第三章 卒業 智史編
■第三章 卒業 智史編■
~高校1年・4月~
僕は今日から高校生。
実は受験した高校・・・
受かってた。
努力は噓をつかない。
偏差値も噓はつかなかった。
というか亜紀のこと考えて本気で勉強したから。
でも亜紀は僕と付き合う気がないことぐらい分かってる。
だから卒業式の日、あの手紙を渡した。
ちゃんと亜紀は読んでくれたかな?
卒業式のあの日以来
亜紀から連絡はない。
多分亜紀なりに気を使ってくれたんやろう。
もし僕が試験落ちてたら
どんな顔して会っていいか分からん。
お互いに。
でもだいぶ会ってないせいでやっぱり・・・
やっぱり僕には亜紀が必要なんやって
そう思った。
亜紀は僕と付き合う気はない。
けど僕は・・・
僕は亜紀のことが好き。
確かにドキドキしない。
僕にもいいところは何もない。
でも亜紀が好き。
亜紀とずっと一緒にいたい。
亜紀のこともっと知りたい。
その気持ちに噓はない。
今日は亜紀は家まで迎えに来ない。
智史「行ってきま~す」
智史の母「ちょっと待って!」
智史「何?」
智史の母「最近亜紀ちゃん見ぃひんけど、どうかしたん?今日も来てないし・・・」
智史「別にぃ」
智史の母「あんた、亜紀ちゃんのこと好きなんやろ?」
ギクッ。
何で分かるねん。
智史「そ、そうでもないで」
智史の母「見てたら分かるって」
母は何でもお見通し。
僕が亜紀に見透かされてる以上に・・・
智史の母「絶対捕まえとかなあかんで?」
智史「・・・逃げていくもんしょうがないやん」
僕何言うてるんやろ。
否定せんかったら亜紀が好きなんバレてしまうやん。
智史の母「私なぁ、お父さんに3回告白してやっとOKもらってん」
何の話や・・・
智史の母「だから・・・智史もその子供やねんから大丈夫」
智史「・・・行ってきます」
ホンマに余計なお世話やな。
・・・3回か。
僕はもうすでに2回告白してフラれてる。
なんて言えるわけないしな。
でも三度目の正直って言うしな。
次こそは決めたる。
亜紀はまだ僕が同じ高校受かったこと知らない。
これ報告して、それを手土産(?)にもう一回今日告白しよう。
今日は一人で登校。
何年ぶりやろ。
一人で歩くと遠い。
本当に遠い学校までの道のり。
僕が休んだら亜紀が怒るのも分かる。
まだこの金持ちそうな家の横か。
あと15分はあるな。
亜紀なら10分で歩くんやろな。
そう思った時だった。
足音がする。
すごく早い。
誰かが・・・走ってくる。
亜紀や。
ていうか何で前から走ってくんの?
亜紀「智史~!」
智史「おは・・・」
亜紀「合格おめでとう!」
智史「あ・・・ああ、ありがとう」
亜紀「ごめん!しばらく連絡しなくて」
智史「ああ、別にいいよ」
亜紀「試験落ちてたら気まずいと思って・・・」
智史「・・・そこは信じてや・・・」
亜紀「ごめんごめん、さぁ学校行こか!」
智史「ていうか・・・何で合格したって分かったん?」
亜紀「私もう掲示板見てきたから」
でまたここに戻ってきたわけ?
朝からパワフルやな・・・
亜紀「だから・・・またよろしく!」
智史「登下校だけやろ・・・よろしく」
亜紀「今度は昼ご飯も一緒に食べようや!」
智史「マジで・・・」
亜紀「何か文句ある?」
智史「いや・・・別に」
亜紀「よし!あと佐紀や勇紀も一緒に食べることなったし」
智史「・・・分かった」
勇紀なぁ・・・
めっちゃええヤツなんやけど
俺があいつに何もかも劣ってて・・・
肩身狭いねん。
まぁ亜紀を大切に想う気持ちだけは負けへんけど!
ていうか思い出した。
本題に移そう。
智史「あのさ、合格したら付き合うって約束・・・」
亜紀「ん?もうナシってなったやん?それで了承したんちゃうの?」
それはそうやねんけど・・・
何か今日の亜紀の言葉は重い。
智史「うん、ナシになったで」
亜紀「それがどうしたん?」
智史「僕さ・・・」
母に言われた言葉もっかい思い出すんや・・・
亜紀「何さ?」
智史「僕やっぱり・・・亜紀が好き」
亜紀「何回言うの?知ってるし」
智史「だから僕と付き合って!」
亜紀「む~り~、登下校とか遊びとか付き合ってあげてるやん」
智史「まぁそれはそうやけど・・・」
亜紀「しかもこれから昼ご飯まで付き合ってあげんねんで?感謝しぃ」
智史「は・・・はい・・・」
やっぱりフラれた。
三度目の正直なんか
そんなことわざ噓ばっかり。
僕の想いが伝わる日は来るんかな?
