第十二話
「話って、何?」
ダミアンに連れてこられたのは学園の裏庭。
人影もなく、夕方の光が花壇の土を赤く照らしている。ひらりと落ちた枯れ葉が風に舞い、妙にドラマチックな雰囲気だ。流石、重要イベントが数多く発生する場所だ。
「………」
そちらが誘ってここに来たのに、ダミアンは下を向いて黙っている。何か悩んでいる表情だ。拳を握りしめ、眉を寄せている。
うん、本人には申し訳ないけど、イケメンの苦し顔も綺麗だ。
正直に言おう。私はダミアンが告げようとしている気持ちに気がついている。さすがに私は鈍くない。年頃の男女が二人だけで学園の裏庭にいるこの状況は……十中八九、告白だろう。
そもそも、ダミアンルートの告白イベントがここだったし。『マコアイ』のファンである私が、最重要イベントとこの状況を結びつけないわけがない。
「……その、アムティア」
「うん」
私は頷き、目を合わせる。夕日の光を受けた彼の眼差しは、深く澄んで、胸を刺すほど真剣だった。
「俺、アムティアのことが好きだ」
さあぁぁ……と風が吹き抜ける。夕日のスポットライトまで完璧な配置だ。
「だから……その、アムティアと」
「ダミアン」
私はダミアンの台詞を遮るように声を上げると、彼はすぐに口を閉じた。
「もう、女性を愛することは大丈夫なの?」
「……えっ」
ダミアンは固まった。まさかの直球質問に、普段のチャラ男スマイルが止まっている。
「……もしかして、今までの女のことを気にしてるの?それなら大丈夫、アムティアと付き合えるのならきちんと後腐れなく別れるから」
「その女の子達のこと、心の底では嫌ってたんでしょ?」
ダミアンは目を見開いた。そして探るような目線をこちらに向ける。
「……ああ、そうか。アムティアは女神様だったよね」
知っていて当然か、とダミアンは苦笑しながら肩を竦める。
「まあ、女神の力ってのもあるけど……ねぇダミアン、私はなんで女神になったんだっけ?」
「そりゃあ、乙女ゲームを見る為でしょ?」
訝しげに眉を寄せつつも、彼は当然のように答える。どうして突然そんなことを聞くのか、という戸惑いがその顔に浮かんでいた。
「物によって攻略の仕方は違うけど……私の大好きな乙女ゲームはね、攻略対象者の心の闇を晴らしてこそ、攻略成功になるんだ」
「心の……闇……!」
ダミアンは小さく呟き、ハッとしたように目を見開いた。やっと気づいたのだ。
なぜ私が、彼が心の奥底で女の子を嫌悪していたことを知っていたのかを。
ダミアンルートでのテーマは、『愛』。
『表面はチャラ男ムーブ、裏では女嫌いのトラウマを抱えた不器用男子』……それが、公式設定だ。
「貴方が父親からその振る舞いを強制されていたのは知ってる。母や父の妾たちに虐げられて……いいえ、命を狙われていたことも。だから女嫌いになったことも、それでも女好きだと演じなければならなかったことも」
私は、ダミアンに一歩近づいた。
「私はね、ダミアンに幸せになってほしいんだ。だから私は、ゲーム通りに『ダミアンが幸せになれる行動』をしてきたの。もし本来の主人公であるソフィアがダミアンルートに入っていたのなら、私は身を引くつもりだった。でも実際はジルウィンのルートに行ったから、代わりに私がやらなきゃならなかったの」
ふぅ、と大きく息を吐き出す。胸の奥のもやもやが、白い息になって溶けていくようだった。
「私はそんな気持ちでダミアンに接してきた。だから……」
言葉に少しだけ力を込める。
「私、ダミアンと結ばれるつもりはないの」
空気が一瞬、凍る。
……その時、
「分かってないなぁ、アーティは」
がしっ、と私の手が強く掴まれる。思ったよりもダミアンの手のひらが熱くて、私は驚いて目を瞬かせた。
「その『俺が幸せになれる行動』をしたのは、アーティなんだよ?だから俺は、君に恋をしたんだ」
「ッだからそれは、私はただゲーム通りに」
「はい出た、いつもの『自分はあくまで第三者です』って言動」
にやりと、ダミアンは片眉を上げて笑った。普段のチャラ男スマイルに似ているけれど、どこか必死さがにじんでいる。
「じゃあアーティは、打算的に俺に近づいたの?違うでしょ?だって最初はさ、物陰からこっそり『イベント』を観察するだけのつもりだったんだろ?でも、俺に見つかったから、今ここにアーティがいる」
ダミアンは私の手を離さないまま、ぐっと身を乗り出してきた。至近距離、近い。息がかかる。
「アーティは『ゲームだから』って言い訳してるけどさ。俺にとっては、紛れもない現実なんだよ」
「げ、現実……」
「そう、現実。ここでの俺は『攻略対象』じゃないし、アーティは『プレイヤー』でもない。俺の世界に来て、俺のそばで笑ってくれて、助けてくれて……それは紛れもなく、アーティ自身の行動だ」
真剣な瞳が私を射抜く。
「俺、知ってるんだ。アーティは俺が『怖い』って思ってた女達と違う。優しいし、意地悪しないし、何より……俺を、ちゃんと人間扱いしてくれる」
「……っ」
心臓がずきん、と跳ねた。
待って、そんな真顔で言われると困る。私、ゲーム視点でしかダミアンを見てなかったのに。
「だからもう逃げるなよ。『ゲームの通り』とか『主人公の代わり』とか、そんな言葉で俺を拒否しないで」
ダミアンはさらに一歩近づく。手の力も強くなり、完全に捕まえられた格好だ。
「俺が好きなのは、アーティ。君じゃなきゃ駄目なんだ」
「だ、ダミアン……」
「ほら、ここで『貴方がそんな台詞を吐くのはゲームのイベントだから』って言える?」
「うっ……」
「言えないでしょ?」
「……ッ言えないけど!」
勝ち誇ったように口角を上げるダミアン。チャラ男スマイルのはずなのに、妙にドヤ顔だ。
「な?俺の勝ち」
「こ、ここで勝ちとか負けとかじゃないでしょ!」
「いいや、俺の勝ち。アーティはもう俺に落ちてる」
「落ちてない!」
「落ちてる」
「落ちてないったら!」
「じゃあ、俺にキスされても平気?」
「ッッッ!?!?」
突然の爆弾発言に、頭の中が真っ白になる。
ズルい。追い込みすぎる。これ、公式イベントだったらやられるやつじゃん!
……って、ダメダメ。今ダミアンに、ここはゲームなんかじゃないって言われたのに、すぐにゲームと結びつけようとしちゃった。
……いやでも、
「アーティ」
ダミアンがにやりと笑い、顔を近づけてくる。
近い、近すぎる!あと数センチで、唇が触れ……