異世界で聖女に憑依し、任務を終えて戻ってきたら私に憑依していた誰かさんがどうやらうちの兄を攻略していたらしいです。ありえないんだけど!
※成分的に異世界要素あり、てかジャンル分けにめっちゃ悩んでるのですが、提案あれば教えていただきたいです。
私の名前は莉々愛。つい先ほどまで、異世界で「聖女リリア」として魔王討伐のサポートをしていた。
任務完了、めでたしめでたし。元の世界に戻ってきて、目を覚ました私は、久しぶりに自分の部屋の天井を見上げて安堵の息をついた。
――が。
「おかえり、リリア」
天井……ではない。頭上に影が落ちる。私を見下ろしていたのは、私の兄、愛蓮。冷静沈着、女子との距離感は常に一定の、あのアレンだ。
てか、近いな? え、これって、いわゆる膝枕では? ベッドに腰掛けた兄の膝に頭を乗せているこのシチュエーション、一体どういうことだ?
それにしても、この見上げるアングルでも完璧な顔ってずるくないか? しかも今日は様子がおかしい。微妙に照れてるし、目を合わせるとすぐに逸らす。え、なに?
「……やっぱり、元に戻ったんだな。最近のリリアは、少し違っていたから」
は?
「ちょっと寂しいけど……でも、楽しかったよ」
ちゅっ。
いや待て待て待て! 兄がデコチュー!? からの照れ笑い!? なんか、恋人に向けるような優しい眼差しを向けてくる。
――嫌な予感がする。
私は鳥肌が立った腕をさすりつつ枕元のスマホを掴み、慌ててメッセージ履歴を開いた。そこには兄と私のアカウントの、妙に親しげなやりとりがズラッと並んでいる。
おはようからおやすみまで、まるでカップルのような文面。しかもアイコンはハートで飾られている。
目の前が暗くなる。
「ちょっ……これ、なに!?」
「お前が送ってきたんだろ?」
「いやいやいやいや! 私じゃない! たぶん、聖女やってる間に私の体に入ってた“誰か”が……!」
……まさかの憑依中、兄攻略ルート突入事件!?
私の頭の中に、異世界の仲間たちの顔が浮かぶ。勇者、賢者、騎士……あの中の誰かが? え、もしかして聖女補佐の女神代理? いや、よりによってなんで私の兄を!?
「リリア、あの時のお前が言ってくれた言葉、俺……忘れられないんだ」
「なに言ったの!?」
「『アレンのこと、ずっと大切に思ってる』って」
「やめろおおおお!!!」
私は絶叫しながら兄を跳ね除け、布団をかぶった。ありえないんだけど。本当にありえないんだけど!
……でも、兄のあの表情を見る限り、“誰かさん”の攻略はもう成功してしまっているらしい。
私の平穏な日常は、完全に終わった。
私は脳みそをフル回転させて、犯人探しを開始した。
「……勇者はないな。あの人、剣とドラゴン以外に興味ないし」
「誰に話してるんだ」
「こっちの事情です! 黙ってて!」
私は机に座り、憑依中の怪しい人物を推理していく。
だが候補が多すぎる。賢者? いや、彼は人の体を借りてまで研究なんかしないはず。騎士? 硬派すぎて絶対ナシ。じゃあ女神代理……って、おい、ありそうで困る!
兄はベッドに腰掛けたまま、そんな私をひたすら凝視している。
「……リリア?」
「なに」
「今のお前、推理してる顔、ちょっと可愛い」
「それも“誰かさん”の影響だからぁぁあ!!!」
私は叫びつつ机を叩いた。まさか兄に“攻略イベントの後遺症”が残っているなんて思わなかった。しかも兄は完全にその気になっている。どうするんだこれ。
「……なあ、リリア」
「はいはい、今度はなに」
「今夜、一緒に星を見に行かないか?」
「完全にデートじゃん!? お兄ちゃん正気!?」
「お前が誘ったんだろ、前に」
「“誰かさん”がだよぉおおお!!!」
……駄目だ。
このままだと私は、自分が仕掛けてもいない恋愛フラグの回収を強制されてしまう。しかも相手が実兄。倫理観もシナリオも崩壊寸前だ。
私は心の底から叫んだ。
――異世界の“誰かさん”、今すぐ戻ってきて責任取ってください!!
デートフラグ!? いやいやいや! 血のつながった兄妹でフラグ立ててどうするの!?
「……だ、駄目。私、夜は弱いから」
「この間は“夜空に一緒に願いをかけたい”って言ったじゃないか」
「言ってない! それは誰かさんが言ったの!」
――やばい。兄の好感度、完全にMAX状態だ。私は必死に回避策を考えた。
「そ、それよりお兄ちゃん、夜は冷えるし、風邪引くよ! 星よりも毛布! 健康第一!」
「じゃあ毛布を持って一緒に行こう」
「発想が柔軟すぎるぅ!!!」
私は机をバンッと叩いた。こうなったら最終手段だ。
「ごめん、今日どうしてもやりたい課題があるの!」
「手伝うよ」
「完璧兄かよ!!!」
兄の隙のなさに、私は絶望した。その瞬間、頭の奥で、聞き覚えのある声が響いた。
(……リリア、ちょっと交代してくれない?)
「!?!?」
私の脳内に、犯人が乱入してきた!
(私がいない間に、兄さまとお別れなんて無理……! あの優しい笑顔、あの真剣な眼差し……! もう一度味わいたいの!)
「やっぱりお前かあああああ!!!」
声の主は、やはり異世界の女神代理だった。よりによって、なんで私の体で兄攻略!?
「帰れ帰れ帰れ! これは私の生活! 兄攻略ルートはバッドエンド一直線なんだって!」
(違う! これは大団円ルートよ!)