僕の想いを受け取ってもらえる日は来るんかな?
いつまでも亜紀と一緒におれるって
友達でおれるってそう思ってた。
でもうちの学校は高校までしかない。
大学はきっと離れ離れになる。
そしたらきっと亜紀は可愛いからモテまくる。
まぁ十分中学でもモテたけど。
でもそれまでに何とかせんと・・・
願いは叶わんことになる。
僕は急に不安になった。
でも・・・
不安に思ってもどうすることもできない。
僕と亜紀の好きの形は違うから。
ダダこねてもケンカしても亜紀には勝てへんし・・・
はぁ・・・
顔悪い、運動神経悪い、頭悪いのは仕方ないとして・・・
この身長もうちょっと伸びないかな。
せめて亜紀を超えるぐらいになれば
亜紀も少しはドキドキしてくれるんかな。
亜紀「・・・やねんで!ていうか・・・聞いてる?」
智史「え?あ・・・うん」
亜紀「聞いてなかったやろ!?」
智史「・・・ごめん」
亜紀「私が横にいるのに朝からぼーっとしてるんちゃうでホンマに」
でも・・・
必死に勉強して手に入れた。
亜紀とあと3年一緒にいたいと思って・・・
それだけを理由に勉強した。
これがいつか
価値のあるものに変わるといいな。
~高校2年・6月~
季節は梅雨真っ只中。
今日僕は携帯電話を買ってもらった。
亜紀は中学の時から持ってたけど僕は親から反対されてた。
買ってもらえる条件はテストで95点以上。
そんな点数夢のまた夢やと思ってた。
けど亜紀と過ごす時間が少なくなるにつれて・・・
もっと亜紀のこと知りたいって
亜紀のそばにいたいって思うようになった。
だから今回はテスト1ヶ月前から勉強した。
・・・もちろん一つの教科だけ。
覚えたらいいだけの歴史に絞った。
教科書の隅々まで覚えて点数は98点。
クラスどころか学年トップタイの点数だった。
周りは僕がおかしくなったような目で見てたけど・・・
努力が実っただけ。
だからこの努力で手に入れた携帯に
一番にアドレスを入れるのは亜紀って決めた。
そしてこれからもっと亜紀と濃い時間を過ごしたい。
そう思った。
だから今日は亜紀とアドレスを交換するのが楽しみ。
いつも通り家の前で待つ。
けど・・・
おかしいな。
いつもなら迎えに来る時間なのに
亜紀が来ない。
雲行きが怪しくなってきた。
ガチャッ。
智史の母「智史、まだいたん?」
智史「うん、亜紀が来ぃひんから」
智史の母「早く行かな遅れるで」
智史「せやな、行くわ」
智史の母「ああ、午後からザザ降りらしいから、傘持って行きや」
智史「分かった」
亜紀は来なかった。
中2の時インフルエンザで休んだ時はある。
でもそれ以外は亜紀が学校休むことなんてなかった。
今はインフルエンザの時期違うし・・・
彼氏いる時だって登校はずっと一緒やった。
何かイヤな予感がする。
何かは分からんけど・・・
長い付き合いの僕やから分かる。
・・・とりあえず学校に行こか。
キーンコーンカーンコーン。
午前の授業が終わった。
僕は食堂に向かう。
いつも通り、4人で昼ご飯を食べる机。
ここに来てなかったら・・・
休みってことやな。
勇紀「おっす」
智史「・・・佐紀と亜紀は?」
勇紀「佐紀はパン買いに行ったわ」
智史「あ・・・そう」
勇紀「亜紀もすぐ来るやろ」
智史「それがさ・・・今日見てないねん」
勇紀「え?朝一緒じゃなかったん?」
智史「いつもは一緒やねんけど・・・」
勇紀「何か亜紀のお母さん、体悪いらしいで」
智史「・・・え?」
そんなん初耳やねんけど・・・
勇紀「智史聞いてない?」
智史「聞いてない。誰から聞いたん?ウワサちゃうん?」
勇紀「本人から」
言葉を失う。
亜紀は家のことは話してくれた。
だから僕の想いは伝わらんかっても
信頼されてるって・・・
そう思ってた。
勇紀「でさ・・・」
智史「まだ何かあるんか」
勇紀「何か深夜・・・バイトしてるらしいで」
深夜のバイト?
