♥5 みっしょん・いん・ちょこれ~と
「うーん。困ったわねぇ……」
マーレリフデ学園の高い高い外壁の前で、小伏 天音は顎に手を当てている。
守衛の格好で、校舎近くまで来れたことは狙い通り。
しかし、校舎に入るには、守衛の姿では怪しまれかねない。
「――もしもし、唯優? 今、学園で使われていない教室はあるかしら?」
天音は、屋敷で待機している佐繰 唯優へ連絡を取った。
『……校舎の南東……今、天音がいるところから……だと、3階の……一番左』
唯優の言葉通りに泳がせていた天音の視線が、止まる。
(ああ。あそこ、ですか)
「確認したわ。ありがとう、唯優」
「……どういたしまして。……潜入……ファイト」
唯優との通信を切り、天音は目的地の部屋の窓枠にワイヤーを投げ掛ける。
(ここからは、時間との闘いね。上手くいくといいけれど……)
意を決したように天音は大きく息を吐くと、自分に結んだワイヤーを辿るべく、外壁に足をかける。
――突如、けたたましい警報音が鳴り響き、無数の機械の目が外壁から生えた。
(来たわね。侵入者防衛システム“フクロウ”!)
生えた機械の目は、レーザーで侵入者を探し始める。
天音は驚異的な速さで壁を駆け上りながら、無数のレーザー光を華麗に回避して進む。
(あとは、窓枠のオートロックを解除するだけ……)
顔の横から迫るレーザー光を上体を大きく反らせることで回避しながら、天音は窓へと手をかける。
ガチャリ、と拍子抜けするほど簡単に、その窓は開いた。
勢いあまって、飛び込むように天音はその部屋に入る。
ハァハァ……。
乱れた呼吸を整えながら、天音は室内を見渡す。
(――どういうこと? オートロックが機能しなかった?)
自らの仮説を、天音は首を振って否定する。
この学園に限って、そんあことを疎かにするとは思えない。
その直後に自身がたどり着いた結論に、天音は笑みを浮かべる。
「さすが、唯優。仕事が早いわぁ~」
そういうと、天音はその部屋――演劇部の部室から、衣装の品定めを始めた。
『ザザーー……天音!……天音!』
品定めの途中。
唐突に唯優から通信が入る。
「ん? どうしたの、唯優。そんなに慌てて……」
『……人が、来てる。……その部屋に……向かってる』
天音は急いで適当な衣装を選び出す。
(ドレスとかナース服は違うし……やっぱり、これしかないか)
ガラガラ、演劇部の部室の扉が開かれる。
「――ん? 誰かいたような気がするんだけど……」
扉を開けた人物は、教室内をくまなく見渡す。
やがて、普段は開いているフィッティングルームのカーテンが閉じられているのを見つけた。
「すみませーん。誰かいますか? 僕、演劇部部長の酒々井って言います」
「あ、あー酒々井君。ごめんね、ここ使わせてもらってたぁ~」
シャッとカーテンが開けられる。
茶髪をアップにセットし、学園高等部の制服に身を包んだ天音が顔を出した。
「えーと。高等部の方が、何か御用ですか……? 校舎、反対側のはずですけど……」
もっともな疑問を、酒々井 幸一は天音に投げかける。
「それがさ~。授業とか、かったるくて抜けてきちゃったんだよね~」
頭を搔きながら、軽い口調で天音は応える。
(うわ~。また予期せずターゲット見つけちゃった……。と、とにかく、お嬢様のため、この殿方も見分しなくちゃ!)
「君は、何しにここへ来たの? 授業は終わった系?」
驚いて言葉が出せないでいる酒々井を急かすように、天音は話しかける。
「え、ええ。休み時間のうちに、来月の定期公演の準備をしようか、と……」
「メッチャ真面目じゃん! でも、休み時間くらい友達と遊んだ方が楽しくない?」
「いや。僕は部員のために頑張らないといけないので……」
ずれた眼鏡を片手で上げながら、酒々井は淡々と答える。
「えー。ワタシは友達といた方が楽しいけど~。そんなんじゃ、彼女もできなくない?」
「か、彼女、ですか……」
少し頬を赤らめながら、酒々井は大げさなリアクションを取る。
天音はそんな酒々井の様子を観察しつつ、胸元のボタンから隠し撮りした映像を外部へ送る。
(反応がカワイイわ~。もっと突っ込んでみようかしら)
「そそ、彼女作ると楽しいよ! 可愛い子いないの? 一年の阿良々木さん? とイケてない?」
「あ、阿良々木さんですか……。確かに、魅力的ですけど、そういう風には見ていないですね」
それだけ言うと、酒々井は部屋の中央にある机に向かって歩き出す。
「すみません。そろそろ部長の仕事をしないと」
「ここで見てていいー?」
「ええ。お構いはできませんけど」
天音に背を向けて、酒々井は黙々と作業を進める。
普段、メイド業で阿良々木 愛彩のお世話をテキパキとこなす天音から見ても、酒々井の事務能力には目を見張った。
何よりも、一生懸命なその横顔が印象に残る。
「――何で、部活にそんな本気になれるわけ?」
天音の問いかけに、酒々井は少し考えてから答える。
「別に、部活に限った話ではないですよ。ただ、みんなが必死に頑張っていることを、成功させてあげたいだけです」
くるり、と酒々井は振り返り、汗を滲ませる顔を天音に向ける。
「僕は僕にできることを精一杯やって、誰かを幸せにできたら、それが嬉しいんです」
次の授業の予鈴が鳴る。
時間だ、と言って酒々井はこの部屋を後にした。
「――ねぇねぇ、來夢。あの子はどう見る?」
『お嬢様を幸せにしてくれる可能性は評価する。――が、お嬢様を好きになっていないことは大きな減点だな』
「めちゃくちゃ私情挟んでるじゃない……!」
『うるさい! お嬢様を好きにならない人間なんてこの世にいな――』
戦場 來夢との通信を強制的に切り、天音は制服姿のまま廊下へ出る。
(さてと、これ以上の潜入は無用ね。さっさと來夢に合流しましょう……)
二人の情報をもとに、愛彩に探りを入れてみよう、と考えつつ、天音は廊下に出る。
音もたてず、天音は廊下から校舎を外へ、そして來夢との待ち合わせ場所に向かった。




