✦ 第二章 覚醒ノ姫君 ✦ 第一話:策謀の庭 (改)
修正に時間がかかってしまいました。
修正版をアップさせていただきます。
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──静けさの裏で、炎は燃えている。
暗殺未遂の夜、黒煙は静かに立ち上る。王宮の闇に紛れた刺客たちは、アリシアと老執事セバスチャンの手によって、誰にも知られることなく,死体も血の跡も、密かに処理された。
この夜の出来事は、ただの序章に過ぎないことをアリシアもセバスチャンもわかっていた。
翌朝、王宮では何事もなかったかのように荘厳な礼拝が始まる。神官の祈り、貴族たちの整った所作、
規律を保つ沈黙。王宮のすべては“平穏”という仮面をつけ、芝居を続けていた。
だが、ただ一人、アリシア・ヴァルキリア・フォン・エリュシア=土方歳三の胸に残されたのは、冷徹な確信だった。
(あの刺客たちは外から来たのではない。王宮の内側から招き入れられたのだ。)
この城を侵すのは容易ではなく、魔術による三重の防壁と、訓練された衛兵たちによる昼夜交代の警備。それでも奴らは、王女の眼前にまで忍び込んできた。それは王家の中に“裏切り者”がいる証拠だった。
静かに瞳を閉じたアリシアの心に灯るのは、怒りでも恐怖でもない。それは──戦場を生き抜いた者だけが持つ、“覚悟”の炎。
「おもしれぇ!すべて叩き斬ってやる!」
その日、アリシアは新たな行動に出ることを決意した。バランシア州領王・カイシュレットの失脚を受け、その統治を自らの手で預かると宣言したのだ。
宮廷は騒然となり、王妃や強硬派・右大臣アストリウス侯爵は激しく反対する。
「姫が州を治めるなど前例がない。」
だが、左大臣で教会騎士団の監察官・シグルムントは微笑みながら言った。
「面白いではないか。姫君の統治、私も見てみたい。」
二人の意見がまとまることがないのはいつものことだが、
王は迷った末、アリシアの申し出を承認する。
こうして、アリシアは再びバランシアへと向かうことになった──己の“戦場”へ。
その日から、アリシアは決意を新たに王宮での食事方法も変えた。それまで一人で食べていたのだが、
どんなに忙しくても家族と共に食事を取るようにした。
それは、一般的な家庭団欒ではなく、ただの上っ面の会話。
権謀術数の狐と狸の化かしあいに参加することと同意であった。
(オレを暗殺しようとした阿呆をみつけてやる。)
真の敵とその陰謀を探るため、自分を殺そうとした奴を見つけて斬るという決意と共に会話に加わる。
セバスチャンに通された広間は、中央に何本もの蝋燭と花々に彩られた巨大な長机と天井にはシャンデリアが無数ぶら下がっており、、壁沿いには沢山の執事とメイドが並んでいた。
西洋とはこういうものかと感心しながら、心の隅の方で
「元の世界に戻ることができたら新しい“”形”を取り入れても面白い」と考える自分がいて苦笑する。
長机には、王と正室を中心に家族が囲んでいた。
王と王妃を見て右側のラインには第一継承権を持つ弟・ナルシリス、その隣に自分が通され、その隣に第二夫人と王女イリシア、左側のラインには第三夫人とウルシアが座る。
アリシアは隣に座るナルシリスをチラリと数回見ては心配する。
言葉にすると“いいやつすぎる”からだ。
このギスギスした状況下でも笑顔を絶やさない。
ニコニコとして食事を運ぶメイドや執事にもきちんと礼を言い、
「お父さま、お母さま、おいしいですね。」と楽しそうに両親である王と妃に話をする余裕を見せる。
「こいつは本物のバカか、大物かのどっちかだな。」
土方は独り言をこぼすが、同情の気持ちも湧く。
ナルシリスは正当な後継者でありながら、剣より学問と魔法を好み、優しすぎるがゆえに「王の器ではない」と侮られ、貴族たちに冷遇されていた。
権謀術数渦巻くこの王宮で良い奴はすぐに死ぬ。
「こいつも長くはないな…」
前世で出会った“いい奴”たちの顔を思い出す。将軍だろうと、何だろうと、偽善者にとって邪魔者は、毒殺や惨殺される運命にあった。
彼を見ていると人の好い慶喜公を思い出す。
あの戦いがなければ聖人君主だったはずだ。
(お願い。ナルシリスを弟を守って…)
アリシアの想いが流れ込んでくる。
そして、そのときは決まって頭痛を起こす。
「くっ。」 アリシアの顔がゆがむ。
(アリシア、心配するな。お前の意志はオレが継ぐ。コイツ次第だがな。)
密かに心で誓う土方だった。
突然(おそらく顔を歪めたのを見て)
「アリシア様は体調はいかがなの?」
第二夫人が先陣を切る。
「イリシアも心配よね~」と娘に話をふる。
第二王女であるイリシアも気まずそうにうなずく。
(嘘をつけ!心配しているのは、オレの体調が元に戻ってしまえば政敵が増えるからだろうが!)
