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失われた右目

「俺達は逃げた。逃げて逃げて逃げまくった。・・・そして、見つかった。」

なずなの顔は下向きだった。

「捕まったの?」

響は少し躊躇う様に聞いた。なずなは首を横に振った。そしてまた話し出した。

「俺達は力のおかげで逃げる事ができた。だけど守利上は捕まった・・・。」

「捕まった・・・?」

「ああ、耳にピアス型の発信機がついていたんだ。それで・・・。」

と言って、なずなは悔しそうに前髪をくしゃっと握った。

「そして、お前は『本原響』から『守利上響』に記憶を入れ換えられたんだ。」

「!?」

(記憶を入れ換えられた?私の今の記憶は本物ではないってこと?十四年以前の記憶は偽物だって言うの!?)

驚かずにはいられない。目を見開いたまま、呆然としていた。

「信じられないと思うけど。」

響は顔を上げた。不思議とその話を信じている自分がいる。確かに驚いた。驚いた事は驚いたが何故だろう。自分の中で差ほど受け入れられない話ではない。自分自身記憶に曖昧なところが多過ぎると感じていたし、何より、今の両親が何故か、親として見れていなかった。というか、親自体響の事を、自分達の子として見れていなかったのかもしれない。

「本当なのね・・・?」

「・・・ああ。」

なずなは軽くうなずいた。嘘をついているような顔ではない。第一こんな変な嘘をついても何の得にもならない。事実、なずなの脚力は半端じゃなかった。それを響は体験したのだから、何よりの証拠だ。

「それで・・・。」

なずなは顔を響に向けなおした。

「俺と組まないか?」

「え・・・?」

組む?一体どうゆう事だろう。

「あっ・・・」

ビルの下の方を見ていたなずなはいきなり立ちあがり、手すりにつかまり、身を乗り出して下を覗いた。それに続いて響も見た。数メートル下の地上には何人か人が歩いていた。響には何がなずなを気付かせたのかわからなかった。

「共・・・。」

「きょう?」

共というのはさっきのなずなの話に出てきた少年の事だろうか・・・。どこに・・・

「守利上!降りるぞ!」

「え!!!??」

なずなは今いる場所の反対端に走った。響は後を追う。

「ちょっと・・・待ってよ!」

響はぜーぜー息を切らしていた。

「ちゃんとつかまってろよ!」

上がってきたとき同様、なずなは響を抱えてそのまま下へ急降下した。

「いやああああああ!!!」

(だめ〜!!だめなのこーゆーのは〜!!!)

一瞬の出来事だった。二人は着地していた。響はふらふらしながらなずなから離れた。

「だ、大丈夫か?」

「・・・たぶん。」

「行こう。」

「ええ?」

なずなはまた走り出した。ビルの表のほうへと走っていく。響もそれに続いた。

「共!」

なずなはそう言いながら目の前を歩いていた高校生の腕を掴んだ。

その男は振り向くと驚いた顔つきになった。

「なずな・・・!?」

館村共だった。

なずなの話によると、現在三人は別々の義理の親に引き取られたと言う事だ。共と由紀は同じ高校に入学し、仲良くやっているらしいが、なずなだけ違う学校に入学してしまったので、連絡が取れなくなっていたらしい。

「なずな!生きてたんだなあ。」

「もちろん!あれからは何も無かった。」

再会できた喜びの反面、共には気がかりな事があり、笑顔を作ることが出来なかった。

「どうした?」

「由紀が、由紀が行方不明なんだ。」

「え!?」

なずなは青ざめた。良からぬ考えが頭を過ったからだ。響も同じ事を考えていた。行方不明と言ったらやはりそれしか考えられない。

「嘘だろう?」

なずなはその場に立ち尽くしてしまった。

「ね、ねえ。あっちの公園で落ち着いて話そう。」

響は二人の男の背中を軽く押す様にして言った。

「え・・・あ、あれ?彼女???」

共は今まで響の存在に気付いていなかったらしい。その響の言葉に驚いてなずなの顔をまじまじと見ている。

「ていうか、響だよ。共。あの。」

共は一瞬考えて何かに気づいたように響を見た。

「は!?響って・・・まさか。」

「そう、そのまさか。今はいろいろあって研究所の事は覚えてないんだ。でもさっき一応話はした。」

「そうか・・・。生きてたんだな。良かった・・・」

本当に安心した様に共は肩をなでおろした。少しだが共に笑顔が出た。

信号が青に変わり、三人は反対側の道へ渡った。今の時間は人が多く、ほんの十数メートル歩くだけだったがやけに時間がかかった。共と響はその人ごみをうまくすり抜けて歩いて行ったが、そんな二人の後ろで人にぶつかっては謝り、足を踏まれつつなずなは歩いていた。

