私、冒険者になります! アムティア視点
『転生した』という事実を認識したのは、生まれてから四ヶ月ほど経った頃だった。
生まれてすぐは思考がままならず、「お腹が空いた」か「気分が良い、悪い」の3パターンしかなかったので、前世の記憶というものを考えられなかった。
四ヶ月ほどして、視界も少しは見えるようになってきた頃。ようやく、自分は一体何なのかということに意識を向けることが出来た。
「ああ、アムティアはとっても可愛いな」
「ええ。アムティアの笑顔を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになりますね」
あうあう、と声を出す私を覗き込む大人が二人。流暢な日本語で話す二人は、どうやら私の両親らしい。
日本語……それは、前世で住んでいた国、日本でよく使われている言語。だから、最初は日本のどこかに生まれたのだと思った。でも、その考えはすぐに違うと分かった。
「この娘の金色の髪に桃色の瞳は、貴方みたいに綺麗で素敵ですわ」
「ははっ、それを言うなら、この大きな目に花のつぼみのような口は君譲りだよ」
赤ちゃんの視界は色もそんなに判別出来ないが、両親の会話を聞いていると私の容姿は金髪にピンクの瞳。
金髪はともかく、ピンクの瞳なんて、ここは前世で住んでいた日本じゃないぞ?というか、地球でもなさそうだぞ?
ということは、だ。
私は、異世界転生というものをしたらしい。
こう、心の文章では驚いていないように見えるかもしれないけど、自分はめちゃくちゃ驚いている。転生なんてこと、物語の中の話だと思っていたので、転生したのだと分かった後はしばらく放心状態になっていた。
「アムティアの為にも、もっとファンタジー王国を豊かにしなければならないな」
この国の名前はファンタジー王国というみたいだ。
ファンタジーって……やっぱり、ここは前世の世界の日本じゃない。
しかも、もっとこの国を豊かにするって。もしや両親、結構地位が高いのでは。
……ん?ファンタジー王国……?
その時、私は一つのことに気が付いた。
ファンタジー王国って、前世でお気に入りだった乙女ゲームの舞台なんじゃ?
いや、たまたま名前が被った可能性もある。私の(知識として)知っている世界に転生したとか、そんな奇跡みたいなことなんてあるわけない。
……ファンタジーなどという国名が被っているなんて、結構あり得ないけれども。
「あら、ではまずは、お隣のスピネル王国の問題を解決しなくてはなりませんね」
母の台詞に、私は心の中で頭を抱えた。
スピネル王国って、乙女ゲームで出てくる国じゃん……と。
乙女ゲームの舞台であるファンタジー王国に迷惑をかけてくる厄介な隣国『アンバーグ帝国』の前身となる国で、確かモブ悪役の一人もその国の王女だったはず。これは偶然で済ますにはちょっと無理やり感が……。
「それについては、ダイヤモンド王国にも相談しようかと思っている」
「あら、ダイヤモンド王国ですか。ですが、かの国だけでは少々……」
両親は次第に、赤ちゃんである私にはちんぷんかんぷんな話をしながらこの部屋を出ていった。部屋の隅で控えていた侍女の方々に私を預けて。
「さあ、おねんねしましょうね、姫様」
ゆらゆらと侍女に抱っこされながら、私は遠い目になる。
両親の会話に、乙女ゲームに登場する国の名前が三つも出てきたことをふまえると……私は乙女ゲームの世界に転生したのだろう。
………
バサバサッ
「どっ、どうなさいました!?」
動揺しすぎて、手に持っていた本を落としてしまう。側にいた侍女に心配されるが、私はその声に反応できなかった。
「……ここって、五百年前……?」
乙女ゲームの世界に転生したと理解してから早四年。
私はファンタジー王国第一王女として、元気にすくすくと成長していっていた。
そう、今世の私はなんと王女様だった。
両親は国王と王妃で、見ているこちらが赤面するくらい愛し合っていて、つい先日弟が生まれている。
この国の跡継ぎも生まれ、私は成人した後に好きなことを出来るようになった。勿論、様々な制約がある上でだけど。
そのことを知ったとき、私はすぐに乙女ゲームのモブとして生きようと思った。
だって、ゲームではファンタジー王国の第二王女は出てきても、第一王女なんて出てこない。確か、ゲームが始まる前に別の国へ嫁いで行ったはず。
だから私はモブらしく、攻略対象者と主人公との甘々ライフを影でニヤニヤ見ようと思っていた。
違和感に気が付いたのは、弟との初対面のとき。ファンタジー王国の第一王子は攻略対象者なので、弟は勿論その攻略対象者だと思っていたのに……。
「ほら、この子が弟だよ」
近くに見においで、と父が見せてくれた弟の髪の色が乙女ゲームの第一王子とは違った。
あれ?おかしいな……と思いつつ、弟が出来たことは素直に嬉しいのでニコニコと笑顔でいた。違和感が決定的になったのは、父から弟の名前を聞いた瞬間。
「この子の名前はアイザック。笑顔で満ち溢れてほしいという意味を込めて、この名にしたんだよ」
アイ、ザック……?あれ、攻略対象者の名前とは違うのですが?
