第十話
「なあロイ、今回の話どう思う?」
伯爵領の領都から南へ向かう街道を、速歩で並走する馬上で二人の青年が話をしていた。
速歩になるとそれなりに身体のブレも大きくなり、うまく会話できるものなのか分からないが、会話出来ている時点で普通の青年達では無いのだろう。
「さあな、胡散臭い話しだろうがオレ達は指示された事をやるだけだ」
ロイ、と話しかけられた青年はピッチリと纏めた黒髪と同じように真面目な顔のまま答えた。
「相変わらずお堅い奴だなあ」
一方の話しかけた青年の方は、明るい茶の髪色に似合うユルい雰囲気で馬上の風景を楽しんでいた。
「無駄口叩くな、目的の町までは二日は掛かる距離だが一日半で着かせるぞ!」
軽速歩に下がっていた馬を速歩へ上げると、二人は無言で目的地へ向かうのであった。
最初の目的地である男爵の館では、男爵の婦人が出てきて対応した。二週間ほど前にセールの町の町長がやって来てなにやら献上したいと申していたが、すぐに男爵である夫が騒ぎ出し伯爵の元に向かったので詳しくは知らないと言うのだった。
去り際に主人がいつ帰るのか聞かれたが、二人は暫く伯爵領から戻れない事を伝えるだけであった。
男爵の街からさらに半日ほど南下し、夕刻ギリギリになってセールの町にたどり着いた二人は、宿を取るために町の門番に聞いた宿へ向かっていた。
「なあロイ、何か変じゃないか?」
ロイと呼ばれた男は、周りの様子を見廻し分からない様子で「何がだ?」と返す。
普段から下町へ出掛けたりしている茶髪の男は何となく町の雰囲気の違いを感じていたが、殆ど下町を知らないロイと呼ばれた男の方は何が違うか分からない様子だった。
「何か、違う感じがするんだよなあ」
茶髪の男は、クビを捻りながら何が違うのか考えていたが、目的の宿屋へ着くとさあメシだメシだと考えを放棄するのであった。
晩メシは特に特徴もない全粒パンと肉、酢漬けの野菜、スープの組み合わせで期待していた男もつまらなそうに部屋へと戻り、昨日からの疲れで違和感の事も忘れてぐっすりと眠りについた。
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「お客さーん、朝ごはんの用意が出来ましたよー」
宿の娘さんが泊り客の部屋に向かってそう声を掛ける、と各々の部屋からゾロゾロと客が出てきた。
「ロイ、俺たちも朝メシにしよう」
隣の部屋に声を掛けて、青年二人も食事場へ向かうと、とても香ばしいパンの匂いが漂っていた。
「これこれ、このパンがここの楽しみなんだよな」
「こんなうまいパンは領都でもなかなか食べられないぞ」
何やら朝メシのパンはこの宿の名物らしい。
空いている席に座った二人が宿屋の娘から朝食を受け取ると、話に上がっていたパンを手に取って驚いた。
「おいおい」
「うむ」
領都で見る高級な白パンとは違うが、その焼き立てのパンは柔らかくふんわりしており、手で千切るとさらにその柔らかさが伝わっていかにも美味そうだったのだ。
「何だこりゃ」
ひと口食べるとその柔らかさもあって口の中で溶けるように消え、あっという間に一つを食べ終わりすぐにもう一つを手に取った。
「お客さん、おかずの方も美味しいからたくさん食べてね」
「これはすごいな」
「うむ」
二人の男の目的は? パンでは無いですよねー。
次回第十一話、伯爵の遣い。第十二話、テツとアベルへ本格的に指導が始まります。




