✦ 第二章 覚醒ノ姫君 ✦ 第二話:虚ろなる夢と囮の策
前書きは何を書くのがいいのかわからないのですが、夏は頭痛がひどいのでスローペースかもしれませんが
コツコツ書いていきます♡
もし、楽しんでいただけたら嬉しいです!
霧の立ち込める戦場。
馬上にて、土方歳三は斬り結び、薩長の軍勢を次々となぎ払う。
「新選組副長――土方歳三、見参!」
叫びとともに刃は血を浴び、敵を圧する。
「鬼だ――!」
恐怖に駆られた声が上がり、薩長の兵は散り散りとなった。
だが馬は力尽き、地に崩れ落ちる。
「すまなかったな」
土方は倒れた馬の首を軽くたたき、労をねぎらうと、決然と立ち上がった。
「よし、一人でも多く斬る」
眼前に立ち塞がったのは薩長の大将。抜き放たれた刀が煌めく。
土方も構えを取る――その瞬間、剣先の先に現れたのは、かつての盟友・近藤勇だった。
「歳! 待っていたぜ!」
不敵な笑みを浮かべる近藤。
「なんだと……!」
刹那、夢は断ち切られる。
――何度目かの悪夢に、アリシアは汗を拭った。
(この世界に……近藤さんも、総司も……まさかな)
自嘲気味に唇を噛み、想いを断ち切ろうとする。
その時、扉を叩く音が響いた。
「失礼いたします。朝の支度が整いました」
老執事セバスチャンが、うやうやしく頭を下げて入室する。
アリシアは大広間へは向かわぬと告げた。気の重い政敵たちの顔など、見る気はなかった。
老執事ならば、巧みに取り計らってくれるだろう。そう期待しつつ、簡素な朝餉を待つ。
やがて食卓が部屋に運ばれ、メイドが退こうとしたその時――アリシアは老執事を制した。
「少し、話がある」
その眼差しに、かつて“副長”として策を巡らせていた頃の影がよぎる。
老執事の瞳もまた、策士としての光を宿していた。
セバスチャンは黙して頷き、静かに扉を閉じた。
その刹那、アリシアの気配が変貌する。穏やかな姫の仮面は消え、
まとうは凶気と狂気――まさに軍神の気迫。
「どうだ。反応は?」
低く響く声に、老執事はわずかな逡巡ののち、恭しく答える。
「首尾は……上々でございます。」
アリシア(=土方)は暗殺の夜から、セバスチャンに密かに命じていた。
――あえて“暗殺未遂”を伏せ、虚偽の情報を流すことを。
「姫は重傷を負い、治癒の途上にある」
「記憶は曖昧で、精神も不安定」
「食卓に並ぶほどには回復したが、公務はままならぬ」
その噂は王宮の“耳”を経て、確実に敵のもとへ届く。
真偽を確かめに動く者こそ“真の敵”――。それを炙り出す罠であった。
やがて尾ひれを得た噂は、瞬く間に国中を駆け抜ける。
「療養先で暴漢に襲われ、再起不能」
「厄介者ゆえに他国へ嫁がされる」
その一文に苛立ちを覚えながらも、アリシアは飲み込んだ。
(……まぁいい。狙い通り、敵が釣れればそれはそれで)
横目に映る老執事は、勝ち誇ったように口角を上げている。
(このジジィ、やっぱり食えねぇな)
事実、彼女の身体はいまだ回復途上にあった。
戦場で負った傷に加え、バランシア州領王を殴った際に痛めた拳の腫れも引かず、数日はフォークすら握れなかったのだ。
「……腫れはようやく落ち着いた。だが次の戦までには……もう少し時間が欲しい」
痛みすら策に織り込み、アリシアはすでに己を囮とした“逆襲”を始めていた。
「リハビリ」と称して城内を歩き回り、注がれる視線すら計算に組み込む。
その途中、五稜郭の幻影が脳裏を掠め、横顔に翳りが走る。
「いかがなさいましたか?」
隣を歩くセバスチャンの問いに、彼女は無意識に答えてしまう。
「五稜郭……仲間のことをな。今ごろ、どうしているかと」
言葉にした瞬間、アリシアはハッとした。――自分がこの老執事に心を許し始めている。
一方のセバスチャンもまた、別の思案に沈んでいた。
(ゴリョウカク……どこかで耳にした名だ。やはり姫は、かつての姫ではない……)
セバスチャンの訝しんでいる様子を見たアリシアに
「なんだ?」と問われ、彼は「いえ」とだけ答えた。
細めた瞳の奥で決意が結晶する。
(この御仁を、見極めねばならぬ……)
お読みいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?楽しんでいただけたら嬉しいです。