第二話
「盗賊だぁー」
前を行く馬車から周りへ知らせる声が届く。
「あなた!」
「大丈夫だ、これを頭から被ってじっとしていろ」
怯える妻と幼い赤子に厚手の毛布を被せて姿を守るようにする。こっちの馬車は辻馬車だ。御者も、乗っている客も武器が使えるような者は居ない。先を行っていた商人の馬車には護衛もついていた、盗賊がどんな人数か分からないが、こちらまで危なくなる事はないだろう。
「キャーー!!!」
「マリー!!!!!」
商人の馬車を襲い損ねた盗賊は、腹いせとばかり辻馬車の方にやってきて乗客を襲い、手当たり次第に殺して去っていった。
……
「アベル君、今日は外での仕事は無いから町中の仕事をお願い」
「分かりました、じゃあ今日は西側区の溝掃除してきますね」
「助かるわ、じゃあよろしくね」
冒険者ギルドの受付で仕事の依頼を受けているのはまだ小さな子供。着ている服は穴が開いておりお世辞にもきれいとは言えない格好、それでも受け答えはしっかりしておりギルド職員からの評価も高そうだった。
「ゴットーさん、溝掃除の道具借りていきますねー」
「おう、アベル! 今日は溝掃除か、気をつけて頑張れよ」
「町の中だから大丈夫だよ、ありがとう」
アベルと呼ばれた子供は、ギルドの共用スペースから溝掃除用のシャベル、背負いカゴを取り出すと西側区に向かって走り出して行った。
アベルが走り去った後ろ姿を優しく見ていた男に、ギルドの職員が声を掛ける。
「ゴットーさん、この書類の分の在庫ですが今ある分で足りますか?」
ゴットーと呼ばれた男は、急に背後から声を掛けられて慌てて書類に目を通す。
「っと、すまねえ。この数なら大丈夫だ。けどこれを出したらチト心持ちなくなるから、追加を依頼した方がいいな」
書類を返して貰った職員が、先ほどゴットーが見ていた方向を見て微笑む。
「んだよ」
「いえ、アベル君頑張ってますよね。もう一年になりますか、アベル君が冒険者ギルドでGランクの仕事をするようになって」
……
「不思議な子供だったな」
今日の狩は大成功だった。
普段ならなかなか獲れない鳥を五羽も狩ることが出来たんだ、荷物持ちに子供を雇ったがそれでも儲けが多くてニヤけてしまう。
仕事終わりのエールも美味い。もう一杯飲みたい所だが、早く帰らないとユユさんに怒られる。
それにしても変な子供だったな……。
テツが昨日の狩で足を挫いたんで、今日の狩は手伝いを雇う事にした俺は、朝一からギルドに来ていた。
ギルドで紹介された子供はまだまだ小さなガキだった。俺の子が十二才でやっとこ狩にも慣れた頃合いだと言うのにこんなガキでついて来れるのか?
一言ギルドの受付に文句を言ってやろうとしたら
「おいっ「よろしくお願いします。」」
俺の声に被せて丁寧に挨拶してきやがった。
「アベルくんはとても礼儀正しくて、Gランクでも一番評価の高い子なんですよ」
ギルドの受付も、断らせない為かやけに勧めてきたので渋々狩に付いて来させる事にした。
「アベルと言ったか? お前何歳だ?」
ん? と頭を斜めにしながら自信なさげに八才だと答える。
「何で疑問形なんだよ?」
「生まれた時から孤児院だったから、シスターや町の同じくらいの背の子がそんな年だと言っていたので、多分そうかなと」
やっぱりそうか、Gランクというのはギルドに登録できる最低ランク、と言うよりまっとうな仕事に付けないスラムや貧乏な子供が、ギルドから駄賃程度の金で請け負う事が出来るお手伝いランクだ。
本来のギルドランクはFランクから始まり、F、E、D、C、B、Aと上位になっていく。Sランクもあるらしいがそんなもん御伽話の主人公くらいだ。
この町にいるのは最上位でCランク。おれ? 俺は狩人で今は冒険者では無いが一応Dランクになっている。
Dランクになると、ギルドで依頼を出せばGランクを雇って町の外に出る事が出来る。と言っても荷物持ちや解体の手伝いをさせる位なんだがな。
とにかく、そんな手伝いのガキを連れて今日の狩に出たんだが。
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「この辺りからは特に用心しろよ、出来るだけ音も立てるな」
分かった、というようにガキは小さく頭を縦に動かした。うちのテツだったら「分かってる!」とわざわざ口に出すとこなんだが……。
目当ての鳥がいる場所に近づきながら先へ進む、長年の猟師の経験と感でこの辺にいる事は分かっているが、臆病な鳥なのでちょっとした物音でも警戒してすぐに姿を隠してしまう。普段よりも音を立て無いように進んでいると、ふと静かすぎる事に気がついた。
そういえばガキは何してる?
そう思って後ろを振り返ると「!」思ったより近い距離に顔があったもんで思わず声が出そうになった。
キョトンとした顔で俺を見ているガキ、俺は何も無かった振りをして、そのまま鳥を探し始めた。
矢を放つ
首根に矢が刺さり、バタバタしながら落ちていく鳥をアベルは音もなく駆け寄って回収してくる。
首を折り、丁寧に矢を抜いて血抜き。
手慣れた物だと思った。
「何処で覚えたんだ?」
アベルは一瞬何のことを聞かれたか分からない風だったが、すぐに鳥の事だと気がついて返事をした。
「時々、こんな風に狩の手伝いもさせて貰っているから、その時に教えてもらって覚えた」
時々でそんなに覚えられるもんか!
「それもそうだが、その物音を立てない歩き方だ、そう簡単に身に付くようなもんじゃないだろ」
アベルは「あっ」と、答えを間違えてた事にちょっと俯いたかと思ったが。
「これが出来ないと、肉屋のオヤジを撒くことが出来ないからね」
店のもん盗んで逃げるために身につけたのか? てかそのレベルでないと逃げられない肉屋のオヤジって誰だよ!!
そんな感じで一日狩をした結果、高値で売れる鳥を五羽も狩る事が出来て俺はホクホクでエールを飲んでいるってわけだ。
アベルは休憩の間に薬草を見つけて集めていたな。Gランクの駄賃じゃ安過ぎるんで、森に入れた日には雇い主に断り空いた時間に薬草を集めてギルドに売っているらしい。
足を捻挫したテツの話をしたら、捻挫に効く薬草を集めて渡してくれた。薬草の知識も結構なもんらしい。