何の・・・バイト?
まさかいかがわしいバイトじゃないよな?
亜紀に限って・・・
そんなことせぇへんよな?
勇紀「何か最近変わったことない?」
智史「ないない、普通に昨日まで一緒に登校してたし」
勇紀「下校は?」
智史「してた」
勇紀「それ以外で何か心当たりない?」
登下校中の亜紀はいつもと同じ。
ぎゃぁぎゃぁしゃべってた。
智史「・・・どれぐらい前から悪いの?亜紀のお母さん」
勇紀「4月ぐらいからやって、治療費追いつかんからバイトしてるらしい」
ていうか・・・
うちの学校バイト禁止やし。
しかもいかがわしいバイトやったら・・・
停学いや、退学になるで。
4月から入院してるんか。
4月・・・?
高2から?
智史「あのさ・・・些細なことかもしれんけど」
勇紀「ん?」
智史「亜紀、僕と休日遊ばんようになった」
勇紀「それ!全然些細なことちゃうやん!」
智史「いや僕はてっきりもう高2になったからかと・・・」
勇紀「高1まで遊んでてんやろ?」
智史「うんまぁ・・・」
勇紀「気づけよ・・・」
智史「普段元気やのに気づくわけないやん」
佐紀「元気ちゃうし」
勇紀「あ、佐紀、おかえり」
智史「元気ちゃう?僕とおる時は元気やで」
佐紀「あのさ・・・私クラス一緒やから分かるねんけどさ亜紀さ・・・」
・・・・・・ガタッ。
勇紀「・・・智史?」
智史「ごめん、俺行かなあかん」
勇紀「行くって・・・どこへ?」
智史「亜紀の家へ・・・じゃあ!」
勇紀「ちょっと、雨降ってるで!」
僕は走り出した。
勇紀「・・・・・!!」
勇紀が何か言っている。
けどそんなことには構わず
傘も持たず
靴も履き替えないまま
外へ飛び出した。
とにかく亜紀の家に向かって
がむしゃらに走る。
僕は亜紀の苦しさに気づいてあげられんかった。
亜紀のしんどさに
亜紀の変化に・・・
佐紀がさっき言った言葉
授業中ずっと寝てるって
最近起きてたことないって・・・
そんなこと今までなかったやん。
確かにゲームしてた次の日はたまに寝てたけど
どっちか言うと
やかましくて先生に注意される方が多かったやん。
亜紀・・・
どうしてしもてん。
何で俺に相談してくれへんねん。
一段と雨は強くなる。
智史「うわああああ!」
いってぇ・・・
・・・つまずいてヒジ切れた。
結構血出てる。
でもこんな血・・・
走ってたら雨で流れて消える。
こんな痛み・・・
亜紀に比べれば痛くない!
僕は力を振り絞って
また走り出す。
亜紀・・・
亜紀・・・!
亜紀!!!
何度心の中で唱えたやろうか。
ようやく
ようやく亜紀の家に着いた。
ピンポーン。
・・・
家には誰もおらんのか。
全く・・・
亜紀はどこ行ったんや。
もう諦めて帰ろう。
そう思った時だった。
亜紀「どちら様ですか?」
亜紀の声や。
亜紀がいた。
亜紀は無事やった。
良かった・・・
でもどことなく声が弱々しい。
智史「僕!智史や」
亜紀「はぁ!?こんな時間に智史何やってんの?」
・・・僕の声聞いたらえらい元気になるな。
智史「今日・・・どうしたん?」
亜紀「ん?ああ・・・風邪や、ただの風邪」
良かった・・・
智史「ホンマ良かった・・・」
僕は崩れ落ちる。
亜紀「ていうか!何でここにいるん!?授業は!?」
智史「亜紀が心配で・・・走ってきた」
亜紀「アホちゃう?もう・・・何してんねん・・・」
僕はアホや。
アホやけど・・・
ホンマに
ホンマに亜紀が無事で良かった・・・
智史「勇紀たちから・・・全部聞いた」
亜紀「え?何を?」
まだとぼける気か・・・
智史「母親入院してることとか、バイトしてることとか・・・」
亜紀「・・・」
智史「・・・なぁ、ちょっと家入れてや、話したい」
亜紀「はぁ・・・もう言い訳でけへんな」
ガチャッ。
玄関の扉が開いた。
亜紀「・・・げ、汚っ、何その泥と血」
智史「あごめん・・・コケてしもて」
亜紀「ホンマ・・・アホや、とりあえず入り」
智史「お邪魔します・・・」
亜紀「そこで待っとき、タオル取ってくるから」
智史「あ・・・ごめん体調悪いのに・・・」
亜紀「微熱やから大丈夫。そんな汚い格好で家入られたらかなわん」
・・・せやんな。
いきなり人の家来て
汚い格好で
しかも風邪引いてる時に。
僕って最悪な男やな。
亜紀「ほら、これで拭き」
智史「・・・ありがとう」
亜紀は時々優しい。
亜紀「・・・で?聞きたいことあんねんやろ?」
妙に素直やな・・・
さすがに降参したか。
ならさっそく本題に入るか。
智史「母親が入院してるって・・・ホンマ?」
亜紀「・・・ホンマ」
智史「大丈夫なん?」
亜紀「多分あと二週間ほどで退院できる。手術も成功したし」
智史「そうか・・・あと一つ」
亜紀「何?」
智史「亜紀・・・深夜バイトしてんの?」
亜紀「・・・してる」
智史「何のバイト?」
亜紀「・・・」
・・・何でそこで黙るんや。
やっぱりいかがわしいバイトなんか?
