♥14 みっしょん・いん・ちょこれ~と
時折頬を撫でる寒風とは裏腹に、雲一つない空が地平の彼方まで続いていく。
マーレリフデ学園の創設祭当日。
自室で阿良々木 愛彩はぐったりと机に突っ伏していた。
「お嬢様、そろそろお支度を始めませんと……」
「うぅ……自信ない。自信ないよぉ~」
後ろで控える戦場 來夢の声を聞き流し、愛彩は一人うわごとの様に同じ言葉を繰り返す。
「お、お嬢様。今日までしっかりレッスンを積んだんですから、きっと大丈夫ですよ~」
來夢の隣で、小伏 天音が冷や汗を流しながら必死に励ました。
『一体、そういうレッスンを積んだんだ』
『うぅ……完璧を求めすぎましてぇ』
視線と唇の動きで非難をする來夢に、天音は申し訳なさそうに肩を落とす。
壮絶を極めた天音の指導の末、愛彩の演技力は格段に向上した。
一番の盛り上がりになる決闘シーンにも、確実に存在感と爪痕を残すと言い切れるほどだ。
そう、決闘シーンだけは、完璧なのである。
「あぁ~。台本全然覚えてないし……。舞踏会……まぁ、踊りなら問題ないけど、でもぉ~」
『なんとかしろ、天音。時間が無いぞ』
『もう、最後の手段を取ります……』
天音は、スカートに忍ばせた通信機をリズムよく叩く。
直後、愛彩の携帯から着信音が鳴った。
愛彩は、送られてきたメッセージを開く。
【やっほ~。愛彩ちゃん! 今日は創設祭だね! 演劇、絶対に成功させよう! じゃあ、また学校で。――メイサ】
「メイサちゃん。……そうだよね、うん! もうなるようにしかならないし!」
愛彩は机から立ち上がり、登校の準備を始める。
『どうなら、上手くいったようです』
『ふん。エイザの潜入も、役に立つじゃないか』
『まだ、嫉妬しているんですか?』
『当たり前だ!』
愛彩の準備を手伝いながら、來夢をからかって天音は笑った。
「あ、そう言えばお嬢様」
「ん? なぁに、天音」
「本日の夜、強めの雨が降るそうですよ。すぐに止むそうですが……」
「え~。後夜祭、大丈夫かなぁ」
「念のため、温かいお召し物も持って行った方がいいかもしれませんね」
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晴天に創設祭の開始を告げる花火が舞う。
「……毎度思うんだけど、この花火ってなんで昼間なのに綺麗に見えるんだろう」
「なんか、特殊技術らしいよ。ウチの保護者の会社からの寄付だって」
鮮やかな色彩の下で、愛彩と友人の大垣 菖蒲が会話しているところへ、左右から近づく影が二つ。
「あ、いたいた。愛彩ちゃん! そろそろ舞台はじまるよ~」
平 メイサは大きく手を振りながら愛彩の元に駆け寄る。
舞台設営を手伝え、と無理やり愛彩から引き離されたことへの憎悪など、微塵も感じさせない完璧な笑みを携えながら。
「……はぁ、いよいよかぁ」
その笑みとは対照的に、愛彩の表情は曇る。
「なに~。緊張してんのアンタ。大丈夫だって、愛彩は私が、新聞部の誇りに懸けてバチッと可愛く撮るからさ! 次号の一面はアンタで決まりよ」
「いや、そんなの求めてない……」
「いいですね! その新聞、百部ください!」
「お、メイサ乗り気じゃん。いいよ。オマケでオフショットも付ける。有料だけどね」
「むふぅ。商売上手デスね。――二百万までなら即決しましょう」
「ふふふ。これは、腕が鳴るねぇ」
白熱する菖蒲とメイサの会話に、愛彩の抗議はかき消された。
「――おや? まだこんなところに……。愛彩さん。そろそろ始まるよ」
「あ、酒々井先輩。すみません。今行きます……」
そう言った愛彩の顔を、酒々井 幸一はマジマジと覗き込む。
「な、なんですか……」
「緊張してるねぇ。愛彩さん」
近づけていた顔を離し、幸一は愛彩と向き合う。
「たしかに、急な抜擢だったし、自信なんてなくて当たり前だと思う」
真剣な眼差しを愛彩に向けながら、幸一は言葉を紡ぐ。
「だけど僕は、この役は君にふさわしいものだと思っている。快活で、自由な君の魅力がよく表れると思う」
それに、と幸一は優しく微笑む。
「何かあっても、僕が完璧にフォローするから安心して。――いっそ、セリフ全部忘れても大丈夫だよ?」
「そ、そんなことありません! ちゃんと覚えましたし!」
必死に否定する愛彩の様子を見て、幸一は笑みを一層深くした。
「そうだよね! 練習でたくさん見たから知ってる。――じゃあ、行こうか」
自然と差し出された手を、愛彩は無意識に取る。
幸一に手を引かれながら、愛彩は群衆の向こうへ消えていった。
「うーん。演劇部の貴公子と可愛い系一年生のラブロマンス……売れるかな」
「――まだ、そのネタはオフレコでお願いしマス……」
演劇の舞台が、幕を開ける――。




