2.妖精と執事
お弁当……持った。
水筒……持った。
傘……執事が出してくれるから必要ない。
地図……持った。
手提げカバンを見ていた。後は……。
「お嬢様。遠足に行くのと勘違いされていらっしゃいますか?」
ギグリ。図星だった。
◆
『詩忍にくちなし』 ~お嬢様、移動のお時間です。元の世界に帰るため都に戻ります~
◆
屋敷のある春町を南下するとそこは広大な草原が広がっている。一面緑色に染まる緑世界だ。爽やかな風に草が揺らめいている。
緑の大地を踏みしめていく。
ふと光を放ちながらひらひらと舞う何かが落ちたのを見た気がした。
気になって近寄って見ると、そこには手のひらより少しだけ大きめなサイズ程度しかない小さな妖精がそこにいた。
両手のひらに乗る彼女は息があがっていて、今にも息絶えそうな程だった。
「ねぇ、この子、死にそう。早く助けなきゃ。」
「ですが、助けるとなると再び屋敷に戻らなければなりません。」
「じゃあ、戻ろう。」
「この世界が異変に飲み込まれていく中、帰るための手筈は急用を求めます。遅れれば遅れる程に、帰れなくなる可能性は高まります。現実世界に戻るために、今は急いで進むしかないかと。」
「とやかく言ってる場合じゃない。この子は今にも死にそうなの。この子を助けるために、今は急いで戻るしかないじゃない。」
優しく大切に運ぶ。
私は来た道を戻った。
いつの間にか立ち塞がるゾンビのようなミイラのようなモンスター。
「何こいつ……。」
「これは……魔族ではなく、死霊人でございます。昔一度だけ見たことがございます。」
【刀――】
執事は何も無いところから刀を繰り出し、その刀で死霊人の首を掻っ切った。
ボトッ。
ぐにゃっ。
草原に落ちた頭は粘土のように変わり果ててしまった。少しすると体も粘土のように溶け始めて、骨が地面に残っただけだった。
「死霊人は骨と粘土で作られた、言わば土人形でございます。しかし、これを作り出せるのは――」彼はそこで言葉を終えてしまった。
気にはなるが、それ以上に急用を要する状況だったので、今はただ急いで屋敷へと戻った。
緑の大地を駆け抜けていく。
◆
見慣れた建物の中。
そこで治療を施された妖精が浮き上がった。しかし、完治しきれていないためか弱々しい羽ばたきや巻かれた包帯を見るとどこかいたたまれない気持ちになる。
「助けてくれてありがとうございます。あたしは妖精族のカナリン♪ この恩は一生忘れません。」
訝しい表情で彼女を見る執事。
「妖精族……。初めてお聞きしましたね。」
「昔からこの世界に存在してるのよ。けど、魔族が現れてからは住処を追いやられて、密かに暮らす羽目になった。それが妖精族よ。」
可愛らしい衣装を身に纏う彼女は摩訶不思議な光の粉をひらひらと落として飛んでいた。
「手当ても終えましたことです。急いで都へと向かいましょう。」
「行くのは明日にしよう。だって、この子、まだ完治した訳じゃないでしょ。見捨てるのは良くないよ。」
少し溜めた時間。そして吐かれるため息。
「仕方ありませんね。」
彼は額に手を当てながらそう言った。
◆
朝がやって来た。心地の良い朝だ。
支度を終え、大きい玄関の扉の前に立つ。
妖精のカナリンはすっかり元気になった。しっかりと空を舞えている。一晩中治療を続けた結果、翌朝には羽ばたけるまで回復したのだ。
「では、都へ急ぎましょう。」
そこに、
「待って。カナリンも着いてく!」とのこと。
空中で座りながら、
「安心して。あたしはサポートが得意なの。絶対に役に立って見せるから。だから、恩を返させて」と付け加えていた。
屋敷を出て、再び草原地帯へと足を踏み入れる。