渡った道のすぐ目の前の公園に三人は入っていった。公園の中は外の雑踏に比べだいぶ静かだ。さっきまで人ごみの中にいたせいか、いつもより公園が広く感じた。自分が何も出来ない小さな人間だと言う事を由紀が行方不明だと聞いて実感しているせいかもしれない。三人とも同じ事を考えていた。

誰が何を言うでもなく、三人は入り口のすぐ近くにあったブランコに近づいて行った。共はブランコを取り囲んでいる柵に腰掛け、響となずなはブランコに乗った。

なずなが話を切り出す。

「由紀が行方不明って、どう言う事なんだ?」

かかとを地面につけ、膝を曲げたり伸ばしたりして軽くこいでいる。

ブランコなんて何年振りだろうか。響はぼんやりとそんな事を考えていた。はっきりしない意識は足元をせかせかと歩く蟻に向けられている。響はその蟻の行列をじっと見つめて少し足りとも動かない。

「一昨日から学校に来なくなったんだ。ただ休みなんだと思ってたら由紀の親から連絡があって、由紀が帰ってこないって・・・。親って言っても義理だけど。俺ら親に研究所の事は話してあるんだ。もちろん力の事については多少話を変えて伝えてあるけど・・・。」

話しはなかなか進みそうも無い。共は由紀の行方不明で少しパニック気味だし、隣でブランコをキコキコさせているなずなは頼りにならない。だが話は進めなくてはならない。もしかしたら一刻を争う事になっている可能性もある。とは言っても話を聞かされただけの響では役不足であろう。しかしそんな事を言っている場合ではない。

「その由紀さんって、様子が変だったとか無かった・・・?」

共ははっとした顔つきになった。何か思い出したのだろうか。響を見た。

「なんか・・・二・三ヶ月位前から学校早退したりしてた。本人は最近体の具合が良くないとか言ってたけど・・・。あとよく携帯に電話かかってきてた。誰って聞くといつもはぐらされてて結局誰からか聞けなかった。彼氏かな?とか思ったけどそりゃ俺か・・・だし。」

「オイオイ・・・」

「それと関係ありそうね。もしかしたらその電話の相手、研究所の奴かもしれないし。」

響は冷静に話した。その場で冷静でいられているのは響だけだ。共もなずなも研究所の恐怖を知っているため、気持ちに乱れが生じていた。

「何の為に・・・。」

共がボソッと言った。

「何の為に由紀はさらわれたんだ。何の為に・・・。」

「共、まださらわれたって決まったわけじゃないよ。」

なずなは今にも壊れてしまいそうな共をなだめる様に言った。だが共はその言葉を受け入れなかった。

「いや、由紀は俺に何も言わずどっかに行っちまう奴じゃない!」

口調がだんだん強くなってきた。確かに共と由紀の愛情や信頼感は半端ではない事はなずななら嫌と言うくらい知っている。

共は自分を落ち着かせる様に深呼吸をした。

「ごめん。こうゆう時は落ち着かないとな・・・。俺、すぐ感情的になるから・・・。」

共はいつのまにか硬く握っていた拳をそっと開いた。

響はふと右の腕につけている腕時計に目をやった。秒針は刻々と時を刻んでいる。午後七時四十六分。響の耳は一定の速さの秒針の音を聞いた。その音に吸い込まれそうになった。

気がつくとその時計はもうすでに五十分を指していた。さっきから四分間ずっと秒針に気を取られてしまっていたのか。由紀の話しはどうなったのか。響は時計から目を離し、二人を見た。二人は無言で俯いていた。おそらく何も話してはいないだろう。そしてこのままだと何も解決策は生まれない。響はそう思った。

辺りはもう暗くなっている。周りを見渡すと昼間とは打って変わって違う世界の様に見えた。この公園を照らす電灯は四角い公園の角に一本づつ立てられていた。しかしどれも消えかかっていたり壊れていたりしていた。誰も何とかしないのだろうか。確かにここは人通りの多い道に面しているくせにあまり利用する人はいない。