でもこれを聞き出すために来たんやから。
僕は両膝をつきはじめた。
亜紀「ちょっと何す・・・」
智史「ごめん!」
亜紀「何がよ?」
智史「亜紀の変化に気づいてやれなくてごめん」
亜紀「何も土下座してもらわ・・・」
智史「遊ばんようになったとか授業中寝てたとか!」
亜紀「授業中寝てたこと何で知ってるん?」
智史「佐紀に聞いた」
亜紀「絶対言わんといてって言ったのに・・・」
智史「だから・・・亜紀が苦しんでるの分からなくてごめん」
亜紀「何で謝るんよ・・・人の気持ちなんて分かるわけ・・・」
智史「でもな!はっきり言うけどな、亜紀も悪いぞ!」
亜紀「はぁ!?何なんそれ!?智史のクセに生意気や!」
智史「ああ、今日は生意気でいいわ!亜紀もな、亜紀も・・・」
言葉が出ない。
目から涙が溢れる。
智史「亜紀も・・・僕に頼ってくれよ・・・弱み見せてくれよ」
亜紀「何それ・・・智史は私の弱み受け止められるほど強いん?」
それを言われると・・・
僕は決して強くない。
でも亜紀の弱みなら
痛みなら受け止められる。
でもそれを正当化できる言葉が見当たらない。
亜紀「あんたにはさ・・・」
智史「・・・え?」
亜紀「智史には・・・笑ってて欲しかったから」
智史「・・・僕あんま笑ってないで」
亜紀「アホか、心が笑ってて欲しかったって意味や」
心が笑う?
そんなこと考えたこともなかった。
何か新鮮。
やっぱり亜紀の言葉とか
存在は新鮮。
亜紀「だから・・・智史には心が泣いていて欲しくなかったから・・・言わんかった」
智史「・・・」
亜紀「私はさ、智史の心の笑いを見れば元気になれるから」
亜紀は変わってない。
やっぱり僕の保護者。
亜紀「いつも通りにしてて欲しかった。だから言わんかった」
智史「ごめん・・・ありがとう・・・」
亜紀「私の方こそ・・・ごめん」
智史「でもな!僕には弱み見せてや!保護者の子供にも相談を受ける権利があるやろ!」
亜紀「・・・」
今日の僕は何か違う。
思ったことを
いや思っている以上のことを
亜紀に言えている。
それが正解かどうかは分からないけど
何か気持ちいい。
亜紀「・・・でバイトしてるねん」
智史「・・・え?」
亜紀「キャバクラでバイトしてるねん」
智史「・・・そうか」
亜紀「・・・驚かへんの?怒らへんの?」
智史「怒らへんけど・・・未成年の飲酒はあかんわな」
亜紀「店の人にも酒飲めないってことで働かしてもらってるから」
智史「・・・そうか」
確かに驚いた。
怒りもこみ上げた。
けど・・・
亜紀の弱みを
痛みを受け止めるって
そう決めたから。
智史「・・・でもな」
亜紀「ん?」
智史「そんなにバイトしてたら今日みたいに体壊すから・・・」
亜紀「分かってる」
智史「分かってるんやったら何で!?」
亜紀「入院費が足りないから」
智史「・・・なんぼ足らんのよ」
亜紀「・・・150万」
智史「でも!体壊したら・・・」
亜紀「無理やろ!」
亜紀がまた怒り出す。
亜紀「お金無かったら・・・無理やろ」
智史「母親が退院してから何とかすれば・・・」
亜紀「そうしたらまたお母さんに負担かける」
智史「亜紀・・・」
亜紀「だから・・・そのお金は私が働いて返す」
智史「だからって・・・」
亜紀「・・・覚えてるやろ、私がお金がないと幸せになれへんって言ったん」
智史「それは・・・覚えてるけど」
お金がないと幸せになれない。
それは亜紀が常日頃口にしてる言葉。
亜紀「・・・帰って」
智史「・・・」
亜紀「帰れよ!」
智史「・・・分かった」
ガチャッ。
僕は追い出された。
何しに来たんやろ。
このまま亜紀が働き続けたら
絶対亜紀は倒れる。
今回は風邪やったけど
亜紀は滅多に風邪なんてひかない。
それなのにひいたってことは・・・
よっぽど体が弱ってる。
