のあとについて歩きます。
「ロッテ」
『魔法使い』の部屋に入り、扉を閉めたところで、『魔法使い』はようやく、口を開きました。
「……おどろかせて、ごめんね。だけど、ぼくも『弓使い』も、それに『勇者』だって、きみのことを心配していたんだ」
そう言われて、ロッテは、ぱちぱちと瞬きをしました。
どうやら自分は驚いているようです。
そして、みんなに、“心配”をかけてしまったのだと、そう学んだのは良かったのですが。
「……、……」
ロッテはぱくぱくと何かを言おうとして、だけれど何を言えばいいのか分からなくて、結局口を閉じました。
その姿に、『魔法使い』はいつものように困ったように小さく笑って、少し屈んでロッテの頭を撫でて言いました。
「ゆっくり、わかるようになればいいよ」
『魔法使い』の手は、とても優しいものでしたが、その日の夜は少し複雑そうな顔をして、『魔法使い』の部屋だというのに、ロッテ一人を寝かせて、『魔法使い』はどこかへ行ってしまいました。
目覚めた時よりも、より強く、寒さを感じる中。
あっという間に落ちた眠りは、よく分からないものが渦巻いていて。
翌朝、十分暖かいはずの室内で、ロッテはぎゅっと、震える自分の体を抱きしめました。
2015/01/15 投稿