第五十七話、不穏な気配二
何だか胸騒ぎがする……。
昼間の町長の話もあり、ずっと落ち着かなかった俺だが夕暮れになって急に嫌な予感が働いた。
防具をつけ、念の為にショートソードを持ちユユさんに町を見回ってくると声を掛ける。
「とうさん! オレも行く!」
防具を付けたテツが追いかけて来た。
「ダメだ、テツは家で母さんとリリを守っててくれ、出来るだろう?」
「あ、ああ! 任せてくれ」
頼もしい顔付きになった息子に、俺達は腕をぶつけ合って別れた。
町の中はいつものようでいつもの感じではなかった。それでも家々からは晩飯の匂いがしていつもの様子が伺える。鍛冶屋の所は若い連中もいるから大丈夫だろうと踏んでジーンの所へと向かう。
道すがら様子を伺っていたが、特に変わりなくジーンの家に近づいた時だ。
ガシャーン!!
ジーンの家から走り去って行く複数の人影。
「まてっ!」
と言って止まるはずもなく、走り去って行く人影のみ確認してジーンの家を確かめる。
「!!」
家の中で倒れている人が!
「ジーン!」
倒れているジーンに駆け寄り、声を掛ける。
「う…… うう… っ」
意識はある! 血が流れている様子はないから何処か切られている訳では無さそうだ。一先ずは安心か? 殴られて倒れ込んだのだろうか。
「おい! 聞こえるか、オレが分かるか?」
「…… う…… ゴウか?」
気が付いた!
「ゴウ!? お前の家が危ない、アイツらお前の家も襲うつもりだ、オレは大丈夫だから早く戻れ!」
こっちも緊急事態だった!!
「クソッ!!」
幸い、近所の人が気づいてくれたので後を任せ。町長にも知らせるようにと人をやらせて俺は全速力で家へと向かっていた。
さっき見たのは四人、昼間聞いたのは三人組と言っていたから追加が来たのか? とすると家に向かったと言うのも最低三人はいると思った方が良いか?
「テツ…… 堪えてくれよ」
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家が見えて来た! 家の外で人影と、騒いでいる声が聞こえる。
「おら! 出てこい!」「クッソ硬えぞ」「裏へ回れ!」
良かった、テツも家の中で篭ってくれてたようだ。
家族が無事だと分かれば俺が表立って出て行くよりもやる事がある。出来るだけ気配を殺し、足音を消して裏庭へ回る。裏に三人、表にニ人いたから五人か…… ちと多いな。
「!!!」「……っだ!」「何!」
表から声が聞こえて一人がそちらに移動した、こっちには二人だが…… 一人、ヤバい奴がいる。
間違いなく強い。身なりは冒険者だが使いこなれた感じの防具を身につけ、腰にも他の奴とは違うぶっといのが下げてある。
どうする…… 待っていれば騒ぎを聞きつけて人が集まって来るだろう。町長の所からもあの二人が来てくれるかも知れないが……。
バキバキッ!
「ッ!」
弱気な事を考えていたら、奴ら小屋の鍵を壊して中に入ろうとしていた! まずい! あの中を知られたら!
どうする! 考えろ! 考えろオレの灰色の脳細胞!
「チッ! こっちには何もねえ!」
幸い先に入ったのは納屋の方で中を見て直ぐに出てきたが、次に向かうのは…… 当然。
「とすると、あっちか」
獲物を見つけたような目で蚕小屋の方を睨み小屋へと向かう二人、当然のように鍵を壊し扉を開けて中へと入っていく。
俺は納屋の方へ移動して、どうすれば良いか考えているとふとある物が目に入った。
「……これしかないか」
その物を手に取り、蚕小屋の方へ移動する。
「何だこりゃ」「虫だ……気持ち悪ぃ」
奥へと入っていった賊の声が聞こえる、見られてしまったか…… 仕方ない。
「うりゃ!」
手に持った袋を中に投げ入れる、出来るだけ中身が飛び散るように!
「うわ! 何だ!」「クソッ! 目が!」
バタバタと中で暴れる二人。
いいぞ、もっと暴れてくれ。
「もう一丁!」
もう一袋、そして仕上げに!
「火」
ワイルドターキーの魔石を投げ入れる!
ゴッ! ドゥゴォーーーーーン!!!!
燃え上がる炎、粉塵爆発だ! 燃えてしまえ!
次の瞬間、炎の中から一つの火だるまが飛び出して来た、くそッ仕留め損ねたか!
火だるまが地面を転げ回り炎を抑える、まだ火の燻る体で起き上がり辺りを見回し俺を見つけた……。
「キサマァ!」
先ほどまで辺りは暗くなっていたが、爆発で燃え上がった蚕小屋の炎で赤々と照らされ明るくなっている、俺の姿もハッキリと見えているだろう。
「もう隠れる事も出来ないか、しゃあねえ……」
咄嗟に顔は庇ったのだろう、煤けた顔のその目には怒りに塗れ、焦点は合っているのか合っていないのか、完全に興奮状態のワイルドベアーのようだ。
「!!」
ガッ、キィーーーン!!
咄嗟に振られた大剣を捌こうとしたが重すぎて手が痺れる。ヤバい、完全にストッパーも外れている!
ガッ!! ガッ!! ガッ!!
剣を振るたび地面まで抉る!
そんな振り方をしたらあっという間に大剣がダメになってしまうが、そんな事も意識にないのだろう。
こちらの剣も合わせていられない、何とか捌くので精一杯だ! 偶に掠るだけでもかなり痛い!
グオーーーーッ!!
「熊か!!」
咄嗟に足元に逃げ込み、足首に剣を叩き込む!
ザシュ!
火だるまは腱を切られて片膝をつくが、その状態から強引に大剣が横に振られた。
ブゥッ!
ガッ!!
左腕と剣をクロスさせ、体を使って大剣を受け止めたが跳ね飛ばされる。
クソッ!
「ヴガァーー!」
片足を引きずり、大剣を構えて向かって来る火だるまが大きく振りかぶる。
「うりょ!!」
ドスッ
「ゴフッ!」
背後から近寄っていたテツの槍が突き刺さる。
「ッ…… ギザマァ」
「煩い黙れ……」
ドスッ
俺の剣が火だるまの喉を突き、止めを刺す。
崩れ落ちる火だるまだった男……。
「テツ、助かったありがとう」
人を刺した事にまだ放心した状態のテツの肩を叩いて気を入れる。
「……っ、とうさん」
家の方を見ると、ユユさんとリリちゃんの寄り添う姿とあの二人の影も見えた。
「テツ、かあさんとリリを守ってくれたんだな」
「おやじと約束したからな」
一皮剥けて男の顔になったテツ。
長い一日がやっと終わろうとしていた……。
バギッ!、バキパキッ!ガラガラガガッ!
突然、激しい音と共に何かが崩れる音が響く、燃えつき崩れ落ちる蚕小屋。
消えてゆく火の光に照らされた父の横顔は寂しげで。その時、父が何を思っていたのか。オレは声をかける事も出来なかった。
「とうさん……」