響は二人に帰る事を勧めた。明日また会って話をしよう、と。明日は幸いにも日曜で休みだ。三人は明日の午前十時にこの公園で待ち合わせをした。

「じゃあ、また明日ね。」

三人は公園の前で分かれる事になった。

「じゃあな。大丈夫か?一人で。」

なずなが言った。

「大丈夫よ。じゃあね。」

響はそう言って歩き出した。

「じゃあ、俺も帰るな。」

「ああ、またな!共!」

三人の足はとても重かった・・・


冷たい夜風に晒されながら響は歩いていた。

「さぶっ・・・。」

細い路地に入ると辺りは一面真っ暗だった。電灯など一本も無く、古い家がずらっと両脇に並んでいる。ここを抜けてすぐのところに響の家はある。しかしそこまでが大変なのだ。この細い路地は100m程続いていて、人はこの時間全くと言っていいほど通らない。もしもこんなところでお○けなんかが出てきたら卒倒してしまうに違いない。まあ、お○けなんていう非現実的な物を信じてはいないけど・・・

「やっぱりなずな君に送らせれば良かった。」

ボソッと口の中で言うと、少し小走りでこの細い路地を駆けて行った。



「う・・・。」

拓馬は目を覚ました。一体何が起こったのか解らず白い天井を見上げていた。我が家・・・研究所の天井だった。

「いたっ・・・」

痛みで初めて自分が目に怪我をしていることに気付いた。包帯をしてあるらしく右の眼に感覚は無かった。その痛みで我に返った。何故自分がこんなところにいるのか、この痛みは何なのか。

拓馬は右の目に手をやった。痛くて直接触れる事ができなかった。包帯はきっちり巻かれている。

思い出した。そう、この右目はあの松尾由紀にやられたのだ。俺はあの雨の日、あの女を殺した。上の命令だった。殺すのは少し躊躇ったが、やらなければ自分が殺されるだけだ。俺は銃口を由紀に向け撃った。それと同時に俺の右目も一瞬のうちに潰されたのだ・・・

そのまま気を失ってここへ連れてこられたのだろう。あの場所からここまでずいぶん離れている。よく助かったものだ。それもこれもこの研究所の佐伯医師のおかげだろう。研究長である父親の正司がとても気に入っている医師だ。佐伯が拓馬の目の手術をしたに違いない。

拓馬は寝返りをうとうとしたその瞬間激しい痛みが拓馬を襲った。実際に痛いのは右目だけなのだろうが、全身がしびれのような痛みに襲われた気がした。あまりの痛さに思わず右目を両手で押さえてしまった。余計痛くなるのはわかっていたが、そうするほかにどうすればいいのか分からなかった。額から汗が滲み出てきたが、拓馬には分からなかった。整わない呼吸のせいで声が出ない。声を出せば誰かが来る。動く事も出来ない。拓馬はそんな痛みの中である事を考えていた。

俺の右目は恐らくもう使い物にならないだろう。俺からこの右目を取ったら何が残る?何も残りはしない。研究長の息子というここでは何の役にも立たない肩書きだけが今の自分を辛うじて存在させている。そうだ、きっとそうだ。役立たずな俺をここの連中が生かしておくはずが無い。

朦朧としている拓馬の耳に話し声が聞こえた。

「どうだ、拓馬の右目は。」

父親の正司の声だった。その声は拓馬の頭の方の壁の向こうから聞こえてくる。

「もう拓馬さんの右目は光すら失っています。」

もう一人、男の声がした。明らかに佐伯医師の声だ。

光すら失っている・・・拓馬はその言葉にはっとして起きあがった。同時にさっきとは比べ物にならないくらいの激痛が全身に走った。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。激痛に耐えながら拓馬はゆっくりとベッドから這い出た。足が震えていてしっかりと立てない。話はまだ続いていた。

