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世界シリーズ

世界は揺らめき中です。だけどね、

作者: 睦月山

 ある日、世界に一人の少年が現れた。

 少年は首を傾げた。


「どうして僕はここにいるんだろう?」


 それを知るために(ギフト)を使った。

 少年は遠くまで見通す不思議な力を持っていた。

 ある時、少年が見通した。


「向こうに飢えてる子どもがいるよ」


 とある母親が心配そうに聞いた。


「向こうってどこなの?」


「ずっと遠くだよ」


「それなら無理ね」


 少年はずっと遠くを見通した。


「向こうの街で竜巻が起きているよ」


 とある農民が焦った様子で聞いた。


「向こうってどこだ?」


「ずっと遠くだよ」


「なら、大丈夫だ」


 少年がずっとずっと遠くを見通した。


「向こうで盗賊が村を襲ってるよ」


 幼い子が怯えた様子で聞いた。


「むこうってどこ?」


「ずぅーっと遠くだよ」


「なぁんだ。じゃあ、平気だね」


 少年は色々なものを見通した。隣国も、この地の裏側も、一億光年先の星をも見つめた。

 自分がどうしてここにいるんだろう、という問いを自分に問いかけ続けた。


 やがて、答えは見つかった。


 答えはとても近くに、遠くにあった。


 世界は何も知らないように凪いでいた。少年はその世界を見つめた。炎のように燃える瞳で睨みつけた。


「どうして、僕はここにいるんだ!」


 沈黙。

 けれども少年は沈黙の先を、真実をも、見通した。

 瞳の炎は身体へと燃えうつり、少年を赤く染めた。


「なんでこんなところにいるんだよぅ! 

 こんな世界なんて!

 こんな自分勝手な世界なんて!

 壊れろ! 

 崩れてしまえ!」


 少年が叫んだ。

 世界はその身を震わせた。少年の言葉に怯え、やがて罪を認め、揺らぎ、揺らめいた。

 それを感じた少年は満足しながら、炎と共に姿を消した。

 その後、世界は揺らぎ続けることをやめず。

 世界は崩壊の音を鳴らし始めた。

 世界は壊れようと、崩れようと、していた。



          「とある五十四年前の伝承より」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ティガの様子がおかしいな、と思ったのが三日前からだ。

 原因は分かっていた。その日にハムチャック教の信者が街に一日、滞在していたのだ。

 けれど、ミームは何も言えなかった。いや、言わなかったのだろう。

 ハムチャック教の信者を見る緑の目は悲しみと、悩みと、不安と、畏怖と、嘆願がつもりに積もって潰れてしまいそうになっていた。


 ――俺も連れていけ。


 そう言っているようだった。

 それが何よりもミームには怖かった。口を開けば、ティガに行かないで、そばにいて、とすがりついてしまいそうになるくらいに。




 ミームとティガは出会った時から、ふたりぼっちになった。


 もうすっかり人の少なくなってしまった学校でティガが転校してくるまで、ミームはひとりぼっち。誰もミームのことを気にしていなかった。だから、本当は無人ぼっち(存在していない)のではないかとミームは不安で不安で仕方がなかったのだ。

 ティガが転入してきたのはそんな不安が頂点に達していた頃だった。ティガが教壇に立った時、ミーム直感で、ピンッときた。


 ――この人も異常種だ、と。


 ずっとそのままだった半月が満ちていくような気持ちでミームはティガを見つめていた。


 



 〈世界崩壊の兆し〉。〝それ〟は五十四年前の九月十一日に太平洋のほぼ中心に発見された、その名の通り世界の崩壊だった。昔のテレビゲームの液晶画面のように景色が歪んで、崩れていくのだ。〝それ〟は世界を支配していると思っていた人類への反逆ともいえるものだった。海面が上昇してある国が沈むと言われても、あと百年で資源が尽きると言われても揺らがなかった人類は初めての目に見える世界じんるい崩壊に怯え、怖れた。

 それから、四十年後。つまりは今から十四年前。〈世界崩壊の兆し〉は人々の制止の声を全く頓着することなく、とうとう大陸に到達した。


 と、いってもミームは生まれてからちらりとも〈世界崩壊の兆し〉を見たことがなく、はっきりいって世界のことなんて分からない。ミームにとって重要なのは〈世界崩壊の兆し〉の後に起こった不思議な出来事についてだ。

