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♥2 みっしょん・いん・ちょこれ~と

 「行ってらっしゃいませ。お嬢様」


 巨大なレッドカーペットが階段を下りた場所から出口まで、一直線に敷かれている。


 左右の壁際には年代物の調度品が品位を保つ程度に並べられている。


 その手前では、数十人の使用人らが、一糸乱れぬ芸術的な一礼で、レッドカーペットの中央を歩く少女――阿良々あららぎ 愛彩めいを見送っていた。


 愛彩は使用人たちを一瞥することもなく、外に待機していた黒塗りのリムジンカーへと乗り込んだ。


 「はぁ~。ホント、毎朝緊張するぅ」


 バタン、とリムジンのドアが閉められると同時に、愛彩は深いため息をつきながら背もたれに深く沈み込む。


 「お嬢様。そのような座り方では――」


 「制服に皴がついてしまいます、でしょ。形状記憶なんだから、これくらい大丈夫よ」


 向かいに座る小伏こふく 天音あまねの忠告を遮るように愛彩は目の前のジュースに刺さるストローを口に運ぶ。


 「そういう問題ではないですよ、お嬢様。気心の知れた同性だけの空間であっても、最低限の品位を保ちましょう、ということです」

 

 愛彩は天音の話をどこ吹く風、という様子で聞き流していた。


 さもないと、と天音は続ける。


 「いざという些細な言動で、殿方に嫌われてしまうかも知れませんねぇ」


 「ちょっ、それを早く言いなさいよ! 」


 愛彩は慌てて背もたれから浮上する。

 

 彼女が手櫛で整えようとする前髪を、天音は細かな意匠が施された櫛で丁寧に梳く。


 「うふふ。お嬢様、恋でもなさったんですか? 」


 「し、してないしっ!別に、図書室なんかに行ってないし! 」


 ズズズ……、と一気にジュースを飲み干した愛彩を、はしたない、と天音は窘める。


 (――なるほど、初恋相手とは図書館で出会われたのですね)


 天音は、そっとスカートの中に忍ばせた小型通信機を2回タップした。


 ♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥


 「……む。天音から……着信、あり」


 「ん~? どんなナノです? 」


 屋敷に残る佐繰さぐり 唯優いゆはヘッドフォンを身に着け、ノートパソコンを叩く。


 その様子を後ろから覗き込むように、平利ひょうり エイザは唯優の肩へ顎を乗せた。


 「……エイザ。……重い」


 「これくらい、ヘイキです! それより、天音ちゃんはナンて? 」


 「……ちょっと待つ」


 カタカタと唯優がキーボードを叩くと、天音と愛彩の会話が流れる。


 「図書館でのデアイなんて、素敵です~」


 「……ターゲットを、……確認する」


 「そんなこと、デキるんです~?」


 エイザの疑問に、唯優はコクリと頷く。


 「……学園の防犯カメラ……ハッキングすれば……簡単」


 「やっぱり、唯優ちゃんはスゴイです~! 」


 唯優は慣れた手つきで、何重にも仕掛けられたセキュリティを掻い潜る。


 「……お嬢様の……例の絵が描かれた日は……ここ」


 「その日、お嬢様と図書館にいた男子が本命です~」


 映し出される映像を、唯優とエイザは食い入るように見つめる。


 「あ!お嬢様が入ってきたデス~」


 「……図書館の……男性は……四人」


 「さ、さすがに、司書のオジイさんは除外してもいいと思うのです」


 「じゃあ……三人」


 どこか納得がいかない様子を滲ませながら、唯優は訂正する。


 二人は、映像から流れる音声に耳を傾けた。

 

 『先生。こんにちは!』


 『あぁ、愛彩ちゃん。相変わらず元気だねぇ。でも、図書館では、お静かに』


 『えへへ。失礼しました。また本、お借りますね』


 口の前で人差し指を立てるジェスチャーをする老人と、それを見て笑う愛彩とのやり取りが流れる。


 「……やっぱり……お嬢様……」


 「いや。ないない」


 戦慄する唯優の隣で、エイザは手を振りながら否定する。


 映像の中の愛彩は背の高い本棚へ向かった。

 

 唯優は手早く別のカメラ映像へ切り替える。

 

 『えーっと。何か面白そうな本は……む! あれは――』


 目当ての本を見つけたらしい愛彩は、踵を返して別の本棚の影に向かう。


 「……あ、そこは……マズい」


 「何がマズいのですか~? 早く切り替えてください~! 」

 

 「……あそこのカメラ……この日、故障してた……」

 

 一旦、映像を停止し、エイザと唯優は顔を見合わせる。

 

 「つまり、ココの映像は見れない、ってことですか~」


 こくり、と唯優は肯定を示す仕草をする。


 「……だから……この本棚に入っていく……男性を記録する」


 唯優が操作をすると、本棚の左右を映すように画面が二つに分かれる。


 「これなら、大丈夫そうです~」


 左右から、男子生徒がその本棚へ入っていった。


 「……二人、入った」


 「どちらか、ということデスね」


 少し待つと、愛彩と二人の男子生徒との会話が聞こえてきた。

 

 『あ、こんにちは、先輩』


 『やぁ、愛彩さん。ここで会うなんて珍しいね』


 『先輩が図書館に来ないからですよ。私は、毎日来てます!』


 『アハハ。お前、一本取られてるじゃん』


 『うるさい!僕も何か借りようかな~』


 しばらく、無音の時が流れる。


 『きゃっ!』


 不意に、愛彩の短い悲鳴が聞こえてきた。


 ガタッ、と画面の前にいた唯優とエイザが立ち上がる。


 「……これは……今じゃない。……録画」


 「――そう言うなら、さっさとその銃を仕舞ってクダさい」


 「そういうあなたも……握りつぶしたマウス……弁償して」


 唯優とエイザは澄まし顔で再び腰を下ろす。


 『――だ、大丈夫かい? 愛彩さん』


 『ったく。気をつけろよな』


 『――あ、ありがとう、ございます』


 『あ、おい。そろそろ時間ヤバいぜ』


 『本当だ! それじゃあ、愛彩さん。またね! 』


 二人の男子生徒が早歩きで本棚の向こうから出てくる。


 その後から、愛彩が何も持たずにゆっくりと出てきた。


 ――顔を耳まで真っ赤にした状態で。


 愛彩はブツブツと口を動かしながら、図書館を出る。


 「な、なにが起こったのです~!? 」


 「ちょっと……待って……」


 唯優が高速でキーボードを叩く。


 学園に仕掛けられた超高性能カメラは、愛彩の呟きを鮮明に拾い上げる。


 『あぁ。先輩の不器用な優しさ……。顔もタイプだし。もう、好き好きスキィ……』


 興奮した足取りのまま、愛彩は図書館を出て行った。


 唯優とエイザは再び無言で、顔を見合わせる。


 その顔には、困惑と、大きな動揺が張り付いていた。

 

 「お――」


 エイザの口がゆっくりと動く。

 

 「お嬢様! いったい、ドッチのことなんです~!? 」


 エイザの心からの叫びに、唯優は何度も激しく、首を縦に振り続けた。

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