子供が倒れて喜ぶ親なんてどこにもいない。
・・・150万か。
きっと他に方法がある。
僕にできることは何やろ・・・
イチかバチかで頼んでみよか。
僕はそのまま家に向かって歩き始めた。
家に着いた。
体はすごく汚れていたはずなのに・・・
母親は何も言わなかった。
たった一言「おかえり」って。
きっと無事に帰ってくるだけで
子供が元気なだけで親は幸せなはずやから。
でも僕はもう一回・・・
もう一回だけ土下座する。
今度は親の前で。
智史の母「どないしたん!?土下座なんかして」
智史「お願いがあります!一生のお願いがあります!」
一生のお願い。
きっと普通の人は人生の中で何回も一生のお願いをする。
でも僕は本当にこれが初めて。
本当の一生のお願い。
智史「亜紀を・・・亜紀を助けてやって下さい!」
また・・・
涙があふれ出る。
智史の母「・・・何をすればいいの?」
涙が止まらない。
それでも僕は亜紀のために・・・
言葉を振り絞る。
智史「150万円貸してください!お願いします!」
・・・何言ってるんやろ。
理由を言わな理由を。
しかも150万って。
額が莫大すぎる。
智史の母「・・・分かった。社会人なったら働いて返してや」
智史「!?」
理由を聞かない!?
何でそんな大金をって・・・
何に使うのって・・・
聞かないの?
智史の母「智史なぁ、最近変わったな」
智史「・・・変わった?」
僕は涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭う。
智史の母「亜紀ちゃんのおかげかな、元気になった、明るくなった」
僕が明るく?
自分では何ひとつ変わってないつもりなんやけど・・・
智史の母「だからその亜紀ちゃんが困ってるなら・・・助けてあげて」
智史「・・・ありがとう」
智史の母「今からお金降ろしてくるわ、でもな、一つだけ約束」
智史「何?」
智史の母「絶対亜紀ちゃんを離したらあかんで。智史にとって絶対大切な人やから」
智史「・・・うん」
絶対大切な人?
ちょっと間違ってるな。
世界で一番大切な人
やけどな。
~高校3年・2月~
あの出来事以来、亜紀はバイトをやめた。
欲しいものは彼氏にねだる。
亜紀の得意技。
亜紀の物欲に耐え切れなくなった彼氏はことごとく脱落していく。
まぁそれもそれでどうかと思うけど・・・
でも亜紀はあれからずっと元気。
亜紀の母親も元気みたいやし。
あの150万は亜紀が泣いて受け取った。
あそこまで涙を流した亜紀は初めて見た。
亜紀の母親は少しずつだけど絶対返すって言ってくれた。
そして僕の身長はようやく亜紀に追いついた。
絶対追いつかんって思ってたけど・・・
後伸びに期待して牛乳飲む量増やしたからな。
そのせいで亜紀にちょっとは逆らえるようになった。
ケンカしたら・・・
でもやっぱり僕が負けるかもしれん。
僕は大阪の私立の大学に推薦で合格した。
もちろんアホ大やけど。
亜紀は未だに勉強中。
本命は東京の国立らしい。
まぁ多分亜紀なら受かるやろ。
亜紀はもし東京の大学に落ちたら関西の私立に行くらしい。
だから正直落ちてほしいって思ったこともある。
けどそれは亜紀が幸せじゃない気がするから。
だから僕が今一番に願うのは・・・
卒業までの亜紀との時間を有意義に過ごしたい。
それだけ。
それでも亜紀と離ればなれになるのはやっぱり寂しい。
ずっと亜紀と一緒やったから。
小学校も
中学校も
高校も・・・
そんな時間も卒業まであとわずか。
今日もいつもと同じ学校の帰り道。
亜紀「あ、これ欲しい!」
亜紀がガラス張りに見えるカバンを指さす。
智史「カバン?何個も持ってるやん・・・」
亜紀「新しいのが欲しいの!誕生日に買ってな、はい決定!」
女の考えることが分からん。
カバンなんて一つありゃ十分ちゃうの?
