✦ 第一章:目覚めよ。姫君 ✦ 第三話:折れぬ剣、眠れる獅子 (改)
第三話:折れぬ剣、眠れる獅子
アリシア姫(=土方歳三)は、日に日にその姿を変えていた。
彼女の目は、ただの姫君として過ごしていたころのものではない。
心の中には、かつて新選組の副長として戦った土方歳三の魂が宿っている。
彼女の姿はただの姫ではなく、国家を動かす力をもつ一国のリーダーそのものであった。
アリシアはセバスチャンに次々と命令を飛ばす。
指示は簡潔だが、そこには常に深い意図が込められていた。
「セバスチャン、この国の地図を出せ。国境、戦況、内政、宗教、派閥……
すべてだ。それと、王族の系譜、現在の権力者。城の見取り図もな」
老執事セバスチャンは驚いた表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに静かに頭を下げ、命じられた通りに資料を運んだ。
その背後には、アリシアの進化した姿が確実に見て取れる。
彼女は空いている時間をすべて、学びと修練に費やした。
歴史書や政論書、戦術・戦略論、武術書等々、あらゆる書物を貪るように読み進め、筆をとっては計算し、魔法理論にまで手を広げた。
時には実践を試みる。
その目は、かつての戦場で見た「戦術」「駆け引き」を再現しようとしているかのように輝いている。
「……この国。おもしれぇ……」
ニヤニヤしながら書物を漁る様に読むアリシアに、老執事の目は険しかった。
(まさかな……とはいえ…)
姫様は変わられた! というのが率直な意見だった。
しかも良い意味で。だから問題はない。問題はないのだが…
「……この国。腐ってやがる……」
アリシアは、老執事の考えなど気にせず、独り言を言っては憤っている。
(そこは、まだ少女といったところか…)
思わずつぶやいた言葉が、深い悔しさと共に心に響いた。
かつての戦場で見てきた光景と重なるものがある国の無能さ、守られない民、無意味な派閥争い。
そして、戦争が生み出す無慈悲な結果、いつも苦しむのは民だった。
それらすべてを解決しなければならない
ふと目から頬にかけて流れるものに気づく。
――その決意がアリシアの胸に刻まれていたのだろう。
(おまえもかい。アリシア。必ず、この体はおまえさんに返すぜぇ。)
――土方も堅い誓いをたてる。
「そして、元の世界に必ず。」
かなりの時間を費やしていたのだろう。気づくと背中が痛くなり背を伸ばす。
う~ん。
「さて・・・と」
日が陰り、涼しくなるのを見計らい庭に出るアリシア。
姫の姿には不似合いな木刀が、風を裂いた。
最初は武器庫の鉄の剣を握ったが、震える腕がその重みを拒んだ。
「……ちっ。腕がついてこねぇな。今の筋力じゃまともに振れねぇか」
情けねぇったらありゃしねぇ。
かつての新選組副長の名がなくぜぇ、と思いながら苦笑いを浮かべ、代わりに木刀を手にする。
その木刀を握る指には、姫らしからぬ固い覚悟が宿っていた。
力強く、決意を込めて振り下ろしたその動きには、すでに戦場で鍛えられたかのような鋭さがあった。
目覚めてから此の方、何千回、何万回と振り続けたかわからない。
ふと、窓の外に視線を向けると、王と王妃の姿が見えた。
二人は静かにその様子を見守っている。
「あなた……」
「大丈夫だ、心配するな。様子を見よう。あの子は……何か、成長ように思える」
王妃の言葉には心配の色が浮かんでいたが、王の表情はどこか誇らしげだ。
しかし、その言葉の裏には、姫の成長に対する期待と、同時に恐れも感じいていた。
「あの子は、気づいてしまったのではないか…」
王は思考を巡らし、王妃に声をかけようとするも胸に秘める決意をした。
しかし、その背後にこちらの様子をじっっと見ている影があった。
――この国の未来を握る者たちの、見えざる手が動き出していたことにアリシアは知る由もなかった――