♥10 みっしょん・いん・ちょこれ~と
黒塗りのリムジンカーが、鉄製の巨大な門扉の前に停車する。
「――お嬢様、ただいまお戻りです」
「ああ。戦場さん。お疲れ様です」
「別に、お嬢様のためのご奉仕に、秘湯など感じません。ちっとも」
「はは。相変わらずだねぇ。今、門開けます」
守衛の男とひとしきり会話をした戦場 來夢は、再びハンドルに手を掛ける。
ガオン、と重苦しい音が響き、門扉がゆっくりと開いていく。
「――お嬢様。間もなくご邸宅に着きますので、身支度を整えておいてください」
「はへ? もう……?」
後部座席で、阿良々木 愛彩は眠い目をこすりながら応答する。
大きく手を伸ばすと、背骨が小気味良く音を立てた。
「だいぶお疲れのようですね」
「んー。今日はいろいろあって、結構疲れたかも~」
「それは結構なことです。あとで教えてください。その、いろいろ、を」
そんな会話をしていると、車は屋敷の玄関前に到着した。
來夢が車の扉を開け、愛彩はレッドカーペットの上に両足を置く。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
朝の登校時と同じ、一糸乱れぬ使用人たちの一礼が、愛彩を出迎える。
「……ねぇ。どうにかならないの、これ」
「はて。どう、とおっしゃいますのは?」
愛彩の呟きに、來夢は心からの疑問で返す。
愛彩は大きくため息をつくと、もういい、と言って使用人たちが囲む赤い道を歩き始めた。
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「それでは、エイザが潜入して得た情報を基に今後の行動を決めます」
「――! ――!」
いつもの円卓に座る四人。
テーブルの中央には、創設祭のパンフレットと、独自ルートで手に入れた演劇の台本がある。
「次は創設祭でお嬢様と二人の殿方との距離を詰めてもらうのよね~」
「……お嬢様。……とっても……緊張」
「問題ない。今回の演劇台本は頭に入っている。演技指導のカリキュラムも完璧だ。しかし――」
「――! ――!」
來夢が言い淀んだのを見て、小伏 天音と佐繰 唯優が彼女に視線を向ける。
「なにか、問題?」
「……不測の事態。……対処は素早く」
「……そうだな。これを見てくれ」
來夢は純白の大理石でできた壁に、映像を投影する。
大きな兎のぬいぐるみが置かれた部屋。
愛彩の自室に置かれた隠しカメラの映像だ。
部屋の扉が開かれ、愛彩と來夢が入出してくる。
チラリ、と來夢がカメラへ一瞥する瞬間も、鮮明に映し出されていた。
『はぁ~。あの出迎えには慣れないなぁ。学校の皆もあんな感じなのかな』
愛彩が机の前の椅子に座ると、その横から、來夢が宿題の問題集をサッと差し出す。
『あれは、阿良々木の影響力の象徴。そして、皆がお嬢様をお慕いしているが故のことですよ』
『えー。ぜったい嘘。皆仕事だからでしょ』
『いえいえ。我々とご当主様との契約内容に、あのような記載はありません。むしろ、ちゃんと仕事しろ、とたびたび叱られております』
『……仕事しようよ』
イジイジと、愛彩は足を動かす。
膝丈ほどの靴下をそのまま脱ぎ、彼女はそれを床へ放り投げた。
『お嬢様。はしたないです』
『いや、ちょっと暑くて……』
『仕方がないですね、こちらは天音に言ってお洗濯してもらいます』
來夢は靴下を拾い上げると、丁寧に折りたたんで透明な袋に入れる。
ピッと。
映像が突然止まった。
「――? 何かしましたか、唯優」
來夢が背中越しに目線だけを唯優へと向ける。
「……來夢。……靴下……どうした」
「どうって。ちゃんとお洗濯したわよ、ね? 天音」
天音は大仰に頷いたのち、静かに口を開く。
「うふふ~。來夢。嘘はよくないわ~」
「――! ――!」
天音がデバイスを操作する。
画面が切り替わり、洗濯された愛彩の衣類が綺麗に並べられた画像が映る。
「……なんだ、これは」
「うふふ~。私が今日お洗濯したお嬢様の衣類よ。この係りの度にこっそり撮ってあるの」
「……天音。……キモチワルイ」
「――! ――!」
「四六時中、お嬢様を盗撮盗聴している唯優には言われたくないわ~」
「……あれは……お嬢様の成長記録……大人になったら感謝される」
「いや、人間不信になるでしょ~」
ススッと、天音は画像の靴下を拡大する。
「この靴下、兎のワンポイントがあしらわれているわ。お嬢様らしくて可愛い」
「……ん」
何かを察したように、唯優がカメラ映像の靴下を拡大する。
「……これは、ネコ……來夢……すり替えた?」
二人に背を向ける來夢はその顔を振り向かせることができない。
冷静な追及に、冷や汗をダラダラと流し続けている。
プハッ、と猿轡を外せた平利 エイザが息も絶え絶えに叫ぶ。
「そんなことより! 早く続き見せるデス! あと、この鎖解いて!」
三人の視線が、椅子に縛り付けられたエイザへと集まる。
「お嬢様の靴下を、“そんなこと”ねぇ~」
「おやおや。お嬢様と握手や頭ナデナデしたエイザさんは言うことが違うな」
「……一歩……リードした……つもり?」
「あー! もう!」
エイザが机に突っ伏した拍子に、再生ボタンが押されたらしい。
映像は、続きからではなく、少し飛んだところから再生された。
來夢が部屋から消え、愛彩だけが机に肘を置き、宙を見ている。
『はぁ~』
深いため息が虚空へと霧散していく。
『――創設祭で、チョコ、渡したいなぁ……』
ガバッと、メイド四人の目がテーブル中央の創設祭パンフレットに向けられる。
――2月14日。
「お嬢様、もう、そんなことまで……」
「……私たち……お嬢様を……見くびっていた」
「大胆デス。お嬢さま」
「うふふ~。これは――」
四人の視線が空中で交差する。
「――決まったな」
來夢が立ち上がり、高らかに声を上げる。
「創設祭と、お嬢様の愛の告白! 二つ纏めて大成功させるぞ」
おー、と右拳を突き上げるメイドたち。
エイザが引きちぎった鎖を破片が、鮮やかに宙を舞った。




