SCOUT.4 謎の男はなんだか訳アリのようでして……
商店街を抜け、飯島 風理は一か月振りにやってきた公園のベンチに座る。
(ここで、私は折れちゃったんだよなぁ)
――プリンはダサい。
風理の耳に、少女たちの会話がよみがえる。
(たしかに、魔法少女なんて肩書を抱えるには、自分は限界なのかもしれない)
風理は、世間の目と自分の理想との乖離を、プロダクションをクビになった日から幾度も痛感させられた。
次々と、消費されていく“魔法少女”という偶像。
それを失った瞬間から、風理の手には何も残らない。
――記憶にすら、捨てられる存在。
「あー……」
風理はうんざりしたように力ない声を上げて、天を仰ぐ。
「魔法少女って、何なんだろう……」
「それ、俺も知りてぇ」
不意に自分の独り言に現れた闖入者。
ガバッ、と風理は声がした方向とは逆方向に飛び退る。
目を見開いて隣を見ると、ボサボサの髪と小汚い無精ひげが、悪い意味で印象深い中年男性が立っていた。
「……なんだよ。語り合おうぜ、魔法少女のこと」
「――あなた、誰ですか。警察呼んでいいですか」
言うが早いか、風理は携帯電話をダイヤルする。
「ちょちょちょ! ストップ! ストーーーーップ! 悪かった、俺が悪かったから!」
先ほどの、ちょっと危ないオーラは完全に消え去った。
残されたのは、足元に這いつくばって土下座する憐れな生き物が一体。
発信ボタンを押す直前の手を、風理は携帯電話から離す。
「……で、あなたは何者なんです?」
「俺は、こういうもんだ」
取り繕っているのか、はたまた素なのか、男は煙草をふかしながら片手で名刺を差し出す。
葛鳥 信吾。
古ぼけた名刺に書かれた名前の上へ、風理の視線が滑る。
「こぼれ星プロダクション?」
まったく聞いたことがない事務所名に、風理は思わず復唱した。
「そう。“こぼプロ”だ。知って……ないっぽいな」
ポリポリと、葛鳥は頭を掻きながら風理のリアクションをうかがっていた。
「その、こぼぷろ? さんが、私に何の御用ですか? スカウトなら、生憎――」
「いや、違う――ん? 別に違わねぇのか?」
風理の理解が及ばないことを、ブツブツと独り言をつぶやく葛鳥。
しかし、最終的には乱暴に頭を搔きむしる。
「あーもう! とにかく飯島 風理。お前、うちの会社で働かねぇか」
やけくそと言わんばかりに、葛鳥は風理へ言い放った。
「はぁ? 何を、突然……」
「突然じゃねぇ! ……偶然ではあったが」
「いや、意味わかんないんですけど」
再び、風理の手が携帯電話の110にかかる。
「――その眼、魔力がみえるんだろ」
葛鳥から放たれた予想外の言葉に、思わず風理の手が止まる。
「い、いきなり、そんなこと言われても……」
「とぼけんじゃねぇよ」
まっすぐに、葛鳥は風理を見つめる。
「裏路地での会話、聞いたぜ。お前が魔法を使うところも」
風理は無言を貫き、葛鳥に先を急かす。
「“魔法少女プリン“は消えた、なんて言われちゃいるが」
どこか儚げな印象を与える笑みを、葛鳥は浮かべる。
「――まだちゃんと、ここに。あんたはいるんだよな」
ドクン、と風理の心臓がはねた。
消えたと思っていた魔法少女の幻想が、再びその首をもたげてくる。
――何者でもなくなってしまったと思っていた。
――何もかも、失ったと思っていた。
自分が一番守りたかった、“魔法少女”という偶像。
それを、見つけてもらったという感覚が、風理に大粒の涙を流させる。
「葛鳥……さん……」
「涙を拭いてくれよ、風理」
差し出された新品のハンカチで、風理は涙を拭う。
「私、頑張ります。頑張って、もう一度、魔法少女の頂点に昇ってみせます」
「うんうん……。うん? 魔法少女の頂点? もう一度? ん――?」
葛鳥の反応が変わったのを感じ、風理は顔を上げる。
「あの~。一応、確認ですけど、私を魔法少女としてスカウトするってことじゃ……」
「え? いや。しないけど」
「え?」
「え?」
風理と葛鳥の間に、沈黙の帳が降ろされる。
「えーと。葛鳥さん……。本当、何しに来たんですか?」
「だから、スカウトに」
「魔法少女の、じゃないなら、何のスカウトですか?」
苛立ちを押さえて、風理は冷静に問いかける。
「スカウトです」
「だから、何の――」
「いや、だから、スカウトのスカウトです!」
強い風が落ち葉を巻き上げながら、呆然と見つめあう風理と葛鳥の間を吹き抜ける。
時が止まったような二人。
押さえることを忘れられたコートの裾だけが、正しい時の流れの中でたなびいた。
ガバッ、と急に葛鳥が両膝を地面につけ、三つ指立てて頭を下げる。
「飯島 風理さん! 我が事務所にはあなたが必要ですっ! どうか、助けていただきたい!」
「ちょっと、やめてください、こんなところで」
「では、お引き受けくださると!?」
「まだ決めてません。……はぁ。分かりました、とりあえず、あなたの事務所、――ええっと」
「こぼれ星プロダクション」
「その、こぼ……って事務所に行きますから、早く立ってください。子供たちの視線が痛いです!」
ようやく立ち上がった葛鳥の後について、風理は歩き出す。
その心中には、様々な不安が交錯していた。
(スカウトなんて、やったことないけど……。大丈夫なのかな――)




