S.S 旅立ちの日
数日前からユユさんはテツにべったりです。リリちゃんも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とついて回っています。
そう、いよいよテツとアベルが冒険者として町を出る日が近づいてきました。この日のために俺はテツとアベルに出来る限りの事を教えてきました。親バカと言われるだろうけど、ちょっと怪しい装備も揃えて渡しています。
そのために二人は連日、鍛冶屋のバルトさんや防具屋のジルさんの元に装備の手入れについて指導を受けに行っていたし、武器の使い方に慣れるために森へと狩に行ったり忙しくしていましたが、さすがに残り数日となると準備も終えて家族でゆっくり過ごす事にしたようです。
「準備は終わったのかい?」
「ああ、もう全部準備おわったよ」
部屋で荷物を纏めていたテツが、いつも皆がいる部屋に戻ってきた。サッとリリちゃんがテツの隣に座る。
ユユさんはちょっと残念な顔をしてから、テツにお茶を聞いて、用意しに隣の部屋へと移動した。
「王都までだっけ?」
予定は聞いていたが、やっぱり何度も聞いてしまう。
「取り敢えずね。だけど何があるか分からないし、色々見てみたいとも思っているから。父さん達が冒険者をしていた時の思い出の場所とかないの?」
「ええ!?」
急に冒険者だった頃の話を聞かれて驚いてしまった。今まで、そんな事は聞かれた事もなかったから。
「どうしたの急に? 今まで聞いてきた事なかったよね?」
テツは、ちょっと恥ずかしそうに頭を掻きながら。
「いざ冒険者として活動しようと思ったら、一番身近にいる父さんの冒険者時代の話は聞いた事無かったなと思って」
「そうだっけ?」
「そうだよ。冒険者としての基礎や、森の狩なんかは教えて貰ったけれど。父さんの冒険者時代の話は聞いたことがない」
「私も聞きた〜い」
んー、リリちゃんからもそんな目で見られたら、お父さん困っちゃうな。
「いいじゃない、ゴウさん。話してあげなさいよ」
お茶を用意していたユユさんが、そう言って部屋に入ってきた。
「ええーっ、ユユさん。んーどうしようかなあ……」
「そんなに悩まなくても、私たちの出会いの村の話でもしてあげたら?」
それいいの? とユユさんを見ると優しく頷いてくれた。リリちゃんは、両親の出会い話しと言うだけで目がキラキラしています。
「それじゃ」
「俺は、十五歳で冒険者として村を出たんだが、それから十年くらい過ぎた時だったかな。それまで組んでいたパーティが結婚とか安定とか言い出して、当時調子に乗っていた俺はパーティを抜けて一人で旅を始めたんだ。そんな俺が、国境を超えて別の国の、また別の国に近い山奥で人とも殆ど出会う事も無いような山を彷徨っていた時に……」
……
トスッ!
「そこの冒険者! それ以上こちらに入り込むと命の保証は出来ない! 直ちに来た方向へ帰りなさい!」
俺が獣道を進んでいると、ほど近い距離に矢が刺さり。かなり遠くから良く響く声が聞こえてきた。
声を無視して一歩前に出ようとすると。
ドスッ!
さっきより強い勢いで、さらに足元に矢が刺さる。
「これは警告だ! それ以上は当たっても知らないぞ!」
俺は相手に分からないようにニヤリと笑い。背負い袋を落とすと一気に駆け出した。
向かってくる矢は当たりそうなものだけ弾くが、殆ど当たるぞ、これ。一体どんな相手だ?
さっきの声で場所の目星は付いている。あの崖の上の窪地! 狙いを定められないように動きに緩急をつけながら相手の元に走る! 近寄るにつれ、相手が慌てている感情も伝わってくるようになった。
「!!」
ゴッ!
突然、それまでと全然勢いの違う矢が飛んできた! 超強弓特有の矢の鳴りが聞こえたぞ、どんなバケモノが弓を引いているんだ?
