『クレセントムーン』
《セルデシア》の貨幣価値は空間本位制度であるともいえる。
一定の金貨を使う事で冒険者は一定空間を一定期間占有する事ができる。
それはすなわち金貨の価値は空間を買う事ができるという一点において金貨の価値は一定であり、日本サーバだけではなく全世界において同じ価値を持つ事になる。
人数が増えれば増えるほど必要な建物は増えていく。生産職となれば設備や資材の保管庫としての建物がさらに増えていくことになる。それを買う為のお金と保持するためのお金もどんどんと増えていくというわけである。
「どうしようもできん。」
今まで借りていた建物で不要になった箇所を解約しながら、支出を抑えていったとしても、収入が上がる手段を持っているわけではない。
今まで新しいクエストを必死になって探しているのだが、今の所成果は一切上がっていない。
「今日の会議はここまでだ。皆、疲れているだろうが、がんばってくれ。」
「おー」
全員が気の抜けた声を上げつつ、さっさと会議室を退出していく。
新規に入ってくる人はいないから『新しい顧客』はいない。
新しいレシピなんてないから『新しい商品』は無い。
この世界がゲームだと思っているから『新しい視点』など一切存在しない。
つまりはまだみんなこの世界を『舐めていたのだ』。この世界を。
「今日は町中の探索かー。」
メンバーのうち数名がぶらぶらとアキバの閑散とした街並みを歩きつつNPC達を探している。
新しいクエストを探す為に新しいNPCを探しているのだが一向に見つからない。
「……人ごみ?」
休憩場にてわいわいと騒ぎが起きているのを見てメンバーは疑問に思った。
「こっちにはハンバーガー3つ!」「こっちはスペシャルセット3つだ!」
わいわいと騒ぎながら人々がハンバーガーを買っている。
「何が起こってるんだよ。」
「『味のする料理』だよ! あのハンバーガー味がするんだよ!!」
呆れ顔でした質問に対してすさまじい勢いで返信がなされる。
その言葉に周りの全員が息をのむ。『味のする料理』言葉にすれば単純だが現在のアキバに味のする料理を出す店は今まで無かったのだ。
値段設定がちょっと高めだがその希少性、需要から考えればありえない値段ではない(むしろ安い)。
『本当の食事を取り戻せ!』と掲げられた旗が高々と掲げられている。
「…よっよし俺も買いに行くぞ!」
サクラの可能性も考えたがサクラならサクラで海洋同盟に組織ごと出入り禁止にしてしまえばいい話だ。
そのような詐欺師と平然と取引するほど海洋同盟は甘い組織ではない。
………確かに味がする。確かに食感を伴う。こちらに来て一切味わっていなかったそれはまさに天国の味であった。
これは確実に売れる。
何せ『きちんとした食べ物』なのだ。全プレイヤーが欲するものであり、ほぼ毎日消費するものであるからだ。
たちまちのうちにハンバーガーは売り切れ、飲み物だけの販売になっていく。
「ッ!!!」
それを見た瞬間、販売ギルドに属している人間の行動は早かった。
商品が売り切れるという事はまだ供給が足りないという事だ。それを責めるつもりは自分達には一切ない。
なにせ、新商品だ。なんか販売に問題があるのはよくある事だ。
彼等の考えはこうだ。
供給が足りないという事は『まだまだ売れる余地が残っている』と言う事だ。
後追いと言うのは基本的に不利だ。なぜなら前にいる人が需要を占有している以上、その需要を奪い取るのは至難の業だからだ。
だが未だアキバの人々の1/10にも満たない供給をしている最中ならばまだ時間は残されている。
残りの9/10を自分達が占有すれば、あの店の9倍の収入が入ってくる。何気にする事は無い。必要量の1/10しか売っていない奴らが悪いんだ。
あまりにも急に湧いて出た巨大すぎるビジネスチャンス。たちまちのうちに組織全員に命令が走る。売っているギルドは何処なのか。何を買っているのか。どのようなギルドとつながりを持っているのかetc………。
仕切っているのはギルド《三日月同盟》。彼等が何を買っていたのか何をしていたのか、そういった情報を集めれるだけ集めておく。
予想外の事が起きた。海洋機構の収入がかなり増えたのだ。
理由は単純だ。
まず「ハンバーガーを食べる為のお金を稼ぐために仕事を引き受ける」など外へと出ていく人が増えた。
その為の準備としてポーションや新しい武器を買ってその収入が増えたのだ。
これによって、海洋機構は経済的危機を逃れる事ができたのだが……結局は《クレセントムーン》のおかげだったというわけである。




