1_02:安心、満足、困惑
「だいじょうぶ? いきてる?」
「だいじょうぶだよね?」
「ねてるだけみたいだけど」
上から聞こえる声に、ロッテはぱちりと目を覚ましました。
「わぁっ」
「いきてた!」
「ちょっとうるさい、ふたりとも」
三つの声と三つの姿に、ロッテはぱちぱちと瞬きをして、むくりと体を起こしたあと、こてんと首を傾げます。
「だあれ?」
ぽやぽやとした、甘ったるい声。
ロッテは声の響きに違和感を覚えましたが、それもすぐに消えてしまいました。
「わたしはね、『弓使い』っていうの!」
「ぼくは『勇者』!」
元気に返してきたのは、女の子と、男の子の一人でした。
「『弓使い』、『勇者』。あなたは?」
ロッテはおそらく名前であろうそれらを繰り返して、黙ったままのもう一人の男の子に聞きます。
すると、その男の子は呆れた様に言いました。
「ひとになまえをきくならじぶんから、でしょう?」
「そうなの?」
「そうだよ」
ロッテがかくん、と首を傾げて聞くと、男の子は頷いて答えました。
そういうものなのか、と思い、ロッテはまた少しだけ、首を傾げます。
「わた、し……わたしの、なまえ、は……ロッテ。……うん、そう。ロッテ、ロッテだよ」
ぼんやりとした頭の中から、どうにか名前を取り出して、ロッテは名前を知らない男の子を見つめます。
男の子は微かに眉をひそめた後、口を開きました。
「ロッテ、ね。ぼくは『魔法使い』。……えーと、よろしく?」
「よろしく!」
「ね、ね、いっしょにあそぼう?」
『魔法使い』の言葉が終わると同時に、『弓使い』と『勇者』が元気に声をかけてきました。
よく分かりませんが、きっと良いことなのでしょう。
「あそぼう?」
「うん! ようせいさがしとかー、ひつじごっことか!」
おうむ返ししたロッテに、『弓使い』はまたロッテに分からない言葉を返します。
ようせいさがしとか、ひつじごっこ?
ロッテにはなにかの呪文のように聞こえました。
なにもかも、世界中の、なにもかもが。
「だめだよ。もうすぐゆうがただからかえらないと」
「ええー、すこしくらい……」
「だめ」
「うー、『勇者』ーっ」
「またあした、あそべばいいよ。ねえ、ロッテ。きみはどこにすんでるの?」
ロッテが頭上にはてなを浮かべて、かくりかくりと首を傾げている間にも、話はどんどんと進んでいました。
はっきり駄目だと言われた『弓使い』は『勇者』に応援を求めましたが、『勇者』よりも『魔法使い』の方が偉いのでしょうか、『勇者』は『弓使い』を必死でなだめます。
それら全てを含めて、内容のほとんどを理解しないままに、そういうものなのだと受け取っていたロッテは、急な質問に、弱々しく眉を下げるしかありません。
「すんで? ……ない? ?」
しばらく考え込んだあとに小さく返しましたが、それは答えになっていないような答えでした。
「おうちないの?」
「うん」
『勇者』の言葉に、分からないながらも、おそらくそうなのだろう、と、ロッテは頷きを返します。
「じゃあ、うちにくればいいよ!」
『弓使い』がそう言うと、
「そうだね。おへやはいっぱいあるし、せんせいもおにいちゃんたちもやさしいから、たぶんだいじょうぶ!」
と、『勇者』も続けました。
そして、『弓使い』と『勇者』、二人の期待したような瞳を向けられた『魔法使い』は、やれやれとでも言いたげに肩をおとして、ほんのわずか、よくよく注意して見ないと分からないほどの笑みを浮かべて言いました。
「しょうがないね。いえがないと、たいへんだろうから」
そうして、三人に連れられたロッテは、森を抜け、町を少し外れたところにあるのだという、大きな建物で、しばらくの間暮らす事になったのでした。
* * *
「『魔法使い』、『魔法使い』」
ロッテは静かに床に座って本を読んでいる『魔法使い』の元へひょこひょこと近付いて、その前でしゃがみ込みました。
丁度同じ高さにある『魔法使い』の瞳の色は深い深い蒼で、初めは何も分からなかったロッテですが、きっと海の底や細い月が仄かに照らす夜のような、そんな色なのだと、せんせいやおにいちゃん、おねえちゃんや『勇者』達、そしてもちろん、『魔法使い』から教えてもらった色々な事から、そう思えるようになっていました。
「なに?」
そっけない言葉でも、ちゃんと反応を返してくれるので、『魔法使い』はきっととても優しいのです。
ロッテに分からない事があると教えてくれますし、知ったかぶりや、分からない事を誤魔化す事もありません。
そんな『魔法使い』が、ロッテはきっと、一番、好きなのでした。
ロッテには難しいことはまだ分かりませんが、『魔法使い』が外から来ているらしい人達に『悪魔の子』と呼ばれるいわれがないことは分かるのです。
悪魔、とは、きっと、もっと、ずっとずっと、恐ろしくて、醜く、優しさの欠片もないのですから。
「『魔法使い』」
ロッテが、ん、と手を伸ばすと、『魔法使い』はしょうがない、と言いたげな顔をして、それでも手を握ってくれました。
軽く繋いだ手を引かれて、ロッテは『魔法使い』の隣に座ります。
すると、たったそれだけで、ついさっきのお昼寝で見た、暗くて重苦しい、夢のような物によって冷え切っていたのが、嘘みたいに温かくなりました。
「ふしぎ。『魔法使い』は、まほうをつかえるんだね」
ふにゃりと笑みを浮かべて言ったロッテに、『魔法使い』は、小さく小さく、笑みを零しました。
ようせいさがし→かくれんぼ
ひつじごっこ→おにごっこ
溢れ出るセンスの無さ!
2015/01/14 投稿