王室特使の女軍人
アトリエに戻る。
その前には馬車が止まっていた。
そして、このスラム街には似つかわしくない豪華な武装の騎士たちが居る。
堂々と立つ彼らは不遜な態度であきらかにアトリエの周りを警戒している。
アトリエの扉はしまっている。
いったい何があったというのだろう。
「ポルカさん、彼らは一体なにをしにアトリエの前に?」
「実はね、時々こうやって様子を見に来るんだよ。スラム街には似つかわしくない騎士たちがくることで、まわりの人たちからもすっかり疑いの目でみられちゃって」
「ポーションができたかどうかを聞きに来るのです?」
「うん、最近かなり強圧的でさ。ま、完成したから大丈夫だといいんだけど」
そういいながらも不安そうな表情をポルカは見せていて、声が弱々しい。
「アキルさんが心配です!」
「大丈夫。じゃ、行こう」
ポルカがアトリエの前にいくと、騎士たちは形だけの略式の軍礼をした。
中にはいると、そこにいたのは見慣れない姿形をした女性がいた。
彼女は藍色のジャケットに星の勲章がついた軍服を着ている。腰には短いが実戦でもつかえそうなショートソードの鞘がある。髪の毛は短くなるように結っているが、おそらくそれなりには長いようだった。
ポルカを見るとその女軍人は若干のタイムラグがあったが演技めいた笑顔を見せる。
「ポルカさん、依頼のものは完成したのでしょうか? こちらの助手の方によると完成したようですが」
アキルはややひきつった笑いをしながら
「もちろん完成していますよ」
短くと言う。
「いえ、アキルさんがポルカさんに恋をしているのは失礼ですが地ですよね?」
と女軍人は短く疑念の声をかけた。
「今回の被験者は私ではありません。いま目の前にいる少女です」
「ほほぅ、なるほど。で彼女がポーションを飲んで効果対象となったのは誰ですか」
「私です」
「わかりました。あなた、こちらにきて。名前を教えなさい」
と女軍人は私を招いた。
「リルルと申します」
「そう、私の名はサーシャといいます。このアリア星国の少将です。あとで経緯を説明いたしますね」
「経緯? ですか?」
「はい、これからあなたにはあることをしてもらわないといけません」
「なんでしょうか」
「失礼な質問をいきなりでもうしわけないですが、あなたはこのアキルさんをお好きですか?」
「なぜ、あなたにそれを言わないといけないのでしょうか?」
反感をなんとなく心にいだいた私は、無意味に抵抗した。恥ずかしいのもあったからだ。
「質問に答えていただけますか?」
「好きに決まっています!」
「なぜ、好きなのですか?」
「それは、アキルさんはいい人です」
「どう、いい人なんです?」
「わかりません、恋に理由なんて必要でしょうか?」
「なるほど、まずは合格の答えです」
「言っておきますが私はポーションを飲まなくてもアキルさんのことは好きです!」
「飲んだ。ということですね」
「ええ」
「良い回答です」
女軍人のサーシャは満足そうだ。
「彼と結婚したい?」
「!」
そうだ3人で結婚する話をする予定だった。でもアキルは私の気持ちを受け入れてくれるだろうか?
「あらあら、かわいらしい」
サーシャはクスッと笑った。
「な、なにを言っているんですか」
「顔に書いてあるわ。そんなに好きなのね」
「あなたには、関係ないじゃないですか」
「関係あります」
「どうして?」
「惚れ薬を作ることが我が国の急務だからです」
「なぜ、そんなものを」
「この国は隣国と戦争しています。戦況は良くない。正直そろそろ半分降伏のような講和を結ぶことになるでしょう。そのとき平和の象徴として、向こうの王子に人質もかねて貴族の娘を差し出さなくてはなりません。あなた名前はリルルといいましたね?」
「はい、それがなにか?」
「あなたの顔はこの国の王妃の顔そっくりです」
「そんなわけないです!」
「いいえ、見間違えるわけはございませんわ。あなた逃げ出したのね。施設から」
「施設?」
「とぼけても無駄です。あなたは実験の成功体のようですね」
「成功体?」
「ええ、王妃の子供に見せかけた少女をつくる計画のね」
「なにを言っているです!」
「ふふふ、記憶もないようですね。成功体からは記憶を奪い、異世界から魂を召喚、定着させる」
「え?」
「あなたはこの世界の存在ではないはずです。どうでしょうか? 認めていただければ手荒にはしませんよ」
「わたしをどうしようと言うのです」
「大丈夫安心して。ただ、あなたは隣国ハリスランドの王子ブレイズ殿下に嫁ぐだけです」
「そんなの! イヤです」
「可愛らしい方ね。大丈夫。あなたにはもう一度この薬を飲んでいただきます。ブレイズ殿下を心から愛するようになりますから」
「バカなことを言わないでください。絶対そんなのイヤ」
「なぜかしら?」
「アキルと結婚するからです!!」
「あら、アキルさんの意思は確認していて? 彼はポルカが好きなのよ」
「3人で結婚します!」
「ふふふ、すごいことおっしゃるのね。でもお邪魔虫はいないほうがいいと思いますわ」
「邪魔なんかじゃないです! アキルさんは、私のことカワイイって言ってくれました」
「実験のための嘘よ。バカじゃないの?」
そんな、そんな。ひどすぎる。
でも、事実をそんなに突きつけることないじゃない!
認めなたくなかった。でもアキルの目を見ればわかってしまう。
私のことを女の子として見てくれていない。
「アキルさん」
「リルル、わるい。ごめんな」
「ほらね? いいじゃない、あなた成功体で。廃棄処分されずに済むでしょ?」
廃棄処分! こんな運命なら廃棄処分のほうがましだった、と言おうとしたが、できなかった。
アキルと出会えたし。前の廃棄処分で一生を終えずに済んだことを感謝していたからだ。
「わかりました。心の準備をしたいです」
「要りません。ポーションを飲めば終わりますから」
「バカなこといわないでほしいです」
「国家の一大事です。もう猶予ないです。この国を滅亡させるわけにはいかないので」
「この成功体を連行します、いいですねポルカさん。」
ポルカは力無く頷いた。
私は騎士に両脇を掴まれると馬車に乗るように指示された。
「どこにいくんですか?」
「安心しろ。今はそれしか言えない」
と短く騎士は答えた。やがて私は目隠しをされた。正直、思考回路が焼き切れそう。
アキルとはもう会えないのだろうか?
ポルカは殺されるのだろうか?
3人の運命は終わったかのように思えた。
「安心なさい、あなたは成功したのです。誇らしく思いなさい」
とサーシャがいったのを最後に聞いたきがした。