姿勢を下げ、さらに狙いをつけ難くしながら一気に速度を上げる。矢は飛んでくるが、もう当たる矢はない。
一瞬相手の視界から外れ、崖を駆け上がり、目の前に飛び出す!
剣を突き出し、相手を取り押さえようとした瞬間!
・
・
・
俺の世界が止まった。
数多の醜美を見てきたが、こんなに素敵な女性を見たのは生まれて初めてだった……。
鼻と鼻がくっ付きそうな距離まで近寄り固まった俺は、そのまま背後から誰かに殴られて気を失ってしまった。
・
・
・
「ううっ」 ズキッ!
目が覚めると殴られた場所が痛み、思わず手を当てると治療がしてある事に気が付いた。てか、どんだけの力で殴ったんだ!?
もそもそと動いていると、柵になった入り口から声が掛けられた。
「気が付いたか?」
姿は見えないが、声はあの時警告してきた声の主だ。
「ああ、姿は見せてくれないのか?」
「すまないが今はまだ無理だ、お前の尋問も終わっていないのでな。これから人を連れてくるから、素直に尋問に答えてくれたら悪くはしない」
取り敢えず、すぐに始末されたりはしなさそうだ。
「分かった、ところで俺の荷物はどこにある?」
「そこの、部屋の角に置いてあるはずだ。悪いが武器はこちらで預からせて貰っている」
「ありがとう」
そう言うと、声の主は遠ざかって行った。
荷物を確認すると、無くなっている物は何もなく。案外まともな集落なのかと思った。先ほどから離れた位置からの視線を感じているのだ。監視の視線と、興味本位の視線。少なくとも人々が生活出来る程度の集落だったようだ。
程なくして、また新たな人の気配が近寄ってきた。
「ほらお前達はあっちへお行き、見せ物じゃないよ」
そんな声が聞こえて、感じていた興味本位の視線はバラバラと散らばって消える。そして、入り口に現れた年寄りの女性。
「何じゃ! 年寄りで悪かったな!」
「えっ!? 声出てた?」
「声に出さずとも顔で分かるわ!」
どうやら顔に出ていたらしい。
「それだけ元気なら大丈夫じゃろう、ちと話を聞かせて貰うよ」
「分かった。あと、治療ありがとう」
オババはちょっと意外そうに目を見開いて。
「まあ。こっちも、ちと加減を間違えたからな」
やっぱりね……。
「おほん。でお前さん、何でこんな山奥までやってきた?」
ギロリと睨む目、嘘を吐いても全て見透かされそうだ。
「別に。当てはなかった、とにかく人がいない場所まで行ってみたかったんだ」
「何じゃ……単なるど阿呆か」
厳しさが抜けて、呆れた視線に変わる。
「ど阿呆て。まっ、その通りなんだけどね」
「ま、良かろう」
「おばば様!!」
隣でずっと険のある目線を向けていた男が叫ぶ。
「この男は危険です! あのユユリーナの弓を、避けて走って近寄ったのですよ!」
「何じゃ、自分には無理な事をこの男がやって退けたのがそんなに悔しいのかい」
「な!!」
言われた男の顔がみるみる怒りで赤くなる。
「シュリュウよ、お前さんが殴った傷を。この男は責める事もなく治療して貰った感謝を口にしたのじゃ。単に悪い男ではなかろう」
「さあ、戻るぞシュリュウ。お前さんにも後でメシを届けさせるが、量には期待せんでおくれよ」
そう言って婆さんは、シュリュウと呼んだ男を連れて戻って行った。
コトン。
暫くしてメシが届けられた、持ってきてくれたのは。
「ユユリーナさんかい?」
突然名前を呼ばれて驚くユユリーナさん。
「いきなりごめん、さっきシュリュウと呼ばれてた男がそう言っていたから。昼間は驚かせて済まなかった」
「私こそ、つい本気をだしてしまった。だがアレを避けられたのは焦ったぞ! よく避けれたな」
本気って、当たってたら生きていないし……。