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めいど・いん・みっしょん  作者: 阿月 結希


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12/16

♥12 みっしょん・いん・ちょこれ~と

 甘い匂いが仄かに香る白を基調とした空間。

 

 壁際に掛けられた調理器具は、一点の曇りなく輝く。


 アイランド式のキッチン台は、くっきりと顔が映るほど丹念に磨き上げられていた。


 「さて、お嬢様。準備はよろしいですか?」


 戦場いくさば 來夢らいむはキッチン台を挟んで立つ阿良々あららぎ 愛彩めいへ声をかける。

 

 來夢は、いつものクラシックなメイド服の上から、紺色のエプロンをつけていた。


 「うん……上手くできるかなぁ」


 「ご心配なさらず! この來夢がついておりますので」


 拳を胸に当てて、來夢が自信満々に答える。


 「えー。じゃあ、よろしくね、來夢先生!」


 部屋着にピンク色のエプロンを纏い、愛彩は來夢へ屈託なく微笑みかける。


 來夢は、赤面しながらコクコクと頷くことしかできない。


 彼女の心中なぞお構いなしに、愛彩はキョロキョロと周囲を見渡した。


 「それで、まずは何を準備すればいいの?」


 「あぁ、それでしたらそこの袋に――」


 ガチャリ、と厨房の扉が開く。


 來夢と愛彩の視線の先で、佐繰さぐり 唯優いゆが若干気を切らせて入ってきた。


 「……すまない。……遅くなった」


 『……その後の……調査には……進展なし』


 「唯優。待ってたのよ! さぁ、お嬢様の隣へ」


 『了解。まずはこちらへ集中して』


 唯優と來夢は唇の動きだけで、発する声とは別の会話をする。

 

 「うふふ。私、嬉しいなぁ」


 愛彩が隣に立つ唯優を見て嬉しそうにつぶやく。


 「……チョコづくり……嬉しそうですね……お嬢様」


 「いや、そうじゃなくって。唯優と一緒に何かするのは初めてだから」


 「……そう、でしたか……」


 「唯優は私たちの中で一番最後に入りましたからね。お嬢様との思い出も、これから増えるでしょう」


 「……ん。……楽しみ」


 「私も楽しみ! 唯優! 改めてよろしくね」


 放たれる、愛彩の笑顔。


 平常心を保つため、二人は後ろ手に自らの手の甲を、ギュッとつねる。


 かろうじて、可愛さに卒倒するような事態を、二人は免れた。


 「さてと、それじゃあ、気を取り直して――」


 愛彩は手を叩きながら、改めて來夢を見遣る。


 「最初は、何を準備するんだっけ?」


 「あちらの袋に、必要なものを全て、取り揃えております」


 そう言って來夢が指した袋を、唯優が近くに持ってくる。


 「へー。結構いろいろ使うんだぁ」


 「……來夢」


 おそらく初めて見たのであろう木の実を手に取り、目を輝かせる愛彩。


 それとは対照的に、唯優は困惑の表情で來夢を見つめる。


 「……おまえ……正気……か?」


 「ん? どうした唯優。何か間違っていたか?」


 「……これは……何?」


 「んー? 見ればわかるだろう」


 そう言って、來夢は袋の中身の説明を始める。


 ――愛彩が持つカカオ豆が、発酵からテンパリングを経て完成していく全過程を。


 「……却下だ……バカ」


 唯優は、キッチン台に広げられた専用器具の数々と多種類のカカオ豆を袋に戻す。


 「なぜだ! ちゃんと産地もこだわり抜いた! 最高品質の材料だぞ!」


 粛々と片づけを進める唯優の背中へ、來夢は言葉を投げる。


 「……こんな……本格的すぎるチョコ……貰う方も困る」


 「し、しかし――」


 「……來夢」


 唯優はまっすぐに來夢を見つめる。


 「……チョコづくりは……もっと楽しく……あるべき」


 「では、唯優は何を準備してきたのだ?」


 來夢の問いへ、待ってましたと言わんばかりに、唯優は平たい正方形の箱を差し出す。


 「……チョコは……所詮……冷やして固めるだけ……何を溶かすか、それだけが問題」


 「あー! ルイスショコラのチョコレート! めちゃくちゃ美味しい奴だよね!?」


 愛彩の歓声に、唯優は勝利を確信したように喜ぶ。


 「……お嬢様……ご明察です。……では、早速――」


 「うんうん、食べよ食べよ」


 愛彩は身を屈め、箱の中で美しく装飾されたチョコレートの一つに手を伸ばす。


 「……湯煎をして……すべて……溶かしましょう」


 ピタリ、と愛彩は伸ばした手を止め、唯優と目を合わせた。

 