 一つ目は異常種。〈世界崩壊の兆し〉が発見されてから生まれるようになった、幼子でも鉄を曲げ、三メートル近く跳び上がり、五十メートルを六秒足らずで駆ける異常な力の持ち主らだ。

 少し前、ほんの一年前までは「神が遣わし者」として多くの地域で崇められ、大切に扱われていた。この者たちが、この(ギフト)が、世界を救うのだ――と。

 しかし、それも過去の出来事。とある異常種が起こした大量無差別殺人事件を境に異常種は異端者になり果てた。

 ミームが学校で無視されているのもこれが理由だった。

 そして、二つ目。〈世界崩壊の兆し〉を〈新たなる世界の創造〉だと考え、「世界崩壊」を「神による救済」だと思った貧困層から生まれた新しい宗教――ハムチャック教だ。



♣♧♣



「ティガが……いない」


 今日は寝坊してしまって、ミームは学校に遅刻した。ちょうど今、二時間目の真っ最中だ。ミームはティガに申し訳なさ一杯で登校してきたのだが……。

 教室をぐるりと見まわす。

 いない。

 もう一度。やっぱりいなかった。

 途端、不安になってきた。キョロキョロと訳もなく視線を動かす。制服の裾を握っては放す。それを二十二回も繰り返したところで、堪えきれずに囗を開いた。


「ティガは、どうしたんですか」


 一瞬、十二人の中学生と一人の先生で満たされた空間が震えた。しかし、何もなかったように授業が進められる。

 気づいていないはずがない。その証拠に先生は目をぎゅっと怯えたようにつぶっていた。ミームのお母さんがよくやる仕草だった。

 ミームはここにいる誰一人のことも家族さえも信用していない。たった一人の子どもに怯え、どこか遠慮がちに接してくる人を信じられるわけがないのだ。

 それなのに、十四歳のミームは何も分かっていない。大丈夫だ。と、思われるのはとてもすごくイライラする。

 ミームは立ち上がると、教卓へ向かった。右拳を振り上げて、教卓に叩きつける。


 ――ドンッ。……バキ。


 なんだかちょっと危うい音もしたが気にしないでおこう、とミームは心に決める。今は苛立っているから、手に力が入ってしまっただけで、普段はちゃんと手加減をしているのだ。逆上がりをした時に勢いあまって鉄棒を曲げたり、力んで野球ボールをぺしゃんこにしてしまったことなどない…………こともなかったがそこも気にしないでおこう。


「ひっ」


「ティガは、どうしたんですか」


「あの、ミームさん。席について……」


「ティガは、どうしたんですか」


「えっと、ティガくんは今日、がっ……をそのいき……や……というれん……が」


「何を言ってるのか全然聞こえませんよ、先生。いい年した大人がそんなんでいいんですか。はい、もう一度」


 なんだかいじめっ子になってしまった気分だ。けれど、仕方ないとも思う。ミームにとってティガは半身のような存在だ。二人でやっと、満月になれるのだ。

 先生はなんとか震えを抑えながら、言った。


「ティガくんは今日、い、きなり、がっ……こうをやめるという連……絡が」


 その瞬間にはもうミームは動いていた。手近にあった窓の枠に足を掛ける。そのまま外に飛び出した。

 本気の、全力跳躍。地上四階から校庭の真ん中辺りまでの大ジャンプだ。窓枠を踏みしめた時に歪んだ感じがしたが、気にしてなんか、いられなかった。

 着地と同時に今度は全力疾走。ティガが行くであろうところなど想像がついていた。ただ走る。ふと視界に入った空に真昼の白い月が浮かんでいた。満ち切った月は必ず欠けなければいけないのだろうか。




♣♧♣


 ふんわりとした金髪。宝石のような緑の目。端正な顔立ち。何から何までミームとは違っているように思えた。たった一つ異常種であることを除いて――。


「ねぇ、ティガくんも異常種……だよね」


「異常種は初期に呼ばれていた差別用語だ。才能(ギフト)持ちと呼べ」


「ギフト?」


「神からの贈り物(ギフト)、だ。お前もそうなのか」


「そう。才能(ギフト)持ちかぁ」


 ミームは嬉しそうに笑った。


「ティガはどうしてこんな所に転校してきたの?」


「親がいなくなったからな。親戚に引き取られたんだ」


「ごっごめん」


 慌ててミームが謝る。けれどティガは気にしていなかった。むしろ馬鹿にするようにふんっと鳴らす。


「死んだわけではない。自分から〈世界崩壊の兆し〉に突っ込んでったんだ。両親はハムチャック教だったからな」


「私のお父さんも、だよ」


「そうなのか」


「そう。『〝あれ〟の先には新たなる世界が広がっているんだ。見えるか? 見えるだろう!』とか言っててね。見えるわけないっつーの! 馬鹿だよね。その馬鹿のまま、行っちゃった」