「では、やはり消す事になりますかね・・・拓馬さんも。このままじゃお荷物になってしまいますから。」

正司がその後に何か言っていたようだが痛みが酷く聞こえなかった。

殺される・・・殺されてしまう。このままここにいてはまずい。

ふらふらしながらも部屋のドアノブに手をかけた。心臓は壊れそうなほど波打っていた。もし、このドアを開けて誰かがいたら・・・。拓馬の生きる道は絶たれてしまう。

ここはきっと研究所の一番出入り口に近いところにある建物だ。ここも人はあまり近づかない。この部屋が一階であるならば十分にここを抜け出せる可能性はある。

隣の部屋から二人の話が聞こえてきたと言う事は隣の部屋は病室ではないはずだ。恐らく佐伯医師の部屋。というとここは一階だ。

拓馬はベッドを挟んで向かいにある窓へと向かった。途中で何度も倒れかけた。そのたびに右目を激痛が襲った。

拓馬はゆっくりと窓を開けた。夕焼けが左目に飛び込んできた。

拓馬の考えは正しかった。ここは一階で、そしてやはりすぐそこに研究所の出入り口が見えた。

これで少し生き延びる可能性が高くなった。痛みを忘れる事は出来なかったが、夢中で部屋を抜け出した。地面に足をつける時にも痛みが走った。いっそのこと、このまま死んでしまったほうが楽なのではないかと弱気な言葉が浮かんだがそれをかき消した。

とにかくまだ明るい時間に出来るだけ遠くに逃げなければ。暗くなれば左目だけでは不自由過ぎる。

汗が後から後から流れ出てきた。それをシャツの袖で拭いながら一歩一歩足を進めていった。だんだん体力も限界になってくる。自分でよく分かった。頭が朦朧として目が霞み、まっすぐ歩くのが難しい。辛い・・・きつい・・・苦しい・・・痛い・・・。そんな言葉が拓馬の頭の中をぐるぐると徘徊している。今自分が選択した道を止めたくて仕方が無かった。左目には涙が滲んでくる。

どこへ行こう・・・。行く当てなど無いがどこかへ行かなくては・・・。

・・・そうだ。あそこへ行こう。

拓馬は重い足を引きずって道を進んだ。白いワイシャツが汗でぐしゃぐしゃになってしまい気持ちが悪かった。ズボンもしわくちゃになってしまい端から見たらとてもみずぼらしい格好だ。

右目の包帯を引き千切りたい衝動に駆られた。今この状態でこれ以上理性を押さえていられるほど精神的に強くはない。痛くて痛くておかしくなりそうだ。

早く、早く・・・。あそこへ行けば何とかなるかもしれない。細い路地を抜けた。すでに辺りは暗くなっていて、一軒のオレンジの光が拓馬を迎えた。同時に拓馬の体力、精神力ともに限界を迎えた。足の力が抜け、がくっと地面に座り込んでしまった。そして、拓馬の意識は遠のいて行った。



「何!?拓馬がいない!?」

自分の部屋に戻った正司はがたっと音を立てて椅子から立ちあがった。息を切らした一人の男が拓馬が部屋から抜け出した事を告げたのだ。

正司は落ち着こうとそっと手を机の上に置いた。

「所長はなんて・・・?」

「何人か送りました。殺せという命令です。」

男ははっきりとした口調で言った。

正司は深い溜息をついた。

「そうか・・・。」

正司の声は少し枯れていた。心なしか半ば諦めたような言い方だった。

男は失礼しましたと言って正司の部屋を後にした。

部屋には沈黙が訪れた。正司はストンと椅子に落ちると机の上で頭を抱えた。

「くそっ・・・兄貴・・・。」



暗い暗い細い路地を抜けると、オレンジ色の家の灯りが視界に広がった。響はほっと肩を下ろした。

「ん・・・?」

響の家の前に誰かが座り込んでいた。酔っ払いか?響は不審に思いながらその人物に近づいて行った。

「え・・・?」

想像していたより若い男だったので驚いた。見ると、右目に包帯をしている。服もぐちゃぐちゃで、とても普通の人と呼べる状態ではなかった。しかし、右目は隠れているが、綺麗な顔立ちの男だった。

「何・・・この人・・・。」

どいてくれないと中に入れない。少し怖かったが響はその男の体をゆすった。

男はゆっくりと目を開いた。何が起きているのかさっぱり分からないといった顔をしている。

「あ、あれ?俺・・・。」

拓馬はどうにか目的地へとたどり着いたが気を失ってしまった。あれからどのくらい時間がたったのだろうか。体がずいぶん冷えている。

「あの・・・。」

拓馬はその声にはっとして顔を上げた。目の前にいる女の存在にやっと気付いた。

この髪の色、この顔・・・。

「ひ、響?」

「え・・・?」


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