唐揚げがゆく(千文字お題小説)
お借りしたお題は「幽霊」「就職」「唐揚げ」です。
松子は派遣切りに遭っただけではなく、友人を怒らせたがために返り討ちに遭い、動画サイトで有名な女になってしまった。
名前こそ出ていないし、顔はモザイクがかけられていたが、知っている人には一目でわかるものだったからだ。
そのせいで松子は近所での就職を断念し、隣の市まで足を伸ばして就活をした。
その甲斐があったのか、食欲がそうさせたのか、松子は唐揚げ専門店に就職できた。
無人島に持っていける唯一のものを「唐揚げ」と答えた松子にとっては、天職を得たような気がした。
「つまみ食いはしないでね」
店長の笑えない冗談にも笑顔を返せるほど松子は有頂天になっていた。
(ここの唐揚げはお金を出してでも欲しくなる美味さだから、つまみ食いなんて断じてしないわ!)
松子には自信があった。
松子が勤務する事になった店舗は、その店の中でも特に売上が多いところで、ぐうたら生活をしていた松子は初日で根を上げそうになった。
(ダメよ、そんな事じゃ! ここに骨を埋めるつもりで頑張るのよ!)
その香ばしい匂いだけで丼三杯いけそうな松子であったから、どんな事でも堪えられた。
そして、松子が働き始めてから二週間が経過した。
パンチパーマの母親も、松子が仕事上がりに買って帰る唐揚げでご機嫌であった。
「お前が就職できて、母さん、嬉しいよ」
そう言いながらも手を止めずに唐揚げを貪る母親を見て、結婚はしないと心に決める松子である。
それでも仕事に充実感を覚えており、続ける自信が深まった。
そんなある日、唐揚げの数が合わないという事態が起こった。
職場の誰もが自分を疑っているのが肌に感じられた。
「それなら、私が犯人を見つけてみせます!」
松子はにやつく店長に詰め寄って言い切った。
食べてもいないものを食べたと疑われる事ほど、唐揚げ命の人間にとって辛い事はないのだ。
そして松子は一人で店番をした時に限って唐揚げが少なくなるという事を受けて、
(私を妬む者の仕業ね)
そう考え、神経を研ぎ澄ませて仕事をした。
やがて、ピークの時間を過ぎた頃だった。
松子は厨房に誰かが入ってきたのに気づいた。
そいつはゆっくり唐揚げの山に近づき、松子が背を向けている時にスッと唐揚げを盗った。
「ちょっと何してるのよ!?」
犯人に怒鳴った。それはまだ十歳くらいの汚いなりをした男の子だった。
「ごめんよ、オバちゃん。許して」
男の子はそう言うとフッと消えてしまった。松子はその場でドスンと気絶してしまった。
松子の苦難は続きます。