 ミームは笑顔を作った。笑顔と呼べるのか微妙なものだったけれど、ティガは気にせず惚れ惚れするくらい綺麗に笑い返してくれた。

 この素っ気ない口調の少年がすごく優しい、というのに気づいた最初の瞬間だった。



♣♧♣



 ティガは幹に体を預けて、上を見る。名も知らない広葉樹は静かに、堂々と佇んでいた。

 羨ましい、と思った。こんな風に堂々としていられたら、と。

 三日前にハムチャック教の信者がやってきた。その信者は貧しいわけでも、〝あれ〟の向こうに希望を持っているわけでもなかった。


 ――もうこの世界に才能(ギフト)持ちの居場所なんてないのよ。


 その信者は才能(ギフト)持ち、だった。

 ティガは考える。ティガの両親はハムチャック教で、ティガを置き、〈世界崩壊の兆し〉を超えていってしまった。それを真似するわけでもないけれど……。これから先、俺達は、俺とミームはどうするのだろう、と。今はまだ二人とも子どもだ。けれど大人になった時、生きていけるのだろうか――と。

 うなだれて、いつの間にか下を向いていた顔をはっと上げた。耳をすませる。何かが風を切る音が微かに聞こえた。どうしてここだと分かるのか、と思いつつ、自分はそれを待っていたのだと気づいた。