「大団円なわけあるかぁ!!」
私は机に突っ伏しながら脳内で大もめ。
一方で兄は、私が「何やら苦悩の演技をしている」とでも思ったらしい。
「……そんなに悩まなくてもいい。俺は、お前と一緒にいられるならそれで――」
「台詞が告白っぽいからやめてぇぇええ!!!」
必死で叫んだ瞬間、意識がぐらりと揺れる。女神代理が、私の体を奪おうとしているのだ。
「や、やめろ! 私の体から出てけー!」
(いいじゃない! 一晩だけ、一晩だけ貸して! そしたら星空デート……!)
「いやそれ“体レンタル彼女”だから! 犯罪の匂いしかしないからぁ!!」
私は枕を抱えてベッドの上でじたばた。兄からすれば、意味不明な妹の珍行動にしか見えない。
「リリア……どうしたんだ? 俺、ちょっと心配だぞ」
「心配しないで! すごく健康だし、すごく正気だから!」
(違うの、兄さま、リリアは嘘つきよ! 星を見たいって言ったのに!)
「チクるなああああ!!!」
こうして私は、兄のデートの誘いを避けつつ、女神代理との体の主導権をめぐって深夜のベッドでバタバタ格闘する羽目になったのだった。
……ありえないんだけど。本当にありえないんだけど!!!
やっとの思いで名残惜しがる兄を部屋から追い出し、女神代理を問い詰めた。もっとも、はたから見たら一人コントをしている怪しい人だが。
「はい、説明してもらいましょうか」
(ひぃっ……!)
「私が異世界で聖女してる間、あんたは私の“体の維持”をしてたんだよね?」
(そ、そうよ! ちゃんとご飯も食べたし、歯も磨いたし、夜更かしも控えたわ!)
「それは感謝してる。でも――なんで兄を攻略してんの!?」
(……で、出来心?)
「軽っ!?」
(だって……兄さま、優しいんだもん……。『今日は疲れてないか?』って気遣ってくれるし、『困ったことがあったら言えよ』って真顔で言ってくれるし……!)
「それは兄として普通のやつ!」
(でも! でも! その普通が胸にしみたの! 異世界の男ども、勇者も賢者も自己主張ばっかりで全然気づいてくれないんだもん!)
「うん、まぁ、それはわかる……だからって八つ当たりでうちの兄に走るなぁ!」
(気づいたら……『一緒に星を見よう』って、言っちゃってた)
「なにロマンチックにまとめようとしてんの!? 星空デートってなんなの!?」
(お願い、リリア! 一晩だけ! 一晩だけ体を貸して! 約束守らないと兄さま傷ついちゃう!)
「うるさい! それは私が“裏切り妹”みたいになるやつでしょうが!!」
(大丈夫! 妹としてじゃなくて、“一人の女性”として見てもらえばいいの!)
「やめてぇぇえええ!!! 私の家族関係に余計な属性つけるなぁぁあ!!」
近親相姦、ダメ、ゼッタイ! てかアレンよ、あんたも攻略されてんじゃねーよ!
(無問題!アダムとイブにまで遡っちゃえば人類皆近親相姦!)
「それはさすがに大雑把にまとめすぎ……思ったより人類史に詳しいの笑えるわ」
(だいたい帰れって何よぉ。戻ってこいって言ったのリリアじゃないの!)
「……もう我慢の限界だ。女神代理、お前は――退去だぁぁぁあ!!!」
(えっ!? ちょ、待って! まだエンディング迎えてない! 星空デートも子守唄も!!!)
「そんなのは迎えなくていいエンディングなんだよ!!」
脳内でバチバチと光が走り、女神代理は煙のように吹き飛んでいった。
(アレンさまぁぁぁああああ)
「二度と戻ってくるなぁぁぁあ!!!」
――静寂。
ようやく頭の中が自分だけになり、私はぐったりとベッドに倒れ込んだ。
そこへタイミングよくドアが開く。……ちょっとタイミング良すぎやしない? まさか聞き耳を立ててたんじゃ……。
「リリア、大丈夫か?」
心配そうなアレンの上目遣いが刺さる。
「……うん、ちょっとスッキリした」
「そうか……よかった」
にこっ、と安心した笑み。
「でも、無理はするな。お前は俺の大事な妹なんだから」
「…………きゅん……♡」
きゅん? 何これ? 女神代理の残滓?
ああでも、これでようやく平穏な日常が戻ってきた、はず。
私の中にうっすら残ったブラコンの欠片と、兄の中にまだ色濃く見えるシスコンの気配。でもそこはきっと時間が解決してくれるだろう。兄妹としての適切な距離感に――そんな風に思っていた時期が、私にもありました。
しかしその数日後。
アレンから新しく同僚が一人増えたことを知らされた。どうやら家で一緒に飲む約束をしたらしい。私につまめるものを作って欲しいと言うアレンに、二つ返事で答えた。
「いいよ、どんな人? 苦手な食べ物とか聞いてる?」
「いや、何でも食べるみたいだから気にしなくて良さそうだな。名前は……ええと、馬上黛莉さん、だ」
「名前が雑ぅぅぅ!!!」
兄の後ろからひょっこりと長身の女性が顔を出した。
「どうもぉ〜。ふふ……今度は正面から兄さまを攻略してみせるわ……♡」
「やっぱり戻ってきてるぅぅぅ!!!」
――そう、女神代理はしれっと別の人間を異世界送りにして居場所を確保し、再び兄の攻略に勤しみ始めたのだった。
あの雑な女神代理が義理の姉とか勘弁して、と私は痛む頭を抱えたのだった。




