王宮のレプリカ
気がつくと素敵な女の子らしい部屋のベットに寝かせられていたようだった。
ここはどこだろうか?
ベットから起き上がると窓に向かう。
窓を開ける。だが、窓の向こうにあったのは外の風景を模した絵画だった。
どういうことなんだろうか。
部屋の調度品は美しい。しかし、AIであった私はすぐにそれらの調度品が贋作であり、
かつ金銭的価値が低いものであることを見抜いた。もちろん、贋作をつくるのにも相当労力がかかるものではあるのだが。
扉を開けようと試みる。開かないだろうか?
「あれ?」
思わず声をあげる。だって、扉はあっさりと開いたからだ。
逃げられる? いや、そんなわけがあるはずもない。
これはどういうことなんだろう。 無理やり連行されたわたしが意外にも、案外自由だ。
廊下を歩く。廊下も非常にゴージャスだが、金色にみえるものは、正確には金ではないことも理解した。
人がいる! 侍女が歩いてる。
「あのぉ、おはようございます」
「リルル姫様、おはようございます」
「私の名前をご存知なのです? 姫? おかしなことを言いますね?」
「はい、このアリアエル王宮でリルル姫様のことを存じ上げないひとはおりませぬよ」
「アリアエル王宮?」
「ええ、アリア王国が誇る歴史的建造物です。リルル姫様もご存知でしょうが」
「あ、ええと。知らないです。そもそも、私ただの女の子です」
「ご冗談を」
「はぁ」
「王妃殿下の娘としてお生まれになったリルル姫様が、ただの女の子だと夢想することもあるのですね」
「ええ、まあ、それはそのぉ。女の子ですから」
「ふふふ、姫さまって面白い方だったんですね!」
「そ、そうかしら?」
「随分と長い間、姫様は昏睡なさっていました。王妃殿下が心配されていますよ」
「会いにいったほうがいいってこと?」
わたしはもうどうにでもなれという感じで話を合わせることにした。面倒なので。
侍女がなにかを演じている感じは全くしなかった。彼女は私を姫君だと信じているのだ。
「母上はどこにいらっしゃるのかしら?」
「奥の私室でお茶の時間だと思いますよ」
「案内をお願いできます?」
「ええ、もちろん。喜んで。でもすぐそこですけどね」
といって侍女は廊下の奥の部屋を指差した。
「一緒に来てもらえるかな?」
「はい、参りましょうか」
不安だ。王妃なる人物がいったいどういう人物かはわからない。
だがしかし、いくらなんでも私が本物の姫君ではなく、娘でもないことを理解しているに違いない。
侍女は扉の前までたどり着くと、ノックをした。
コンコンと鳴る音までも優雅に感じられる空間。
スラム街にさっきまでいたのが嘘みたいだ。
「入りなさい!」
「失礼致します。リルル姫君がお目覚めになりました」
扉を開けるとそこにいたのは、よく知っている人物だった。
ポルカさん!
「え、ええええ。ポルカ? どういうことなの?」
「ポルカ? あらあら、長い昏睡から覚めたら一体なんの冗談かしら?」
あのピンク色のポーションを私に飲ませた。薄いピンク色の髪の毛の20代後半の女性に見える。
錬金術師だったころのポルカは軽い口調だったが、すっかり王妃という貫禄を身につけている。
「そのぉ。私のこと、覚えていますよね?」
「それはそうよ。私の娘ですもの」
「私ってポルカさんの娘でしたっけ?」
「そのポルカっていうのは? 一体? 昏睡していましたね。心配していました。夢でもみたの?」
「夢じゃないと思います」
「なんてね。知っていますよ!」
「あ、よかった。ポルカさん。これはどういうことですか?」
「ポルカというのは童話に出てくる伝説の錬金術師の名前ですね。夢のポーションで人々を幸せにする」
「え?」
「最後には王子さまにみそめられて王妃になる伝説です」
「そのぉ? ポルカさんですよね?」
王妃はクスリと笑うと。
「そうですね。私のことをポルカ姫になぞらえて庶民が言うことがあるのは知っていますよ」
「錬金術師やっていましたよね? 思い出してください!」
「この国で錬金術は珍しいものではないですから。街中のしがない錬金術師の娘ではありましたね」
「ほんとに? ほんとに覚えてないの!」
「おかしな娘ね。ポルカって呼ぶのはやめなさいっていったでしょ? 影でわたしをそう言う人がいるのは知っています。でもここは王宮です。場所をわきまえなさい」
「そんなぁ。王妃さまなの? どういうこと? なんでそんな嘘をつくの!」
「嘘? わたしが聞きたいです。なぜあなたはそのポルカって呼び方にこだわるのですか」
「アキルは! アキルと結婚するって約束したよね」
「こら! 王様のことまでそうやって童話の人物で呼ぶのはやめなさい」
「童話?」
「そうポルカ姫をさらった怪盗で実は王国の王子のアキル。でもそれは作り話よ。現実にもどりなさい」
「どういうこと? アキルは王様やっているの?」
アキルもいるのだろうか? たとえ記憶をポルカと同じように忘れていたとしても、どうしょうもなく彼に会いたくてたまらなかった。薄い水色の髪の毛の鋭い翡翠色の目をした少年に。
「あなたの父君を王宮で呼び捨てするのはやめなさい」
「でもぉ。アキルはアキルだよ」
「王様は忙しいの。あなたの父ではあると同時に、いまは戦争中であるのだし、公務でお忙しいわ」
「会えないんだ」
「理解して。それでも、あなたを娘として愛しているのは、かわりないわ」
「うぅう。どうして、どうして! みんな、一体どうしちゃったの!」
ポルカは侍女に視線をやると指示を出した。
「娘は疲れているようね、いつものようにお薬を出してあげて。きちんと飲ませてゆっくり休養させてあげてちょうだい」
「はい、アリア王妃殿下」
「よろしくね」
侍女は私をみて安心させるようにニッコリと笑って
「ほら姫様。笑顔をわすれないで。大丈夫! ポルカ姫と怪盗王子アキルの絵本もあとでもっていって朗読してさしあげますから」
いったい、これは。どういうことなんだろうか?
まったく状況がわからない。
でもアキルと早く会いたい。たとえ、おそらく以前のアキルではないとしても。
豪華な廊下をまた、さっきの寝室に戻る道の照明はそれほど明るくなく、わたしの気持ちをさらに沈み込ませた。そのときはまだ知るよしもなかった。王妃がいうお薬がポーションでピンク色していることに。