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♥3 みっしょん・いん・ちょこれ~と

 「――なるほど。恋愛対象候補が二人……。少し、厄介ね」


 黒色のリムジンカーのハンドルを握る戦場いくさば 來夢らいむに、佐繰さぐり 唯優いゆの報告が入る。


 頭の装飾に忍ばせた、骨伝導型の受信機が震える。


 その報告を黙って聞きながら、來夢は国道から道を逸れ、学園に続く細い道へと入る。


 両脇に隠すように取り付けられた機械。


 (この車が通るたびにチカチカと……)


 來夢は、一般人が気づかぬ仕様に辟易しつつも、護衛の習性として、無意識にその光を視認する。

 

 「本当。目障り」


 『……來夢……なにか……問題?』


 イラつくように零した言葉が、通信機の向こうにいる唯優へ届いた。


 「え。あぁ、何でもない。報告を続けてくれ――」


 來夢たちが進む道。


 その行く手で、道路がゆっくりと盛り上がる。


 そうして、大理石で覆われた絢爛なトンネルが現れた。


 まるで巨大な捕食者が口を開けて獲物を食らおうとするかのようなトンネル。

 

 來夢は迷うことなく、そのトンネルへハンドルを切り、内部へと進む。


 ほどなくして、トンネルの入り口はゆっくりと下がり、再びごく普通の道路へと戻る。


 一羽の雀が、道路上を低空飛行で横切ろうとした。


 その雀へ、道路脇の機械から赤いレーザーポインターが向けられる。


 パシュッ。


 放たれた捕獲用ネットは、迅速に道路上の異物を捕らえると、レーザースキャンで識別する。


 危険性が認められなかった雀は、無事、再び上空へと舞い戻る。


 ♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥


 「では、お嬢様。行ってらっしゃいませ」


 「うん。行ってくるね!天音、來夢!」


 阿良々あららぎ 愛彩めいは、笑顔で手を振ると、学友らしい女子生徒と並んで学園の門をくぐる。


 所定の場所へ停められた車の横に並んだ、來夢と小伏こふく 天音あまねは、恭しく頭を下げながら、その背中を見送った。


 愛彩の姿が校舎内へと吸い込まれていったのを確認し、二人は車内へと戻る。


 「――さて。天音。唯優からの報告は聞いてた?」


 「ええ。お嬢様が熱心に『殿方を惹きつける作法』を聞いてくれるものだから、つい夢中になっちゃったけどね」


 「あんまり、変なことを教え込むな」


 「うふふ。気を付けるわぁ」


 明らかに反省していない様子の天音に、來夢は呆れたようにため息をつく。


 「それで、私が二人の殿方の正体を探るのよね? 」


 ごそごそと、後部座席で衣擦れの音をさせながら天音は來夢へ問いかける。


 「いや。それはもう唯優がやった。資料はこれだ」


 後部座席に備え付けられたホログラム装置に、男子生徒の情報が二名分、浮かび上がる。

 


 【ターゲットNo.1 獅子堂ししどう あきら

 

 歯に衣着せぬ物言いとぶっきらぼうな態度をとりがち。

 

 お嬢様の蔵書「ビターな恋に甘いキス」内、お嬢様の推しキャラと性格が酷似。

 


 【ターゲットNo.2 酒々しすい 幸一こういち

 

 温和な性格で、他者との不和を意識的に避けるよう立ち振る舞う。

 

 お嬢様の蔵書「化学式はL-O-V-E」内、お嬢様の推しキャラと内面性が酷似。


 

 「要するに、野生児タイプと温室タイプ……ってこと?」


 「まぁ、平たく言うとな。どちらもお嬢様の好みには引っ掛かりそうだ」


 準備を終えたらしい天音が來夢に向き直る。


 「つまり私の仕事は、この二人のどちらが、お嬢様の本命かを探ることね」


 「合わせて、お嬢様にふさわしい人間であるか、もな」


 ガチャリ、と後部座席のドアが開く。

 

 天音は、履き替えた高いピンヒールを地面につけた。


 「それじゃあ、行ってくるわね。待ち合わせは、いつもの場所でいいかしら?」


 「ああ。よろしく頼む」


 「うふふ。任せて」


 そう言って、天音は校舎の方向へ軽やかに歩いて行く。


 ――艶やかな黒髪を煌めくブロンドに。


 ――クラシックなメイド服は、大胆に胸元が開いた紫のワンピースへ。


 ――ダメ押しに鍔広の帽子と大きめのサングラスを掛けて。


 まったくの別人になった天音をルームミラー越しに見送りながら、來夢は車を発進させる。


 「……恐ろしい奴」


 『……ん? 何か問題……あった……? 』


 「何でもないわ、唯優」


 ♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥


 天音がやってきたのは、学園に併設された守衛室だった。


 (ここまでは、生徒の保護者ならギリギリ来られる場所……)


 天音は、まだはるか向こうにある校舎へ目を向ける。


 (この時間は、守衛の皆さんも大半がお出迎えで校舎の方に行っているはず……)


 にやり、と天音は悪戯っぽい笑みを浮かべると、片足のピンヒールを脱ぎ去り、地面へと落とした。


 ヒール部分がきれいに折れる。


 「あ~れ~。どなたか~、どなたかいませんか~」


 そう言いながら崩れ落ちる天音。


 少々間の抜けた彼女の叫び声を聞き、守衛室から中年の男性が現れた。


 「ど、どうされましたか? 」


 「すみません。ヒールが折れてしまい、足を挫いてしまって……」


 天音は伏せた姿勢のまま、少し下がったサングラスごしに、上目遣いで守衛を見る。


 蠱惑的なその視線に、守衛の視線が引き寄せられる。


 その視線の先には、ワンピースの胸元から覗く豊満な胸部が映った。


 「あの~」


 無言で黙り込む守衛に、天音は声をかける。


 「は!は、はいっ!」


 「申し訳ないのですが、少々、そちらの建物で休ませてはいただけませんでしょうか……」


 「え、ええ!構いませんよ。どうぞどうぞ」


 「ありがとうございます。……少々、肩をお借りしても?」


 天音は、半ば抱き着くような動作で、守衛の肩に寄り添う。


 胸元を守衛の腕に押し付けることも忘れない。


 完全に舞い上がる中年守衛と共に、天音は、守衛室へと入った。


 (うん。やっぱり今の時間は、この方お一人ね)


 素早く周囲を確認し、天音は、こちらに背を向ける守衛へ視線を移す。

 

 「守衛さん」


 「はい。何でしょう?」


 振り向いた彼の顔へ、天音は即効性の睡眠導入液を吹きかけた。


 フラフラとよろめきながら、守衛はその場に倒れ、眠り始めた。


 「助けてくれたお礼に、私があなたの代わりに働いてあげますね」


 バン、と守衛室の扉が開いた。


 その中から、先ほどの守衛と瓜二つに変装した天音が出てくる。


 「あ、あ、あー。うん。声もこれで大丈夫そう……。あ、大丈夫だな」


 お嬢様の恋のお相手を見分するため。


 天音は守衛として、学園内への潜入を開始した。

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