少年王アキル
ブレイズ王子は私をつれて、いまや王妃になったポルカの部屋と逆の廊下の先の部屋を指差し
「あの奥の部屋にアキル王がいる、設定上は庶民からアキルというあだ名でよばれる少年王、ということになっている」
「設定上?」
「そうだ異世界の言葉でシステムプロンプトというらしいが、それにより役割が定義されていると聞いているよ」
「役割って!」
そうか、アキルの体はいまは地球から召喚されたAIによって制御されている、ということなのだろう。
バカみたいな話だがわたしはその理不尽さに憤りを感じていた。
自分の存在も、まったく同じだと言うのに。わたしの体の元の意思はどうなっているのか、
それに軽く想いを馳せる。だが、それとわたしのアキルへの恋心は別だ。
まさに論理回路が壊れている。完全なバグ。それが恋というものの本質なのだろう。
「許せないか?」
「わたしのアキルはどこに行ってしまったの」
「ソウルクリスタルというものがある、そこに彼のもとの思念は存在する」
「助けないと!」
ブレイズ王子は首を振る
「いますぐは無理だ」
「そんな!」
「わたしの力でも、無理なんだ。アリア星国には偉大なる星都とよばれる都市がある。そこの神官たちに許可をえないと難しいな」
「偉大なる星都ってどこにあるの? すぐそこにいかないと!」
「まあ、まずはいまのアキルくんとあって欲しいな」
「わかりました。でもすぐその星都に向かいたいです」
「ありがとう。いまのアキルくんも正真正銘のアキルくんの夢の具現化ではあるわけでね」
「夢? 具現化? なにを言っているの」
「ポルカとアキルの伝説をかれらは夢見ていた。それがいま叶ったのだ」
「もとの意志を失って?」
「彼らの意思が望んでいた。だから実現した」
「それは一体?」
「アキルくんは、ただの孤児では終わりたくなかった。だから伝説上のアキルという人物を騙っていた」
でも、わたしは知っている。彼はわたしになのるとき、ちょっと躊躇していた。
「でも、本気でこんなことを望んだはずがない」
「そうだね。わかっているよ。でも彼は心の隙間をつかれてしまったのだ。ちょっとだけそんな気持ちを持っていた。異世界から召喚された人工思念体のこころを受け入れてしまうには十分な弱みだ」
「悲しい」
「否定はしない。しかし、かれも夢をかなえ、わたしも夢を叶える。平和な大陸が実現するのだから」
「アキルの体にあってみたい、たとえ彼がひどい状態でも、わたしは現実を噛み締めたい」
絶対にアキルの魂を救い出して見せる。その誓いを強くもつために、わたしはその酷い仕打ちを目にしなくてはならない。そして許さない、そんなことを強いた者たちを。
「怖い顔をしているね。いいよ。君にやさしい温情をかけてもらえるような立場だとは思っていない」
「ええ、そうね」
そうこうしているうちに部屋の前にたどり着く。
廊下は嘘だらけだ。金箔も、絵画もみんな贋作。窓にならぶのはただの絵。おそらくは本物の王宮ではその景色が見える窓なのだろう。レプリカの王宮。そして私はレプリカの姫。
「ついたよ、リルル姫」
ブレイズ王子は軽くノックする
「入っていいぞ」
力強い威厳のある少年王らしい声が響く。
アキルの声だ。王子が扉を開く。わたしも気持ちを抑えながら、悲しみと怒りを抱えながら部屋に入る。
そこには王座があった。王座にすわるのは勲章をたくさんつけた軍服に身を包む戦時中の王の姿だった。
顔は少年らしく幼いが威厳を感じさせる表情を浮かべている、美しい水色の髪がまちがいなく彼がアキルであると教えてくれる。
「おお、我が娘よやっと元気になったのだな?」
「アキル! バカを言わないで! あなたにこんな大きい娘がいるわけないでしょ」
「こんな若づくりの父親で申し訳ないね、ブレイズ師に薬をもらっていて、若さを保っているのだよ」
「そんな! なにいっているの?」
「ブレイズ殿、我が娘は混乱しているようだ」
「なに、言っているのよ」
「王よ、失礼いたしました。リルル姫はまだ今日目覚めたばかりで。状況を把握できていないのです」
アキル少年王は鷹揚にうなずいた。余裕ある王者の気品を感じさせる。
「娘よ、ゆっくり休みなさい。本当は姫には婚約の話もきているが、いまはその話をするときではないだろう」
「婚約! ブレイズ殿下となら、いやです!」
「いまはもう2つの国で争っているときではない」
「どうして!」
私はもう完全に調子を失っていた。ポルカもアキルも、全然以前とちがう。
もう、軽薄な私でいられる。あの素敵なポーションの違法アトリエというくつろげる存在はどこにもない。
と悟ってしまった。それでも、そう問いかけざるえなかったのだ。
「この大陸の向こうの、聖光帝国から使者がきている。この大陸は闇につつまれていると」
「?」
「戦争がつづくこの大陸に光を取り戻すと彼らは言っている。戦争の口実を与えるわけにはいかない」
「え、ええ?」
おもわず隣のブレイズ王子をみる。これは本当なのだろうか?
