逃走
とうとうその時が来た。三人は昨日とは違うが、また全体的に白い部屋につれてこられた。
今、三人の目の前には白く丸いテーブルがあり、その上には、薄い紙の上に置かれた小さな錠剤と、その薬を飲む為の水をグラスに半分くらい入れた物があった。これが由紀と共の言う超能力薬なのだろう。
「これを飲んで下さい。心配しなくても大丈夫。ただの栄養剤みたいなものだから。」
うそをつけ。にこにこと笑顔を振り撒いて言ったのは、昨日、なずなに質問をした里子だった。
どうか、どうか薬が成功しています様に・・・
三人の心の中はそれでいっぱいだった。
共がまず最初に薬を手に取った。それを見て由紀となずなも薬を手にした。
本当に恐ろしい気持ちでいっぱいだった。これを飲んで生きていた者はいない。その中に自分達も入ってしまうかもしれないという気持ちが薬を飲むのを躊躇っている。
何故自分がこんな目に合わなくてはならないのか・・・ まだ十四年とちょっとしか生きていない。たった十四年・・・
ごくっ
三人は思いきって薬を飲み込んだ。
薬のせいではなく、精神的に失神しそうになった。目が少し回っているのに気づいた。相当神経を張り詰めていたのだろう。由紀と共も同じ様だった。
「ありがとう。もういいわよ。部屋に戻って。」
里子はそう言うと部屋を後にした。
「行こうか・・・。」
共が言った。
三人はとぼとぼとその部屋を出て行く。部屋を出ると、目の前に研究所のロビーが広がった。そこはとても騒がしく、白衣の人々が沢山いた。しかし三人にはあまり関心が無く、目の前はほとんど闇に近かった。
「あなたたち・・・実験の。」
と、ふいに後ろから声をかけられた。
「大丈夫?気分でも悪い?」
死ぬか生きるかの瀬戸際に気分が言い訳が無い。
声の主は女の子だった。それもなずな達と同い年くらいの・・・。その子も他の研究員同様に白衣を羽織っていた。この子も研究員なのだろうか。
「誰?」
由紀が恐る恐る聞いた、彼女は笑顔で答えた。
「私、響。一応ここの一員よ。大丈夫、心配しないで。今回は絶対死なない。効果は現れるか解らないけど死にはしないわ。」
「え!?」
いきなり現れて今回は死にはしないと言われても現実味が無い。一体どうゆう事なのだろうか。
「ここじゃまずいわ。きみ達の部屋で話そう。」
響は無理やり三人を昨日の部屋に連れて行くと、外に誰もいないことを確認し、静かにドアを閉めた。
「ふう。」
響はドアに寄りかかっている。
三人は訳のわからないまま椅子に座らされた。三人とも困惑顔で見詰め合っている。
「どう言う事なの?」
由紀が話を切り出した。
響は三人に近づき、テーブルの上にそっと手をついて言った。
「あなた達は死なないわ。今回の実験はきっと成功する。」
その瞳には自信があふれていた。本当に成功するのだろうか。本当に自分達は死なないのだろうか。
「死には至らないはずよ。だって、今回は私が作ったんだもの。」
「え!?」
どう見ても同い年くらいの普通の女の子にしか見ないが、この少女が薬を作ったと言う。到底信じられない話だ。
「嘘だと思ってるでしょ。でも本当の話。今までは私以外の研究員が作ってたんだけど、今回は私の薬が出来たから。」
響は呆然としている三人を尻目にどんどん話し続ける。
「自分で言うのもなんだけど、私めちゃめちゃ頭いいのよね。実を言うともう大学出てるし、アメリカのなんだけどね。十歳のときだったっけなあ。IQは300くらいあるとか無いとか。」
「え!?」
信じられない・・・。とんだ天才少女に出会ってしまった。
三人は口をぽかんと開けたまま呆然としていた。
「ま、とにかくその薬は大丈夫だから安心して。」
「安心って・・・。」
調子を狂わされる。さっきまでの緊迫感は一体なんだったのだろうか。三人は顔を見合わせた。
「ふざけんなよ!」
バキッと言う音とともに共は立ち上がった。バキッという音は共が思いっきりテーブルを叩いた音だ。
なんなんだこの研究所は・・・人を人とも思わない、人の命を何だと思ってるんだ。・・・そう怒鳴りたかった。
が、何故か由紀、なずな、響の三人の視線は、共の足元にあるガラガラと音を立てて崩れて行ったものに向けられていた。共は足元を見た。
「げ・・・。」
「成功・・・?」
成功・・・そんな言葉が響から聞こえた。
ガラガラと音を立てて崩れたものとは、元はテーブルだった。共は一瞬にして目の前のテーブルを破壊してしまったのだ。
まだ由紀となずなは呆然としていた。そんな中、響はゆっくりと共の方へと近づいていった。
「うわっ」
響はいきなり共の体に触り始めた。
「だまって、今調べてるから。」
響の目はさっきと違って真剣だった。吸い込まれそうな目だ。共はそんな響の目に恐怖さえ覚えた。
「服脱いで。」
「は?」
響は白衣のポケットから聴診器やら何やらルーペのような物などをどんどん出している。
共を見た。
「服脱げっつーの。体の変化とか調べるから。ああ、私の事は医者だと思ってくれていいわ。」
「な、何言って・・・。」
「早くしてよ。あ、全部ね。」
共は青ざめた。ここで脱げと!?由紀やなずなのいる前で!?