智史「ていうか・・・亜紀の誕生日、卒業式終わってからやん」
亜紀「噓!?中学ん時同じ日やったやん」
智史「高校の卒業式は中学より三日ほど早いで」
亜紀「マジかぁ・・・」
智史「誕生日に家まで持って行こか?」
亜紀「イヤや、誕生日は彼氏と過ごすねん」
智史「じゃあ彼氏に買ってもらったらいいんじゃ・・・」
亜紀「ん?何か言った?」
智史「いや・・・別に・・・」
亜紀「じゃあ卒業式の日にちょうだいや!」
マジかよ・・・
卒業まであと三週間か・・・
ていうかあのカバン、なんぼするんやろ?
亜紀「あ、私スーパー寄って帰るからな、またな!」
智史「うん、また明日」
亜紀はいつも通りスーパーの中に消えていった。
僕が身長伸びたせいかな。
亜紀の姿が小学校の時見た時よりも
僕が初めて亜紀に告白したあの日よりも小さく感じる。
僕の中で亜紀の存在は大きい。
大きいどころか
多分命の次に必要な存在。
そんな亜紀の大きな存在が
こんなに小さく見えているのは
亜紀から離れろって
亜紀から卒業しろって
神様が言ってるんかな。
でも亜紀が小さな存在にならないためにも
亜紀の中の僕を大きな存在にするためにも
あのカバンを何としてでも買わないと。
僕はあの店まで引き返すことにした。
ウィーン。
店員「いらっしゃいませ」
うわ・・・
こういう店入ったことないから
何か雰囲気違う。
ていうか客は女ばっかり!?
居づらい・・・
でも亜紀のためやな。
あのカバンを買わんと。
今の所持金は・・・
小銭合わせて8000円ちょいか。
智史「あの・・・このカバンってなんぼですか?」
店員「64000円になります」
智史「え?高っ!・・・あ・・・いや」
店員ににらまれる。
思わず高って言ってしまった。
64000円って・・・
ゲームの本体より高いやん!
そんな高いカバン買う人がおるの?って聞きたい。
買う人がおったとしても高校生の買い物じゃない。
智史「あの・・・」
店員「はい?」
心なしかちょっと店員怒り気味?
智史「このカバン・・・取っておいてもらえませんか?」
店員「一ヶ月以内ならよろしいですよ」
智史「三週間ぐらいでいいですから!お願いします」
店員「かしこまりました、ここに名前を・・・」
と言ったものの・・・
どうやって貯めるよ?
あと三週間で64000円・・・
うちの高校はバイト禁止やし。
とりあえず予約したから他の人に取られる心配はなくなった。
けどなぁ・・・
小遣い前借りしても合わせて13000円ちょっとやし。
遠い・・・
遠すぎる・・・
ゲームにお金使いすぎて貯金ないしなぁ。
校則に違反するけど・・・
バイトするか。
コンビニやったら先生とか来るやろうけど・・・
ファミレスやったらバレへんやろ。
次の日の帰り道・・・
亜紀「やっと期末終わったわ!さぁ受験のラストスパートかけよ」
智史「亜紀はもうこのテスト気合入ってないやろ?」
亜紀「まぁなー、最近受験勉強しかやってないし」
とりあえず期末から解放された。
もう卒業式まで学校行かなくていい。
亜紀「あ!」
智史「どうしたん?」
亜紀「昨日のカバン無くなってるし・・・最悪」
智史「うわ・・・ホンマや」
亜紀「もう・・・智史がさっさと買わへんから」
智史「卒業式でええって言うたやん」
亜紀「そりゃそうやけど・・・ホンマ最悪」
最悪で悪かったな。
残念ながら俺が予約した。
だから店には飾ってない。
そう言いたいけど・・・
やっぱこういうのはなんていうか
サプライズにとっとくべきやろ。
亜紀「ホンマ一生恨んだる~」
智史「やめてくれ・・・っと」