そこで私は、もしかしたらこの世界は乙女ゲームの世界じゃないのでは、と思い始めた。
でも、少なくとも三つの国は同じ名だ。それに、この明らかに日本ではない国で日本語が使われているのは日本の乙女ゲームの世界だからだと、私は考えている。
ならば、どうして弟の見た目と名前が違うのか。私は子供の頭を総動員して考えた。
……もしかして、ここは乙女ゲームの世界だけれど、時期が違うのではないだろうか。
そもそも、乙女ゲームの世界に転生したことすら奇跡なのだから、時期が違っても不思議ではない。
そう思い、私は前世の乙女ゲームの知識とこの時代の出来事を擦り合わせる為、王宮内の図書館へ行った。
そして、先程へと戻る。
乙女ゲームでは五百年前に起きたとされる事件が、つい先日起きたらしい。私が動揺のあまり落としてしまった資料書に、そう書いてあった。
他にも何かないかと探してみると、なんで今まで分からなかったんだと思うくらい証拠が出てくる出てくる。
これは、もう確定では?
私は、乙女ゲームの五百年前に転生した。
その事実は、私の頭の許容範囲を越えたらしく。私は頭を押さえながら、フラッ……と倒れてしまった。
私にとって、この生は乙女ゲームの為にあった。勿論、完全に乙女ゲームの為だけに生きていたわけではない。
だけれど、前世の記憶には日常的な記憶はほとんど無いのに、乙女ゲームの知識だけはハッキリと覚えている。
それだけ、前世の私は乙女ゲームが好きだったのだろう。
だからこそ、この世界が乙女ゲームの世界だと知り、前世の「私」はとてつもなく喜んだ。今世の「私」も、前世の記憶を思い出したという衝撃を飲み込んだ後は純粋に喜んだ。
だから、乙女ゲームを見れないことに、ものすごくショックだった。
「……これじゃあ、何も干渉できない」
突然倒れた私を心配して見にきてくれた両親を安心させ、人払いをして一人きりになった後。
私は、どうにかして乙女ゲームを見れないか頭を捻る。
そう。これじゃあ、乙女ゲームに何も干渉できない。見ることも聞くこともままらない。
こうして、乙女ゲームの世界に転生したのに乙女ゲームが体験できないことに嘆くこと一週間。私はある方法を思い付いた。
「不老不死……とまではいかなくても、長寿になればいいのでは?」
この世界は、剣と魔法の中世ヨーロッパ風の異世界。魔物とか魔王とか、神とかがいるし、不老不死の存在もある。現に神がいるし。
乙女ゲームに出てくる女神様は、サポートキャラとして存在していた。ここが五百年前とはいえ、女神様は今もいるだろう。
じゃあ、長寿になるにはどうしたらいいか。
王宮の図書館に、そういった書物は置いてあるかな?
……いや、もし王宮の図書館にあったら、王族が真っ先にするだろう。でも、先祖はみんな短命ではないけれど長生きではない。
ということは、王宮にはそういった情報は無いと思う。その方法を探す為に、王宮から出た方が良いだろう。
では、王宮から出るためにはどうしたらいいか。
そうだ、冒険者になれば良い。
「駄目だ!」
父の大声が、玉座の間に響く。その音量に、父以外の人間は全員耳を塞いだ。
私が冒険者になりたいと伝えた結果がこれだ。やっぱり、仮にも王族な私が冒険者になるなんて許されるはずが……
「こんなに可愛いアムティアが、汗臭い男達に囲まれる生活を余儀なくされるなんて、俺は絶対に認めない!」
あ、そっちの方ですか。
確かに、冒険者は力仕事だから、女性よりも男性の方が圧倒的に多い。汗臭い……は悪口だと思うけど、まあ、戦闘職だからね。汗はかくだろう。
「でも父上、私は憧れているんです。民を守り勇敢に魔物に立ち向かう『冒険者』に!」
だが、私は父に反対されても諦めない。絶対に冒険者になって……城から出ないと駄目なんだから。
「民を守りたいのならば、『騎士』でも良いんだよ?」
「いえ、騎士も勿論素晴らしい職ですが……私は世界中を守れる冒険者が良いんです!」
だって、騎士になったら、遠征任務はあるけれど基本的に王都から離れられないのだから。『長寿になる方法を探す』という私の目的には合わない。
その後も、私と父のバトルは続き……
「そ、そんなに言うなら、この王国騎士団長と王宮魔法師団長を倒せたら、冒険者になっても良いよ!」
全然諦めない私のせいで、父はヤケクソになりながら叫ぶ。
その発言を聞いて、指差された二人は驚愕し、慌てる。
「陛下!流石にそれは駄目ですって!」
「そうです!そんなことを言ってしまわれたら……」
「それで、冒険者になれるのなら」
私は真剣な顔で、宣言する。父は逆にやる気になった私に、驚きすぎて口が開いている。
騎士団長と魔法師団長は、だから言ったのに……といった顔をした。父は執務のせいであまり私に関われなかったけれど、騎士団長と魔法師団長はその過保護な父の命令で、ずっと私の護衛をしている。だから、父よりも私の性格も分かっている。
いや、優秀な二人を私の護衛って、普通に人材を無駄にしてない?
「それでは失礼します、父上」
「ちょっ、アムティアー!?」
みっともなく玉座から叫ぶ父をおいて、私は玉座の間から出ていった。
騎士団長と魔法師団長も父へ挨拶して、私の後へ続く。
さあ、これから〝今まで以上に〟鍛錬だ!
「よろしくね、レックス、クライド!」
「はぁ……姫様は元気ですねー」
「もっと『おねだり』が強くなるんですか……」
騎士団長であるレックスはため息をつき、魔法師団長であるクライドは天を仰いだ。