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♥1 みっしょん・いん・ちょこれ~と

 恋に落ちる瞬間は、いつだって唐突だ。


 例えば、図書室で同じ本を取ろうとして手が触れる。


 こんな些細な出来事でも、人によってはトキメキのきっかけになる。


 でも、その恋は、どうやって成就させたらいいんだろう――。


 ♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥


 「お嬢様が、恋をなさいました」


 煌びやかな(しかし、この屋敷の中では質素な)部屋に置かれた円卓。


 そこに座るのは、クラシックなメイド服姿の美女が4人。


 「あらあら、お嬢様もお年頃ですねぇ」


 小伏こくふ天音あまねは、長く、艶やかな黒髪を柔らかく揺らしながら、口元に手を当てて上品に笑う。


 「……お相手は?……3人くらいには絞れてる」


 佐繰さぐり唯優いゆは、前髪の隙間から覗く輝くオッドアイとは裏腹に、興味薄げに問う。


 「オ~。とぉても、すてぇ~きですねぇ!ヤワな男だったら、ぶっ飛ばしまぁ~す」


 平利ひょうりエイザは、煌めくブロンドを惜しみなく振り回しながら、片言かどうかも怪しい話し方で大袈裟なリアクションを取った。


 皆は一様に、この話題の発端となった眼鏡美女、戦場いくさば來夢らむを見る。

 

 その視線はもれなく、早く続きを言え、と訴えていた。


 くれぐれも内密に、と前置きをし、來夢は続きを話す。

 

 「事実の判明は、3日前。お嬢様が学校からご帰宅なさったときに遡ります」


 ヴォン、と無駄な装飾が一切ない真っ白な大理石の壁をスクリーン替わりに、映像が映し出される。


 「まぁ、実際に見てもらった方が早いでしょう。撮影は、いつものように佐繰が」


 「……盗撮は、お嬢様の健康管理のため」


 フフフ、と不敵な笑みを浮かべる唯優以外は、スクリーンに注目する。


 映し出されているのは、あまりにも広大な、シャンデリアがよく似合う場所。


 この屋敷では、ここを玄関と位置付けている。

 

 『たっだいま~!』


 『おかえりなさいませ、お嬢様』


 『あっ!來夢!私は自分の部屋に籠るから、だ~れも部屋に入らないようにしてね』


 『かしこまりました。お嬢様』


 多数のメイドに出迎えられながら、名門・名門・マーレリフデ学園中等部の制服に身を包んだ少女と來夢の会話が流れる。


 「あらあら、お嬢様ったらあんなにはしゃいで……」


 「でも、これだけでは恋したなんてわっからないでぇ~す」


 天音とエイザが口々に自由な感想を述べる。


 「続きがあるのよ。佐繰。お願い」


 來夢の号令と同時に、唯優は手元の機械を操作する。


 スクリーンの画面が切り替わり、次に映し出されたのは、巨大な兎のぬいぐるみが独特の存在感を放つ部屋。


 「あら。ここは、お嬢様のお部屋ね」


 「あれぇ~?でもぉ、お嬢様は誰も入るなってぇ~」


 「入ってはいないわ。一歩もね。録画していただけよ」


 「……お嬢様の、健康管理のため……フフフ」


 「そっかぁ~。なら、大丈夫デスネ」


 「あら。お嬢様が入ってきたわよ」


 天音の一言で、一同の視線は、再び黙ってスクリーンの向こうの出来事を注視する。


 『ふっふっふ~ん。ふっふ~ん』


 スクリーンの向こうの少女は牛革を丹念になめした最高級の鞄をベッドに投げるように置く。


 「あらあら。あんな乱暴に……」


 「あとで、オシオキなのですぅ~」


 「……お嬢様を……お、オシオキ……フフフ」


 「あなたたち。やるときは私も混ぜなさいよね」


 彼女たちが会話をしている間に、スクリーンの少女は机に向かい、大きなスケッチブックを広げていた。


 「あら。お嬢様が絵の練習を?」


 「……そんな情報。入ってきてない……」


 「いいえ。違うわ」


 天音と唯優の会話を、來夢は横から切る。


 「これこそが、お嬢様が恋をしている、という証拠です。よく見てください」


 そう言って、來夢は自分が指さす場所を唯優に拡大するよう指示を出す。


 そこには、何とも独特な雰囲気を漂わせる何かが描かれていた。


 「……人?」


 「これ、人なんですかぁ~?」


 何か、を指さしたまま、來夢は立ち上がると椅子に座る3人と向き合う。


 「皆さんのご想像の通り、これはおそらく、人です。しかも、男性の」


 一同の顔が、一瞬で驚愕の表情に変わる。


 「ねぇ。來夢ちゃん。どうしてそれが男性と分かるの?」


 最初に声を上げたのは天音だった。


 「天音さん、よく見てください。この人らしきもの、髪が短すぎます」


 「た、たしかにそうですね」


 「でも、それだとまだわからないですぅ~。唯優ちゃんだって髪短いですよぉ~?」


 「……あれと一緒にされたくないけど……エイザの言う通り。……來夢、根拠、薄い」


 自らの主張に懐疑的なリアクションを見て、來夢は深くため息をつく。


 「――わかりました。では、最終手段です。……本当は、お見せしたくありませんでしたが、仕方ありません」


 そういうと、來夢は映された映像を少しだけ早送りする。


 「みなさん、周知の事実かと存じますが――」


 一同が固唾を飲んで、來夢の言葉に聞き入る。


 「お嬢様は絵画の先生から『まずは、ものの内側を捉えよ』と教えられています」


 うんうん、と椅子に座る3人は大仰に頷く。


 「すなわち、お嬢様は人を描くときはまず、裸の人を描きます」


 ――空気が、凍った。


 「では、こちらをご覧ください」


 誰かが何かを言う前に來夢が拡大したのは、人らしき何かの足の付け根のあたり。


 何かが足され、まるで足が3本生えているようにも見える箇所。


 「……この足みたいなやつって……もしかして……」


 唯優のオッドアイが、せわしなく左右に振れる。


 「これ、ひょ、ひょっとして、おち――」


 「エイザ!それ以上はいけませんよ!」


 エイザが発しかけた言葉を天音が珍しく大きな声を出して止める。


 天音も、それほどに動揺を隠しきれなかった。


 「――お分かりいただけただろうか」


 まるで、最恐のホラー映画でも見た後かのような、重苦しい沈黙が流れる。


 「これも、皆、知っていることと思うが、お嬢様が上機嫌でスケッチブックを広げたら……」


 「そこには、好きなものが描かれる」


 「そしてぇ~その絵におち――何かが生えていたということは~」


 「……お嬢様が好きなのは、この男。……名、推理」


 4人は顔を見合わせ、自分たちの結論が正しいことを互いに確認する。


 「それでは、これより――」


 バンッ!と來夢は大理石の壁を叩く。


 「この男性を特定し、お嬢様の恋が成就するよう行動を開始します!」


 バッ!と、3人が一斉に立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。


 「來夢ちゃん!この作戦の名は~?」


 エイザが挙手をしながら質問をする。


 「そうね……」


 來夢は部屋を見渡すと、カレンダーが目に入った。


 今日は、2月1日。


 「作戦名は、“みっしょん・いん・ちょこれ~と”!各自、健闘を祈るっ!」

 

 「イェッサー!!」


 これは、お仕えするお嬢様の幸せのため、裏で奮闘するメイドたちのお話。

 

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