亜紀「どうしたん?」
智史「今日ここのファミレスのバイト面接あるし」
亜紀「智史がバイト!?どうしたん急に」
智史「いやちょっとな・・・」
亜紀「高2の時私にバイトやめろって言ったん智史やん」
智史「いやさ・・・欲しいゲームあるから」
噓やけど。
でも多分バレへん。
あのカバンは店員がキープしてるから。
亜紀「ゲームて・・・校則で禁止やで?バレたらどうするん?」
智史「バレへんて。もう休みなるし」
亜紀「他の学年は授業あるで?」
智史「大丈夫やって、じゃあな!亜紀も勉強集中しぃや!」
亜紀「分かったわ・・・頑張りや!」
それから僕は面接に合格した。
まぁ形だけの面接やろうけど。
多分問題児じゃないか見てるだけやと思う。
・・・バイトか。
僕にとっては人生で初めての経験やな。
時給は800円。
それが高いか安いかは分からん。
週7で働きたいって言ったけどそれは無理らしく・・・
週5にしてもらった。
これで多分卒業式までには余裕でお金が貯まる。
そう思っていた。
二週間後・・・
智史「お疲れさまで~す」
今日もバイトが終わった。
計算でいくとそろそろ5万円分ぐらい働いた。
卒業式まであと一週間。
まぁ余裕やな。
給料の振込み日は卒業式前日やし。
これでようやくあのカバンが買える。
亜紀は今日受験やって言うてた。
あいつちゃんとできたかな。
メールきてないけど・・・
多分あいつなら大丈夫。
ガチャッ。
智史「ただいま!」
智史の母「ええとこ帰ってきた、智史電話」
智史「あ、うん」
亜紀かな。
今日の受験の結果報告か。
智史「ああ亜紀?今日どうやった?」
「・・・誰が亜紀やて?」
電話の向こうから聞こえる声。
男!?
でも何か聞いたことあるような・・・
先生「私や!」
先生?担任の?
今さら何の用やろ・・・
智史「はい・・・何かありましたか?」
先生「お前・・・ファミレスでバイトしてるやろ」
ビクッ。
何でや。
何で・・・
バレたん?
先生「今日お前が働いてるの見てな・・・間違いないな?」
さすがにもう噓はつけへんな・・・
智史「・・・はい」
先生「バイト、今すぐやめてもらう。あと卒業まで自宅謹慎」
智史「・・・分かりました」
先生「じゃあな、明日やめたか確認しに行くからな」
・・・はぁ。
最悪や。
卒業まで自宅謹慎?
一週間ずっと家にいろって言うんかいな。
ピロン。
メールの着信音が鳴る。
亜紀からや。
亜紀「今日、試験できたで!ベスト尽くせた。智史はバイトの調子どう?」
良かった。
亜紀は力を出しきった。
それに引き換え僕は・・・
自宅謹慎になったなんて言えるはずもないよな。
でも亜紀との間に隠し事はあんまりしたくない。
だから一応報告しとこう。
・・・また馬鹿にされるやろうけど。
せや!
今バイトやめたとして給料・・・
64000円足りるんやろか?
次の日・・・
僕は先生に言われた通りバイト先に行った。
事情を説明したらやめさせてくれた。
そしてそれまでの給料を手渡しでもらった。
今の手持ちと小遣い前借りした分合わせて・・・
64518円!
良かった・・・足りてる。
僕はその足でカバンを予約していた店に行く。
ウィーン。
智史「すいません、カバン予約してた・・・」
店員「お待ちしておりました」
智史「今買います」
ようやくこの日が来た。
さすがに謹慎の代償は大きい。
けどそれ以上に
このカバンを買えたこと
亜紀の存在は
もっと大きい。
店員「67200円になります」
智史「はいはい・・・え?」
耳を疑った。
64000円のはず・・・やったよな?