「ちょっと、何突っ立ってんの。私以外の人にやらせるわけにわいかないのよ。それに、私以外の人だったたら変な趣味持ったような兄ちゃんとか男の子大好きなねーちゃんとかぐらいしかいないわよ。いいの?それでも。あんた綺麗な顔してるから何されるかわかんないわよ。」
響は脅す様に言った。
「で、でも・・・」
共は半泣きになりそうになりながらちらっと由紀の方を見た。由紀はそれに気づき顔を赤くした。
「ああ、そっか。じゃあ・・・」
バタン・・・
由紀となずなは顔を見合わせた。二人は響きに部屋の外へと出されてしまったのだ。ドアに耳を付けて中で何が起こっているか探ろうとしたがまったく解らなかった。
しばらくたってから、静かにドアが空けられた。
「いいよ。もう入って。」
響が顔を覗かせた。二人は恐る恐る部屋の中へと入っていった。共はどうなったのだろうか。
「共???」
由紀は部屋の隅で小さく蹲っている共を見つけた。ちゃんと服は着ていた。
なずなと由紀はゆっくりと共の方へ近づいて行った。共は放心状態に陥っているらしく、二人に気づかない。
「共! 共!!」
由紀の何回かの呼びかけで、やっとそばに二人がいる事に気づいた。顔は青く・・・いや、それを通り越して白くなっている。
「ちょっと!共に何したの!?」
響は平然とした顔で『ただ調べただけよ。』と言った。
ガコン・・・
「なに!?」
鈍い音がした。何事だと三人は音のした方を見た。
「だおおぉぉっっ。」
「な、何やってんの?」
由紀が言った。
なずなは部屋の奥の壁の前で小さく小さく蹲っていた。そして振り向いた。その目には大粒の涙が溜まっていた。
「いってー・・・ 俺も出来るかもって思って思いっきり壁殴っちまった・・・。」
右手の痛みを必死で抑えている。相当強く殴ったのだろう、右手は真っ赤に腫れていた。痛いにきまっている。『大丈夫?』と声をかけながら由紀が近寄ってきた。そしてその手に触れた。
「うわ〜・・・痛そ〜。」
「痛いよ。あれ?」
「どしたの?」
「痛く無くなったけど・・・」
「!!」
響がその言葉に反応して近づいてきた。
「手、見せて。」
響は無理矢理なずなの右手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「いてっ・・・」
「痛くないんでしょ?」
「お前が引っ張ったからだろうが!!」
なんて自己中な奴だ。なずなはむっとしながらも手は一応響に預けた。
「治ってる・・・何で・・・。」
響ははっとして顔を上げた。その響の視線の先には由紀がいる。
「・・・再生・・・能力?」
「・・・わ、わたし?」
由紀は自分を指差して言った。その顔は硬直している。
響の唇の端が笑った。由紀の背中に悪寒のような物が走る。ま、まさか・・・
「はーい。男の子二人はとっとと出てってね。」
今度は共となずなが部屋の外に出された。
「なずな、お前には俺達の気持ちはわからないよな・・・。」
共はドアの反対側に体をあずけている。顔色は幾分か良くなったが、まだ体に力が入っていない様だった。
「何?何されたんだよあの女に。調べるだけとか言ってなかった?」
なずなはドアに寄りかかっている。
「言えない・・・。」
言えないくらい恐ろしい事をされたのだろうか。あの女に・・・。
ガチャ
由紀が疲れ切った顔でドアから顔を覗かせた。
「だ、大丈夫?」
「う・・ん。」
大丈夫と言う状態ではなさそうだ。由紀はふらつきながらドアノブにしっかりつかまっていた。
「あ、君!なずな君だっけ?君も一応来て!」
響がドアの向こうから呼んだ。
