♥9 みっしょん・いん・ちょこれ~と
「――で? 相談って何だよ」
風紀委員会のミーティングが終わった教室。
獅子堂 彰は目の前の阿良々木 愛彩に問いかける。
「実は、創設祭で雪代先輩の代わりに舞台に上がることになって……」
「それで、愛彩ちゃんに緊張しないコツを教えてあげてほしいんです」
もじもじと話す愛彩の後を、平利 エイザが繋ぐ。
「そもそも、俺、あんまし緊張とかしねぇんだけど……」
頭を掻きながら、獅子堂は落ち着きなく手を動かす愛彩をじっと見つめる。
「大体さ、愛彩。お前、どうしてそんなに緊張してんのさ」
「どうしてって……。失敗したら嫌だし……」
「じゃあ、失敗しないようにすりゃあいいじゃねぇか」
「そんな無茶苦茶な――」
はぁ、と獅子堂は呆れたようにため息をつく。
「俺は、別に完璧にやれとは言ってねぇよ? 全力で準備すりゃあ、本番はそれを出すことに必死になるもんだ」
ジッと、獅子堂は愛彩に鋭い眼差しを向ける。
「失敗したら、とか思ってる余裕がある時点で、そいつの準備不足だと、俺は思うね」
愛彩だけでなく、エイザも、獅子堂の雰囲気に飲まれ、声が出せない。
(こいつ、なかなか面白い奴デス……)
獅子堂の隣で、エイザは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「まぁ、でも――」
打って変わって、獅子堂の口から出る言葉は、軽い。
「もしミスったら、俺を頼れよ。同じ舞台に立ってるから」
「――あ、そう言えばそうですね」
「――え? 獅子堂先輩も出るんですか? 舞台」
愛彩とエイザは対照的な反応を見せる。
「ああ。なんでも、劇中の剣劇のシーンに、運動できる奴がほしいんだと」
ちら、とエイザに説明したのち、獅子堂は改めて愛彩に向き直る。
「成功させたい気持ちは一緒だからよ。俺も頑張ってっから、お前も自力で頑張れよ」
「わ、私だってちゃんと頑張ってます! 学校にだって、メイドの皆には来るなって言ってあるし! ねえ! メイサちゃん」
「ソ、ソウデスネェ」
エイザをはじめ、屋敷でこの会話を盗聴するメイドたちは、一様に冷や汗を流しながら虚空を見つめた。
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「じゃあ、メイサちゃん。また明日ね」
愛彩はエイザに手を振ると、戦場 來夢が待つ黒塗りの車へと近づく。
その姿が車へ吸い込まれるまで、エイザはずっと、その後ろ姿に手を振り続けていた。
(嗚呼、素晴らしきお嬢様との学園生活……。明日も明後日も、これが続くなんてぇ……)
恍惚の表情を浮かべるエイザの視線が、來夢を捉える。
「――ひっ!」
エイザの口から、小さな悲鳴が漏れた。
小さく動かされる來夢の唇を、エイザは読唇術で解読し、同じく唇の動きで応答する。
『――随分、お楽しみだったようで……。成果は上々、なのでしょうね』
『は、はい! 來夢ちゃん。万事うまくいってるデス』
『そう。手は、まさか、洗ってなんていないわよね?』
『も、もちろん……。どこにも触ってすらない、デス』
それを聞くと、來夢は運転席に乗り込み、車を発進させる。
(こ、怖かったデス。來夢ちゃん……。まぁ、気持ちは分かるけれども)
エイザは急いで校舎の裏手にある巨大な焼却炉に向かう。
今は使われていない年代物の逸品だ。
周囲を確認し、エイザはその裏手へと回った。
(え~と、確かこの辺に……)
地面との接地面に手を入れ、エイザが手探りで何かを探る。
カチリ、と音がして眼前のコンクリートが僅かに盛り上がった。
エイザは引き戸の要領でその面を開けると、素早く体を中に滑り込ませる。
そのまま地下へ続く長いスロープを、エイザは下っていった。
やがて、エイザがたどり着いたのは、車線まで綺麗に整備された地下トンネル。
「誰にも、見られてないデス、よね?」
「そうね~。大丈夫だと思うわ」
滑り降りてきたエイザを出迎えたのは、赤いスポーツカーに寄りかかる、小伏 天音だった。
二人は素早く車に乗り込む。
運転席に座る天音は、慣れた手つきでエンジンをふかし始めた。
「それで? 潜入捜査はどうだった?」
「とっても、有意義デシタ。明日も楽しみデス。とっても――」
はっ、とエイザは自分の油断を後悔する。
助手席から恐る恐る隣を見ると、天音が暗い笑みを顔に貼り付けていた。
「……本当はね、私が潜入する予定だったんだって」
ブウォン、とエンジンの音が一段と大きくなる。
「でも、高校生姿を來夢が見てね。考えを変えたらしいの……」
「へ、へぇ。何でですかね~」
「來夢曰くね――」
エンジンの高まりは、今、最高潮に達しようとしている。
「『お前のそれは教育上よくない』らしいわ~。理不尽じゃない? 好きで持ったわけじゃないのに!」
赤いスポーツカーが、急加速で発信する。
「――ひゃぴ」
情けない声を上げながら、エイザは顔面に迫る風圧と戦い続けた。
ようやく、その衝撃にもなれた頃。
エイザは隣に座る天音の『教育によろしくない』部分盗み見る。
「――――」
ペタペタ、とエイザは自身の胸元を二、三回叩き、この世の理不尽を静かに呪った。
車は、阿良々木財閥が極秘で作った避難用の地下道を、悠々を走っていく。




