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✦ 第一章:目覚めよ。姫君 ✦ 第五話:姫 剣を振るうは未だ早し

――怒涛の一週間。


アリシア(=土方歳三)は冷静になるため、今までの動きを一つひとつ振り返っていた。


執務室には王国の政治と歴史を記した分厚い書物が山と積まれていた。

セバスチャンが差し出したのは、王国の地図と、王家の系譜図である。


「……王国の名は、アメルド王国。小国なれど、かつては騎士と魔術師が並び立つ強国でしたが、今は貴族の腐敗が進んでおります。」


「それでオレの…いや“ワタシ”の名は?」と誤魔化すための咳を加える。


「アメリア・ヴァルキリア・フォン・エリュシア様。第一王女様ですが……

この国は、女の扱いは軽うございます」


「……なるほどな。居場所がねぇってわけか。ま、慣れてるさ。」


アリシアは地図の一点を指差した。


「この周辺に“戦”は?」


「隣国との国境で小競り合いが……それと、内地でも暴動や略奪が頻発しております。民の不満が高まっている証です。」


「腐った政治が原因か?」


「……はい。貴族による重税と圧政。特に、第二王子派の貴族たちは、民など“家畜”としか思っておりません。そして地方には目が届かず、地方貴族の思いのまま……」


どこにでもあるんだな。腐った国は…と思いながら

「まぁ。家族構成は頭に入っているから、おさらいは後にして…」


アリシアは外套を羽織り、立ち上がった。


「見せてもらおうか。“この国”の腐りっぷりをよ」


――数刻後。


アリシアとセバスチャンは馬車に乗り、城門を出ていた。

記憶を取り戻すという名目での散歩だが、その目はすでに「調査官」の眼差しだった。


「このアメルドは五つの州から成り、それぞれの州に領王が存在し、それぞれの法をもって支配しております。」


「……自由すぎる王国だな。」


「はい。爵位や身分制度は共通ですが、税や法の適用は領王の裁量により異なります。」


アリシアは「裁量ねぇ……。」と独り言をつぶやいた。


都市から離れるほど自然豊かになる風景に、彼女は幼き日の多摩の原風景を思い出していた。


そして州境を越え、バランシア州の州都近くに差し掛かったそのとき――


処刑場の叫び声が耳を打った。


「この者たちは、王国の法を犯した! 民の模範とするため、火あぶりに処す!」


晒されたのは、痩せ細った少年とその母親。

罪状は――パンの盗み。


「ほうびだ! いい火加減で焼いてやるぞ!」と高笑いする貴族。

兵士たちは嘲笑い、民は目を背ける。

誰も止められない絶望が、そこにあった。


そのとき。


「何の騒ぎだ?」


アメリア姫の馬車が、処刑場の前で止まった。


「おや、誰だお前は?」と、処刑を命じた貴族が侮蔑の笑みを浮かべる。


しかしアメリアは、静かに馬車を降りた。

瞳は鋭く、空気が凍るような緊張感が周囲を包む。


「子供と母親の罪は、“パンを盗んだ”と聞いた。理由も聞かずに火あぶりとは、法の名を語るにはおこがましいな」


「何だと!!」

エラそうに言われたのが気に障ったのか。


貴族が叫ぶ。

「オレ様が、領王のカイシュレット様だと知ってのことだろうな?」


アリシア(=土方歳三)の脳裏に急に海舟の名前がよぎる。


「カイシュウ……」

完全な聞き間違いだが、怒りに近い感情が沸き上がる。

オレ達新選組を賊軍に売り渡した男…勝海舟を思い出す。


それを聞いた貴族が、叫ぶ。

「よく聞け!!!俺様は、カイシュウではなく、カイシュレット様だ!!!」

「小娘。その生意気な口を喘ぎ声しか出せない口にしてやるわ!たっぷり可愛 がってやる!」舌なめずりをして一歩踏み出そうとする。


「黙れ」

その瞬間、一気に詰め寄り、徒手空拳を鳩尾に放った。


「かはぁっ!!!」と領王がうずくまる。


「嫌なもんを思い出しちまった…。新選組(オレたち)を売り渡しやがって、あの裏切りもんが…」


完全に八つ当たりだった…


それを見ていた貴族の部下らしい数十人の男たちが、慌てて立ち上がる。

「てめぇ!!」


その言葉でアリシアのいや、土方歳三の怒りがさらに増した。


「あ?」

その一言と同時に、空気が変わった。


アリシアの眼差しが放った“何か”に、男たちは本能的に凍りついた。


殺気――などという生易しいものではない。


それは“死”そのものの輪郭が、刃のように鋭く、肌を裂いて突き刺さるような感覚だった。


ただ視線を交わしただけで、呼吸が止まり、身体が軋む。

一歩、踏み出すことすら“命を賭ける”と悟らせる絶対的な威圧。

眼前にいたのは、可憐な姫ではない。

魂の深淵から放たれた――生きることに飢えた獣のような、あるいは“死神”そのものだった。


常人の理性など、その場で蒸発して当然だった。


「処刑は中止だ。貴族、もういちど、名を名乗れ」


「カ、カイシュレット……」

アリシアの一撃の衝撃と恐怖、そして恥ずかしさから、蹲ったままの姿勢が解けなかった。


威厳と恐怖をまといアリシアがいう。

「覚えた。次、民に手を出したら――お前が“焼かれる”番だ。」

「あとで沙汰を申し付ける」


「あ・・・あなた様・・・は?」苦しそうに領王カイシュレットが聞く


どこから現れたのか領王の前に立ち。

どこか誇らしげに、そして威厳のある言葉で名乗りを上げる。


「このお方をどなたと心得る。かのアメルド王国。

第一王女アメリア・ヴァルキリア・フォン・エリュシア様であらせられるぞ!!!」


その場にいた誰もが言葉を失った。


そして去っていく姫の背に、民のひとりがそっとつぶやいた。


「……鬼……」


✦ 夜、王宮にて ✦


「アメリア。今日は騒ぎを起こしたとか?」


王妃の声は優しくどこか憂いを含んでいた。


アメリアはにこりと笑いながら、答える。


「母上。民の声を聞かぬ貴族こそ、“騒ぎ”を起こしているのでは?」


「あなたは“姫”。剣を握る必要など――」


「“姫”だからって、目の前の悪を見逃せと?」


アリシアの目つきが変わった。

一瞬にして殺気で空間が凍る。

舞台照明の様に月光がバルコニーに差し込む。

光を背に、姫は冷たく言い放つ。


「悪を斬る。それが、“鬼”の役目だろう」


――それは、かつて副長と呼ばれた男の魂が宿る、姫の「裁き(すがた)」であった。

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