なずなは一瞬にして青ざめた。行きたくない。一体共と由紀は何をされたと言うのか。嫌がっていると、響に首根っこ掴まれずるずると部屋の中へとつれて行かれた。
「なずな〜、がんばれ〜・・・。」
共と由紀が閉まるドアの向こうでパタパタと力なく手を振っていた。軽く放心状態だ。
「はあ・・・。」
響は椅子に腰掛け足を組んで座っていた。そして紙に何か書いている。多分雪の事だろう。
「全て調べるからね。す・べ・て。」
響の目がきらりと光ったような気がしたのは気のせいだろうか・・・
「すべてって・・・。」
なずなは一歩後退した。
響は椅子から立ちあがり、ゆっくりとなずなの方へと歩み寄ってきた。
「ヤメテー!!!」
「あーあ・・・かわいそうに・・・。」
由紀と共はふかぶかと溜息をついた。今この部屋の中で起こっている出来事を想像して、恐怖が頭の中で蠢いていた。心底なずなに同情している事だろう。
(僕ちゃんお嫁に行けないっっ・・・)
ほんの4,5分の出来事だったが、なずなにとっては一時間地獄にいたような感じだった。
一体何をされたのだろうか。地獄の番人響に一枚一枚爪でも剥がされていったのだろうか。それともムチでビシバシ叩かれ皮を剥がされ、その上から酢でもかけられたか・・・ まさかそんな事をされたわけではない。なずなの身体を全て調べただけなのだ。そう・・・全て・・・。
「ハイ、終わり。じゃ、服着てどうぞ。」
なずなは呆然と立ち尽くしていた。
(う、うそだろ・・・。)
「ほらほら、早く着て!見苦しい!」
(み、見苦しい!?ふざけんな!!)
しかし、今は文句を言っている場合ではなかった。響が今にもドアを開けようとしていたのだ。
「うわっ。まっ・・・。」
ドアの向こうには由紀と共がいるはずだ。今ドアを開けられたら大恥をかく事になる。なずなは急いで服を着た。
「なずな・・・大丈夫??」
危機一髪・・・。
「みんな座って。」
響は三人を椅子に座る様目で促した。
三人は大人しくテーブルだった物体の周りに無造作に置かれている椅子に腰を落ち着かせた。
「ねえ、あなた何なの?」
由紀が少しおびえた様に言った。
「私?私はここの研究所の一人娘。みんなと同じ中二よ。つい最近お父さんが所長になったの。それまでの実験はお父さんが行ってたんだけど、今回からは私に任されたのよ。」
と、響は説明した。
「それでね、、、。」
響は静かに目を閉じ、また開いた。
「あと一時間くらいで自由時間が終わるわ。そうしたらあなた達は特別監査室に入れられて、実験のために観察される。つまり監禁ね。ばれるわ、この力が。ばれたらどうなるか分かる?」
「どうなるの・・・?」
由紀が聞いた。とても重たい空気に包まれている。四人とも真剣な顔つきだ。
「世界征服とでも言っておくか・・・まあつまりはそうゆうことよ。あなた達の力がばれたら悪用されるに決まってる。共は戦力。由紀の再生能力は怪我をした人々を回復させる力がある。なずなはまだ分からないけど・・・。」
「ね、ねえ。一つ聞いて言い??」
「何?」
「どうして、私と今日の力が違うの?私達が飲まされた薬って何なの?」
由紀はすがるように聞いた。
「あなた達が飲んだ薬は、体のどこか一部分だけ強化させる薬なの。人には個人差があって、自分の潜在能力がもっとも出やすい個所に効果が現れる。」
「そうなの・・・。」
響はゆっくりと部屋の奥へ歩いて行った。そして壁の前に立ち、軽く壁を叩いた。何かを確かめている様だ。響の顔が微かに笑った。
「共、あんたならこの壁壊せるわよね。」
「え?」
三人は驚きの顔で響を見た。壊す?この壁を?壊してどうする?