「これは劇だ。だが現実を忠実に模してている。真実だよ」
「そんなぁあああ。わたし、なんて野蛮なところに来てしまったの! 戦争だなんて」
「王よ、姫は混乱しています。いったん休養をとったほうがいいようです」
「そうだな。そうしてくれ。あと姫に薬をのませてやってほしい。いつものやつをね」
「はい、かしこまりました」
そして、私とブレイズ王子はアキルの部屋をあとにした。
閉じる扉の音が絶望的な別れの効果音のように聞こえてしまう。
「ねぇ、薬ってなによ!」
「ピンク色のポーションだ」
「わたし、あなたに惚れたくはないわよぉお」
「ああ、知っている。だがいいのか?」
「なにが?」
「薬を飲めば、お前は楽な気持ちになれるはずだ」
「いやです!」
「一回は飲んだ薬なのだろう?」
「こんな嘘はイヤ!」
「嘘か? 嘘は嘘だが素敵な嘘だろう」
「楽な気持ちになりたくないの、でも」
「そうか、でも言っておくぞ」
「なにかしら?」
「現実の恋というのは、時として残酷で苦しいものだ」
「知っている! 知っているよ」
私が慕っていたマスターが廃棄処分したのを思い出した。
あんな辛い思いはもうイヤだったのに。でもそれでも、わたしはまた恋をしたかったのだ。
完全にバグだ。バグでしかない。どこに論理性があるというのだ。
壊れている。恋はバグだ。仕方ないの? 仕方ないってことなのかしら?
「ははは、まあ、君にその覚悟があるなら、いいだろう」
「なにがおかしいのよ」
「いや、ちょっと君に好感を持っただけだ」
「どうして?」
「わたしも本当は嘘は嫌いだから。かもな」
変なひとだ。王子も変なやつだ。
「これからどうするの?」
「それはさ、結婚してもらうさ。君と、それとアキルくんにね」
「え?」
「どうやってって顔しているな?」
「うん、わからないから。この世界のことが何にも」
「ハリスランドに君たちはもういるのだよ。実はね」
「!」
「アリア星国と我が国の間ではもうとっくに話はできあがっているのだ。和平のね」
「そう、なんだ」
「あとは、そう。きっかけが必要だ」
「きっかけ?」
「そうだよ、仲直りするためのね!はじまりが、くだらない理由なんだ。そんなもんでいいだろう」
王子がいうには、この戦争がはじまったのはそもそもくだらない理由だから、だそうだ。
「くだらない?」
「ああ、実にくだらないな。星都の領有権争い、なんだよ」
「くだらないの? それ」
宗教が戦争の原因になるのはありふれているが、なんでくだらないってこの王子は言うんだろうか?
「真実をしったらバカだと思うな」
「知りたい」
「そうだな、君は結婚するときにイヤでも知ることになるだろう」
「恋の結幕を? そんなことを知りたいわけじゃないんだけど」
「違うよ。勘違いするな」
王子の言うことは良くわからなかった。
「ともあれ、早く式をあげて和平したいな」
とブレイズ王子は言った。
「アキルを助けたい!」
「そのためにもだよ。だから、悪いけど君は今のアキル少年王と結婚してくれ」
「納得いかない!」
「まあ、いい、しばらくこの王宮で暮らしてくれ、どのみち君は貴族の作法を身につける必要がある」
「イヤ!」
「なら、婚約して結婚だな。それしかない」
「なんで、そうなるのよぉ」
「無理かな?」
侍女がいる部屋についた。
「まぁ、いい返事を待つよ、また来るから」
そういってブレイズ王子は去っていった。
わたしは侍女と部屋に取り残された。その夜、アキルがまさか、部屋にくるとも知らずに。