「ティーガァーー!!」


「……そんな大声ださなくても、聞こえるっつーの」


 憎まれ口を叩きながらも、自然と頬が持ち上がる。

 米粒のように小さかった影はあっという間に一人の人間になる。褐色がかった茶色の髪の毛が風でたなびいている。ミームだった。


「ティガッ!!」


 ミームは思い切りティガの胸に飛び込んだ。才能(ギフト)持ちでなければ、普通の人ならば、受け止められないだろう。


「ティガ! バカティガ! ティガバカ! バーカ、バーカ、アーホ!」


「おい……」


 ティガはミームの肩を掴んで、顔を上げさせようとした。けれど、ミームはそれを拒み、顔をティガの胸に押しつけた。


「……おいてかないでよぅ」


「悪い。でもすぐに追いかけてくると思っていた。寝坊したのか?」


「……バカ」


「バカしか言えなくなったのか。あと鼻水つけるなよ」


「つけるわけないでしょ!」


 ガバッとよらやくミームが顔を上げた。目尻も、鼻の頭も、少し赤くなっていた。ミームは恥ずかしそうにごしごし目元をこする。


「〝あそこ〟に行く気なの?」


「ハムチャック教の信者みたく突っ込んでみようかと……」


「ダメだよ!」


 悲しそうに、ミームが叫んだ。


「……ダメ、だよ」


「俺達この先、生きてていいことあるか?」


「あるかもしれないよ」


「ないかもしれない」


 頑固者。

 こうなるとティガが止まらないのをミームは知っていた。


「いやだよ」


「お前が来なければいけないということはない。俺一人で行く」


「それはもっとやだ」


「なんでだよ」


 ティガは困ったようにため息をついた。


「別に俺がいなくてもミームなら大丈夫だ」


「無理」


 頑固者。

 こうなるとミームが梃子でも動かないことをティガは知っていた。


「元々俺はいなかった。元に戻るだけだ。なぜだか分からん」


 なぜか……。言わなきゃ分からないのか、とミームは思った。

 そんなもの決まっている。ミームとティガは二人ぼっちで、一緒にいて満月で、大切な友達……。

 あれ? とミームは思った。そうだっけ、と。何か違うような気がした。二人ぼっちになりたいのでも、満月になりたいのでも、ない気がした。

 ただ、一緒にいたくて、行かないでほしくて、置いてけぼりにしないでほしくて。ただ、ただ――。


「だ……きだか……だよ」


「ん? なんだよ」


「――大好きだからだよ! ティガのことが! 好きだからだよ!!」


 悲しくないのにいきなり涙が溢れ出した。自分でもびっくりしてミームは慌てて、目元に手をあてる。けれど、止まらない。

 なぜだが、胸の奥がズキズキと痛かった。嗚咽をこらえた喉が、触れた涙が熱かった。

 こちらもびっくりした表情でティガが慌てながら、そぅっと、ミームの頭を撫でた。おろおろとして、顔を覗きこもうとすると、ミームがその顔をぐいっと右手で押し返した。


「覗き込むな、バカ! 顔は良いんだから、女の子の扱いくらい分かっとけぇ!」


 途中から何が原因で泣いているのかミ一ムは分からなくなった。今まで耐えていた家の中の孤独、将来への不安と、不満、この世界への悲しみが一気に溢れ出てしまったみたいだった。

 子どものミ一ムは子どものようにわんわん泣く。声を上げて泣くなんて、すごく久しぶりだった。



♣♧♣


 


「昔。ここにくる前にある女の子に言われた。『〈世界崩壊の兆し〉から逃げて、故郷から逃げて。そんな逃げ腰、かっこ悪いじゃないですか。これは受け売りなんですけど、どうせなら〈世界崩壊の兆し〉に突っ込む気なくらい責めの姿勢じゃないと』って」


 ようやくミームが泣き切った頃を見計らって、ティガは言った。


「でも、それもある意味〝逃げ〟だな。この世界から逃げてるのかもしれない」


「そうだね。でも、分かるんだよ。私にも。この先、生きてけるか不安だもん」


「そこで……だな」


 ティガは迷うように視線をあちこちに向けてから、


「俺にはすっごく恥ずかしくて、馬鹿らしい夢がある」


「夢?」


 ミームは首をかしげる。初めて聞いた話だった。

 ティガは上を見上げる。日の光がまぶしかった。


「……〝才能(ギフト)持ちが安心して暮らせる街をつくること〟だ」


 一つ息をつく。ミームは何も言ってこない。


「馬鹿らしいだろう。崩壊中の世界で街づくりなんてな」


「……すごい」


「は?」


「すごいよ、ティガ! やらないの? それ!」


 ティガが視線を前に戻すと、ミームはまだ赤い目をキラキラ輝やかせていた。才能(ギフト)持ちの、ミームの、ティガの、街。想像するだけでわくわくした。

 少し迷った後、ティガが息を大きく吸いこんだ。


「一緒に、連いてきてくれるか?」


 それはある意味ミームが告げた思いに対する返事だった。ミームはただ嬉しそうに笑った。


「そういう時は『連いてこい』って言ってくれれば良いんだよ。私はティガと一緒にいたいんだもん。連いていくよ」


「連いてこい」


「うん!」


 ミームは元気良くうなずいた。そのまま、またティガに抱きついた。今の気持ちの暖かさが少しでも伝わるように、強く、優しく。

 ミームはなんとなく少し顔を上げてみた。

 ティガもなんとなく少し顔を下に向ける。

 そぅっと恐る恐る近づいて、唇が小さく触れた。途端、二人の顔にぼっと火がついた。

 とても子どもっぽい、子どものキス。

 けれど、街をつくるという、少しだけ大きな夢を背負った者たちのキスでもあった。

 考えなしだろうか、ティガは思う。

 けれど。

 一度きりの人生だ。その中で一度くらい行き当たりばったりの、見切り発車のこともあったって良いのではないだろうか。


「ね、ティガ。ちゃんとした返事が聞きたいなー」


 ティガは囗をもごもご動かして、小さく、


「…………好きだ」


 へヘっとミームが笑って、ありがとう、と返した。顔はりんどのように赤かったかもしれない。





 未来も危ういし、世界は揺らめき、崩壊しようとしているけれど。





 世界は不安と絶望と悲しみに溢れていたり、するけれど。





 世界に捨てられたはずの世界の一部(とある二人の少年少女)は恋することをやめられず。世界は愛を捨てられない。




シリーズ物といってもいいのか分からないくらい前作と雰囲気変わってますね……。いいのだろうか……?


恋愛ものは難かしいです……。


誤字脱字、評価、感想がありましたら、お願いしますm(_ _)m


読んでくださり、ありがとうございました!

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