イスを蹴り上げ、斬たい衝動をおさえながら、冷静に対応するアリシア。
「御心配痛み入ります。まだ、ちょっと本調子ではございません…。記憶も戻りませんし頭痛もたまに」
あえて、体調不良を訴えて様子をうかがう。
(オレも姫様が堂に入ってきたか。)
自分の演技に土方が自画自賛をしていると
そこに目の前の第三夫人が待ってましたと言わんばかりに畳みかける。
「そうよね。政治は我々に任せて。ゆっくり休んで!素敵な婚約者もいるようですし。ああ、そうだナルシリス王子も無理しなくていいのよ~。政治は体に答えますものね…」
第三夫人の嫌味にイラっとしながら、セバスチャンを見る。
セバスチャンの心配そうな眼差し。
(ここはこらえてください。)
そんな思いが伝わってくる。
自分ばかりか、正室への第二夫人、第三夫人からの牽制と王への娘自慢、そして時折交わされる遠回しの嫌味。
土方は、ただ一言(疲れる・・・)と辟易していた。
この居たたまれない空間に“本物のアリシア”がよくいられたなと、彼は関心しつつも、弟への決意にも勝る愛を感じ取った。
(しかし…とはいえ…)
この国の内政を学んでいるときのセバスチャンの言葉を思い出す。
「姫様、今回の刺客は外の者ではありません。王家の中に“鍵”を持つ者がいる。それも、かなり高位の者です。」
アリシアは小さく頷き、心の中で言葉を刻む。
(これは継承争いではない。“内戦”だ。)
そしてセバスチャンは、アリシア(=土方)の思考を察知したかの様に言葉を続ける。
「第二王女イリシア様は、かつてアリシア様をお慕い申しておりましたが、母である第二夫人と貴族たちに利用され、政争の駒として立たされてしまいました。いわば、アリシア様の政敵」
イリシアをチラリと見ると目も合わさない。
青い顔をして微かに震えている。
セバスチャンはこうも続ける。
「そして最も危険なのが、第三王女・ウルシア。
第三夫人の導きで、グリーディス帝国の第八皇子と密かに婚約し、おそらくは…外敵の力をもって王家の転覆を狙っております。」
すでに“謀反”の色を帯び始めたその行動は、見逃せぬ脅威であった。
目の前の第三夫人にイラっとしながら、
「ええ。御心配ありがとう。わたくしもナルシリス王子も政治を続けられます。王子はきっと立派な国王になりますわ」
とありったけの嫌味をかましてみる。
第三夫人もその娘のウルシアも唇をかんで悔しがっていた。
「ざまぁ。」と舌を出しつつ、改めて王子を守ろうと気合を入れる。
その夜、アリシアは弟ナルシリスの部屋から光が漏れているのを見つけのぞいてみる。
そこには机に向かい勉学に励む彼の姿があった。
「まだ勉強しているのか?」
寂しそうにナルシリスは答える。
「僕には剣の才がありません。姉さまに勝てたためしがないし…いっこうに上達しない…。だから、僕なりの強さを身に着けたいんです。
剣を超える強さ…。今はどれとは言えませんが、その強さでお父様もお母様もお姉さま、もそして国民を守りたいと思っています。」
しゃがんで顔を覗き込むアリシア。
ナルシリス王子の顔には弱弱しいながらも決意のそれがあった。
平和に対する想いを語った時の慶喜公の目に似ているような気がした。
(こいつ…。本当に…。)
少し考えてから、アリシア(=土方)は“本物のアリシア”に語りかける。
「おめぇさんの弟は将来、大物になるかもしれねぇな。」
不思議そうな顔で見上げるナルシリア。
(おっと、最近独り言が多くていけねぇな。)と苦笑いを浮かべるアリシア(=土方)
月の光に釣られ、ふと月が浮かぶ空を見上げるとなんだか、アリシアがほほ笑んだ気がした。
ナルシリス王子が間を開けて
もちろん僕が剣が強くなれば、すぐに皆を守れると思うのだけど…」
アリシアは微笑み、優しく弟の頭に手を置く。
「お前はお前のままでいい。私は、“王”となるお前の剣になってやる。」
その言葉に、少年の瞳が静かに炎のように燃え上がる。
だが──
土方は、王国を蝕むものは内政だけではないことに気づいていた。
おそらく闇がこの遥か先にも続いている、そんな気配を感じとっていた。
(準備しねぇとな。遅かれ早かれ戦の波がくる!)
その予想はあたっており、
遥か東方、グリーディス帝国。新たな刺客が国境を越えるべく準備に入っていた。
神にすら禁じられた“異教の印”を刻んだ者たち。帝国と結びついた暗黒の教団。そして、アリシアという“変わり果てた姫”に興味を抱く、得体の知れぬ存在──
それは、世界の“夜”が動き出す、静かな合図だった。