 「――へ? 唯優、今、なんて?」


 「……全部まとめて……一つのチョコ……絶対に美味しくなる」


 フフン、と自信ありげに鼻を鳴らす唯優の隣で、愛彩はゆらりと立つ。

 

 「いや。そのまま食べればいいじゃん! 美味しいんだし!」


 唯優の両肩を抑えて、愛彩は必至の形相で訴える。


 その剣幕に気圧されて、唯優はたじろぐ。


 「……お嬢様……まさかそんな……妙案が」

 

 ハァ、と愛彩は眩暈にも似た感覚を覚え、小さくため息をつく。

 

 「普通に、でいいんです! 普通に!」


 カカオ豆とチョコの箱を両手に持った、少女の悲痛の声が、厨房にこだました――。


 「――で、これを型に流し込めばいいんだよね。」


 結局、料理人が保存しているチョコレートを分けてもらい、三人のチョコレート作りは佳境に入る。


 「意外と簡単でした。今日は徹夜だと思っていましたが」


 「……私のチョコも……お嬢様に食べてもらえて……嬉しい」


 「あれを溶かして混ぜるなんて、もったいないじゃん! ほら、これでどう?」


 愛彩は丸い型に流し込んだチョコレートを來夢と唯優に見せる。


 「いいじゃないですか!」


 「……お上手」


 えへへ、と照れくさそうに笑いながら、愛彩はどんどんチョコレートを注ぎ込んでいく。


 「ところで、お嬢様」


 「ん? なぁに、來夢」


 「――どなたか、特別に渡したい男性はいないのですか?」


 型から外れたチョコレートが巨大な水溜まりを作る。


 顔を真っ赤にしながら、慌てた様子で水溜まりを見ていた愛彩は、最終的に來夢に鋭い視線を向けた。


 「な、なにをいきなり……! 驚かせないでよぉ」


 「うーん。お嬢様のお年頃だと、そういう方が居てもおかしくないかなぁ、と」


 「えー。そういう話、……まぁ、するけど」


 「そうでしょう? そういう方にちょっと贈り物をするというのも、いいかもしれません」


 「……少し……接点を持つ……大事なこと」


 「そうかなぁ……。でもなぁ、好きバレはなぁ……」


 頭を抱えて悩む愛彩の姿を、メイド二人は微笑みながら見つめる。


 『お嬢様。好きな人がいるって自白してるようなのに……たぶん気づいていないな』


 『……そういうところ……可愛い……チョコを温め直そう』


 無駄に読唇会話を挟みながら、その後十五分、悩み続けた愛彩を來夢と唯優は静かに待った。

 

 「――よし! 決めた! 一つだけ、特別なチョコにする。他のと混ぜれば好きバレしないし!」


 不意に立ち上がった愛彩は高らかに宣言する。


 「賢明な判断ですね」


 「……いいこと」


 來夢と唯優の後押しを受けて、愛彩は続きの作業に取り掛かる。


 結局、全てが終わったのは、空のほとんどが黒く染まりかけている頃だった。


 「でーきたぁ~」


 「お疲れ様でした。お嬢様」


 「……お嬢様。……グッジョブ」


 「うん。二人ともありがとぉ」


 うず高く聳える、ラッピングされたチョコレートの山。


 壮観ともいえるその景色を、愛彩はまじまじと見つめる。


 「お嬢様。こちらの片づけは私たちでやりますので、お嬢様は次に……」


 「へ? 次って?」


 疲れ切った視線を、愛彩は來夢へと向ける。


 「お嬢様――」


 毅然と、直立した姿勢のまま來夢は告げる。


 「演劇稽古のお時間です!」


 「そうだったぁー!」


 磨き上げられたキッチン台に愛彩は突っ伏す。

 

 その肩を、唯優は優しく叩いた。


 「……お嬢様。……ファイト!」

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