1_11:自負心、幸福感
ふ、と浮かび上がった感覚に、ロッテはそっと瞼を開きました。
目に映るのは、懐かしいのどかな町の風景でも、賑やかで活気に溢れた鮮やかな異国の町でもなく、初めて見るけれど、とてもよく知っている景色でした。
かつては繊細な細工の施されていた内装は傷み、ボロボロになって、所々に赤黒いものがこびりついています。
その跡は、ロッテの記憶の中にあるものと一致して、少し、ほんの少しだけ、俯き、目を伏せました。
息を吸って、吐いて。
やがて、頭を振って、記憶を振り払ったロッテは、顔をあげて目を閉じ、意識を集中させます。
もうこの城の中に『勇者』達が入ってきているのは分かっていました。
そうでなければ、ロッテが今この場にいる事も無いのです。
――大丈夫。出来る。
声に出さずに、口の動きだけで、そう唱えます。
だって、彼女達は、このために頑張ってくれていたのです。
今日この日、やっと解放される事を願って、夢見て、そうやって、犠牲になっていったのです。
もう彼女達が一人も残っていない事は、嫌でも分かってしまいました。
昔々の、とても大切だったものは、本当の本当に、何もなくなってしまったのです。
それでも、ロッテは、悲しみに囚われている場合ではありませんでした。
だってだって。
“鳥籠の中のお姫様”を助け出す事が、ロッテに与えられた役割だったからです。
「……あっち」
目を開いて、探していた人の元へ急ぎます。
あれだけ靄がかかっていた思考は、驚くほどに鮮明になっていました。
* * *
走って走って、やっと辿り着いたのは、“鳥籠”へとつながる階段の前でした。
その前に立つ姿に、ロッテは泣きそうなくらいの喜びを感じます。
ひどく重苦しくて陰鬱な、曇天の雲みたいな色の髪。
暗い、闇黒を写し取ったような、深い深い蒼の瞳。
体を覆う真っ黒なマントに、全身から放たれている、刺々しい雰囲気。
指先一つで操る、不可思議で強力な現象――魔法。
その全部が、彼を冷たくて恐ろしい、人ではない何かに思わせて、周りの人を遠ざけるけれど。
“勇者”は堂々とこう言っていました。
彼が、自らの味方であると。
“弓使い”は知っています。
彼が、いつだって自分達を守ってくれていると。
“剣士”は口には出しませんが、他の二人よりも深く理解しています。
彼が、誰よりも努力して、今の力を手に入れたということを。
ロッテ(わたし)はもうちゃんと、知っているのです。
彼の優しさを、温かさを、その強さの全てを。
“私達”は知っています。
彼は冷たくなんてない。
ただ、感情を表すのが苦手なだけの。
“魔法使い”で、“仲間”で、大切な、“幼馴染み”だということを。
だから。
「『魔法使い』!」
険しい表情に少しだけ驚きを混ぜた彼に駆け寄って。
「ずっと、待ってたの」
そうして、『魔法使い』を案内するように、ロッテは階段へと迷いなく足を踏み出しました。
* * *
『魔法使い』の作り出した光が周囲を淡く照らす中、ロッテは、人形のようにぼんやりとした自分を包むように、暖かな光となって、少しずつ解けてゆきます。
光が視界を覆い尽くして、懐かしい自分の姿も、大好きな彼の姿も霞んでいく中、ロッテは心の底から嬉しそうに、笑みを浮かべていました。
やっと、やっと。
願いが、叶ったのです。
最後までみんなの名前をちゃんと呼べなかったのは、心残りだけれど。
ああ、願わくば。
ほんの少しだけでもいいから、どうか。
今すぐに、お姫様がロッテ(わたし)を得てくれますように。




