✦ 第一章:目覚めよ。姫君 ✦ 第二話:「かしこまりました 姫」 (改)
第二話 「かしこまりました 姫」
土方歳三の魂は――確かに、そこにあった。
分からぬように周囲の状況を把握する。冷静さは健在である。
どうやらこの身体の持ち主は、無謀にも戦場のど真ん中に単身突っ込んだらしい。
「あれはやはり、夢ではなかったか…」
昏睡から目覚めた自分は「アリシア」という名で呼ばれていた。
冷静に話す執事と、興奮気味な侍女の言葉から、
大体の状況は読み取れた。
様々な声が何重にも重なる…
(あ~うるせぇ)
激しい耳鳴りと全身に痛みが走る。
「こりゃ。擦り傷や切傷だけじゃすまねぇな。内臓もやられてる。」
馬に乗った兵士たちが突っ込んくる場面を思い出しながら
(なんであの状況で、オレは生きてるんだ?)
しかめた顔で耳を小指で掘りながら、
「……とはいえ、この状況をどうするか?」と独り言ちる。
天蓋が揺れる豪奢なベッドの上で、姫――否、土方歳三は頭を抱えていた。
周囲の者は「記憶を失った姫が葛藤している」と信じて疑わない。
だが実際は、“異世界転生”という冗談のような現実に怒りと困惑を抱える
元副長が、思考の渦に沈んでいた。
口にこそ出さぬが、心の中は嵐のように荒れている。
戦場で(おそらく)討ち死にしたはずの己が、異国の姫として目覚める――。
滑稽以外の何物でもなかった。
それでも土方は、自らを律する冷静さを取り戻していく。
自分はなぜ生きているのか。
「というか、生かされている…といった方が正しいか。」
と呟くアリシア姫(歳三)
生きているのなら――やるべきことがある。
沈黙の中、姫は顔を片手でおさえ、震えていた。
「……姫様……」
かすかな声が落ちる。
涙ぐむ侍女、跪く者――皆が“記憶を失い、混乱する姫”を哀れんでいた。
だがその震えは―― 笑いだった。
「……フ、ハハ……ハハハハッ」
笑い声は徐々に鋭さを帯び、獣のように響き始める。
「神か仏か知らねぇが……」
顔を上げた“姫”の双眸は、猛火のように燃えていた。
「オレに“試練”でも与えたつもりか? ……とんだ遊びをしやがる」
「だがな、覚えとけ――」
「この土方歳三…負けねぇ。必ず元の世界に戻ってやる」
迫力に息を呑む者たち。
姫は立ち上がり、声に威厳を宿す。 “姫”は再び笑う。
低く、喉の奥で。戦場の鬼の如く。
「おもしれぇ……上等だ」
そして、眼前の執事を鋭く見据え、言い放つ。 「おい、老人。名前は?」 再び進み出る老執事。静かに頭を垂れる。
「姫の忠実なるしもべ。セバスチャン・ローズ・ロックハートと申します。」
その動きは、まるで洗練された老騎士のようであった。
一瞬、歩みが鈍るが、それを微塵も表情に出さない。
声は澄み、背筋は伸び――その身には“静かなる構え”が漂っていた。
土方、いやアリシアは目を細める。
(……ただの爺じゃねぇな、こいつ)
だが深入りはしない。ただ口角を上げ、笑う。
「セバスチャン、来い」
空気がわずかに引き締まり、老執事は微かに嬉しそうに微笑んだ。
「かしこまりました 姫」
アリシアは颯爽とガウンを羽織り、老執事を連れ部屋を出ていく。