「この壁の向こうは丁度人が滅多に通らない場所なの。」
「何言ってんだよあんた・・・。」
共は立ち上がっていった。
「逃げよ。私と一緒に。」
三人は自分の耳を疑った。
「な、なんだって!?お前ここの娘なんだろ!?逃げるって・・・。」
「私は悪に染まりたくない。ここの研究所は超能力の研究意外にもいろいろ法に触れてる事してんのよ。銃やドラッグがここの倉庫には沢山ある。」
「な・・・。」
「もちろん私はドラッグなんかやってないわよ。私に薬なんか使ったら大切な頭脳が研究所から消える事になるからね。」
「そう・・・。」
急に静かになってしまった。あと45分位で三人は自由がきかなくなる。その前に何とかしなくては・・・響はそう考えていた。
「あなた立ちの命だって危ない。死にたくないでしょう!?だから、一緒にここから逃げよう!今しかないのよ!」
響の瞳には三人がきっちり映し出されている。今しかない、逃げるなら今しかないのだ。
「できる事ならこの犯罪を世間にばらしてやりたい・・・。」
「・・・。」
生か死か、いや、生き残れる小さな可能性か、生きて犯罪に手を染めるか・・・だ。この二つのどちらかを選択しなければならない。
由紀は、なずなは、共は、どの道に進むのか・・・。
「信じていいのか?お前の事・・・。」
共が声を発した。
響は共の瞳を見つめた。その視線は真剣その物だった。
「当たり前じゃない。」
三人は背筋を凍らせた。何だ?何か響の言動に恐怖を感じた。特に何を言ったわけでもないが、気迫の強さに圧倒されたのかもしれない。
「信じていいんだな。」
共は確かめる様に言う。
「もちろん。」
残り三十分。この自由時間が終わるまでにこの研究所から脱出しなくてはならない。
「由紀となずなはどうする?俺は響と一緒にここを出る。」
二人は強く頷いた。二人とも共と同じ気持ちだ。
「三人とも体に異常は無かったわ。だけど力を使いすぎないでね。後々、何が起こるか分からないから。それと、もし逃げ切れても、いつ居場所を突き止められるか分からない。あまり目立った生活しない様に。私は残っている薬を持って逃げる。もし私が捕まってもあなた達は逃げるのよ!?分かった!?」
「な、何で。」
「私は捕まっても殺されはしない。だけどあなた達は違う。ああ、もう時間が無いわ。私は倉庫から薬を持ってくる。それまでここで静かにしてて!」
「ごめん!!遅れた!!」
響は息を切らして部屋に入ってきた。白いビニール袋に入っているものを抱えている。恐らく例の薬だろう。両手いっぱいに抱えている。
「共!お願い!」
「オッケー。」
「ここ二階だから降りるとき怪我しないようにね!」
「うそ!」
「本当。」
二階だと!?二階から飛び降りろと!?骨折までは行かなくとも怪我の一つや二つするのではないか・・・
「いっくぞお!!」
「おしゃ!!!」
いつのまにか四人の心は一つになっていた。ここから逃げ出すと言う同じ目的を抱えた少年少女達は心を一つにし、今しも飛び立とうとしていた。
「おりゃああああああ!!!!!!」
バキッガラガラガラッ・・・
そんな音だっただろうか。もうすでにもとは壁だった塊は外の地面に転がっていた。
「って〜・・・。さすがに壁はきついな・・・。」
「大丈夫!?あたしが・・・。」
由紀は共の手の痛みを止めようとした。が、共はそれを断った。
「こんぐらいヘーキだって。力の無駄使いはすんな。」
にっと笑った。
「うん。」
由紀も笑顔を向けた。
「おーい。なんかイイ雰囲気になってますけど。」
「ったく、見せ付けないでよね!」
由紀と共は少し照れ笑いを浮かべた。
「ほら!いそご!!」
「うん!」
ぽっかりと開いた壁の穴からは緑が一面に広がっているのが見えた。この研究所の庭だ。響の言ったとおり誰もいない。
「じゃ、降りるよ。」
まず初めに響が降りようとした。
「ちょ、ちょっと待って!」
なずなが止めた。
(何だ?何か変だ・・・。足・・足がおかしい・・・。)
共と由紀は頭の上に『?』を浮かべていたが、響は何かに気づきなずなを見た。
(・・・ま、まさか。)
「よっ。」
と言う掛け声とともになずなは4m下の地面へとひらりと降りて行った。
着地は音を立てず、綺麗に出来た。
やっぱり・・・となずなは確信した。なずなの得た力は脚力だったのだ。
「なずな、やっぱりそうだったわね。」
「なんだ、わかってたのか。」
響の上からの呼びかけにそう答えた。
「えー、何!?」
共と由紀はさっぱり分からずに戸惑っていた。
「こーゆーこと。」
なずなはそう言うと、タンっと地面を蹴った。
「うわあっ。」
「よっと、成功成功!」
なずなはジャンプで再び二階に上がってきたのだ。
「すっげー!」
「やったわね!これ逃げるの楽じゃん!」
「急いで急いで!もう十分しかない!」
「まじで!?」
三人はげっと言う顔をした。
「さーて、行くわよ!死に物狂いで逃げてよね!!!」
「オッケ!!」
四人は飛んだ。これからの幸せを求めて・・・