都市を囲うように聳える壁が少しずつ確実に近づいていく。大きく見えていく。
暫く歩くと私達は沢山の死霊人に囲まれてしまっていた。少なくとも三十以上はいるだろうか。数え切れない程に多い。
隣では漸く役に立てると胸を張っている妖精がいる。
執事は【刀】を取り出した。強かな表情を浮かべている。
「ねぇ、執事さん。カナリンね、パワーかスピードのどっちかにバフ(能力向上)をかけられるけど、どっちがいい?」
「では、スピードをお願いしましょう。」
彼女は「おっけぃ!」と笑顔で言い放った。通常なら緊迫するはずのこの状況だとしても、どうしてか肩の力が抜かれている自分がいる。
【加速――】
緑色のオーラが彼の足に纏う。妖精の放つ力が彼の力を後押ししている。
「忍法【影分身の術】」
二人三人四人、さらに五人目。彼は分身体を繰り出した。踵を浮かべて前へと倒れながら進む。そこから先は目では追えないスピードで、残像だけが取り残されていた。
圧倒的な力であっという間に全ての死霊人を圧殺し土に返す。目前の草っ原には粘土質の土が被さっていった。
パッと目の前に現れるカゲト。まるで何事も無かったかのように飄々と立っていた。
「素晴らしいサポートですね。」
その言葉を聞いて「でしょ~」と自慢げに腰に手を当てていたのが見えた。
泥だらけのエリアと化したフィールドを抜けて再び草むらを進む。
「ねぇ、ジュリネさんはどんな技を使えるの?」
そんな他愛ない質問。しかし、「それはぁ」と少し濁しつつも口を開くことにした。
「それは私も気になりますね。今まで見せて頂いたことはありませんでしたし。」
視線がジーっと私に集まる。とても言い出しにくいけど、言わなければいけない状況だ。
「使える技は二つだけなんだ。一つは時空。両手の合わせた場所の時空をほんの少しの間、歪められるんだ。そして、もう一つが……」
「もう一つが?」
「"自撮り"。カメラを起動しなくても技を放つだけで写真が撮れるんだよね。凄いんだよ。時空を使ってから自撮りすると盛れるんだぁ。すっごく可愛く見えるようになるの。」
ふーん、みたいな目線が痛い。
「お嬢様。つまるところ、役たたずということでよろしいでしょうか。」
グサッ。効果は抜群だ。
「言わないで。自分でも分かってるんだから。」
少しだけ気まずい雰囲気の中を掻き分けて進んでいく。
戦うために来た訳じゃないし、仕方ないよね、うん。と、心の中で言い訳をしながら歩いていた。
草っ原広がる緑の景色は単なる土な茶色に変わる。目の前には巨大な壁が高く高く聳えている。
黒いローブを着ていて、フードを深く被った人が少し先の方で立っていた。大きさ的には私よりも少し小さめぐらいだろう。見た感じ小ぶりな体格だ。
よくよく見るとご丁寧に仮面をつけていた。不気味にも笑っている仮面だ。完全に顔と体を隠されている。
その人が右手を前に出すとパッと現れる斧。その人は斧を思いっきり投げてきた。私達に向かって斧が回転しながら進んでくる。
「土遁【壁】防壁」
土が急激にせり立ち、私達の前に現れる土の壁。少しするとカゲトがこの技を解除する。土は砕かれ、落ちていき、斧は落下した。
斧がいつの間にか消え、再びローブの人の手の元に存在していた。
「何のつもりですか?」
その人はまるで少年のような声で楽しそうなトーンで、
「いやぁ、ちょっと君の強さを試したくなっちゃってさぁ。手合わせしようよ。まっ、拒否しようが無理やりでも手合わせするけどねっ」と言い放っていた。
「お下がりください。此奴、相当な手練と見受けられますから。」
一触即発の緊迫した空気感がこの場所を吹き抜けていった。