智史「あの・・・64000円のはずじゃ?」
店員「えっと・・・税込みで67200円ですね」
・・・しもた。
店員が言ってたんは税抜きの値段やってんや。
マジで最悪・・・
僕は膝から崩れ落ちる。
また弱々しく・・・
店員「・・・64000円でいいですよ」
智史「・・・え?」
店員「64000円でいいです」
智史「でも・・・」
店員「お客様ファミレスで働いておられましたよね?」
智史「何でそれを?」
店員「私あそこの常連なんです。あなたが働いてるの見てましたよ」
そうやったんか。
智史「そ、それはどうも・・・」
店員「でも最近バイト入ったばっかりですよね?」
智史「まだ二週間ほどですね」
店員「高校生やのに・・・だからあのカバン買うためかなって思いました」
智史「はぁ・・・」
僕のこと見てるのは親と亜紀だけって思ってた。
バイトなんてお金稼ぐためだけやと思ってた。
でも・・・
ちゃんと働いてるの見てくれてる人いるんや。
何かうれしい。
店員「だから・・・64000円でいいですよ」
智史「ありがとう・・・ございます」
店員「その代わり」
智史「はい?」
店員「彼女・・・離したらだめですよ」
離したらあかん。
何か前母親にも同じこと言われたな。
・・・彼女か。
残念ながらこれをプレゼントする相手は彼女じゃない。
亜紀を彼女にしたい。
その想いが届く日はいつか来るんやろうか。
~一週間後~
今日は卒業式。
三週間ぶりに学校に来る。
何か少しの間来てないだけやのに・・・
懐かしい。
亜紀は東京の大学に合格した。
だから一週間後こっちを離れる。
バイトとかさっさと探すらしい。
さすが亜紀、下準備が早い。
勇紀「なぁ、智史謹慎してたんやって?」
智史「何で知ってるねん・・・亜紀か!」
亜紀の方を見ると亜紀がにやにやしてる。
誰にも言うなってメールに書いたのに。
でもそんな亜紀とも・・・
もう会えなくなる。
だから最後にしよう。
亜紀に好きって言うのは・・・
今日で最後にしよう。
その代わりこのプレゼントと一緒に
思いっきり想いをぶつける。
後悔しないように。
智史「亜紀、ちょっと来てくれへん?」
亜紀「何よ?」
智史「ちょっと裏庭ついてきて」
亜紀「・・・分かった」
多分僕がこれから何をするか分かってる。
亜紀は僕の気持ち、全部知ってるから。
でも僕は言葉にして言う。
亜紀のこと好きやって。
この校門
グラウンド
教室
裏庭
ずっと
ずっと亜紀と一緒に
歩いて
育ってきた。
でも最後にもう一度
もう一度だけ気持ちを
伝える。
僕はプレゼントを取り出した。
智史「・・・これ」
亜紀「何?これ」
智史「プレゼント」
亜紀「マジで!?中身何なん?」
智史「あの・・・亜紀が欲しがってたカバン」
亜紀「え?あれって売り切れたんちゃうの?」
智史「僕が予約しといたから・・・」
亜紀「そうなんか・・・マジで、そうかぁ」
そう。
僕がバイトして貯めたお金。
亜紀の笑顔を見たくて買ったカバン。
亜紀「私さ・・・入学祝いに親にカバン買ってもらってん」
智史「・・・え?」
亜紀「3万ぐらいのやつ・・・だからそっち使うわ」
・・・そうか。
僕がバイトしてた理由は亜紀にはゲーム買うためって言ってある。
だから亜紀がカバンのためにバイトしてたなんて知らない。
あのカバンがいくらしたのかも・・・
あのカバン金額で言うたら二倍高いのに。
気持ちで言うたら・・・
何倍勝ってるやろ。
でも母親からもらったカバンを使いたい。
そう思うのが普通やわな。
亜紀「まぁ気が向いたら使うわ、ありがとう」
智史「・・・うん」
せめて開けて喜んでほしかった。
何かちょっとテンション落ちたけど・・・
僕は最後の勝負に行く。
智史「僕さ・・・やっぱり亜紀が好きや」
亜紀「・・・またかいな」
智史「またや。東京行くまでに言っておきたかった」
亜紀「じゃあ私も東京行く前もう一回に言っとくわ」
智史「何?」
亜紀「智史とは付き合えへん。私・・・ドキドキする人じゃないと無理」
智史「・・・そうか」
亜紀「私から一つお願い」
智史「何よ?」
亜紀「一週間後、大阪から出るから・・・見送りに来てほしい」
智史「うん・・分かった」
やっぱり無理やったか。
亜紀に出会って
亜紀を好きになって
四回告白した。
けどそれでも僕の好きの形は変わらなくて
亜紀の好きの形も変わらなかった。
僕が一生懸命バイトして買ったカバンも
100%の形で受け取ってもらえんかった。
今日で最後にしよか。
亜紀に告白するのは・・・
今日で最後。
きっと神様もそうしろって言ってるから。
でも僕は亜紀が好き。
世界で一番。
今までも、そしてこれからも・・・
僕は今日卒業する。
学校からも
亜紀からも・・・