嫉妬はやがて憎しみに
「俺が話せるのはここまでです……」
今回の復讐者である彼、カイナ・イーグリスから事の顛末を聞いた私は、彼の復讐心が真っ当なものであると確信した。
一応、おさらいをしておこう。
まず、彼が何故グイント・セルレイヴという男に復讐を望むようになったのか。
それは1週間程前の事に遡る。
この世界には魔獣という普通の動物よりも遥かに凶暴で恐ろしい生物が存在している。
魔獣は普通の動物よりも強靭で優れた身体を持っている事から、その体からは皮や骨、肉や内蔵など武器や防具、食料や薬の原材料となるモノが数多く取る事が出来る。
しかも、魔獣からしか取れない貴重な素材というのも数多くあり、その討伐の難しさから必然的にそれらの素材は高値で取引される事になる。
なので魔獣を殺し、その素材を売る事で生計を立てている者達の事を私達は狩猟者と呼んでいる。
彼とその弟も狩猟者であったようで、その道ではちょっとした腕利きの有名人だったらしい。
この近辺の魔獣であれば難なく倒す事の出来るイーグリス兄弟は、次の獲物を探すべく魔獣討伐の依頼を探していたのだそうだが、そんな2人に声をかけたのがグイントだったそうだ。
彼は2人にこの近辺ではまず見かける事の無い魔獣が迷い込んできたから討伐を手伝って欲しいと言ってきたそうだ。
1人で倒すには難しく、腕の立つイーグリス兄弟と組めば難なく倒せるから是非とも手伝って欲しいと。
報酬は情報と案内の手間を込みでグイントが5割、イーグリス兄弟が5割という内訳で決まったと言う。
若干グイントの取り分が多いような気もするが、彼らの常識では話を持ち込んで来た方が取り分が多いというのは別に珍しい事ではなく、内容も別に不満のあるようなものではなかった為、イーグリス兄弟はグイントの話を快諾した。
そしてその翌日。
3人は魔獣討伐の為に、その魔獣が油断しやすい時間帯である深夜に行動を開始し、目的地へ歩を進める。
だが、行けども行けども強い魔獣が居るような気配を感じる事が出来ず、街からも遠く離れた時点で不審に思い、グイントに話を聞こうと後ろを振り向くと、そこには弟さんがグイントに心臓を貫かれ、息絶えていた姿があった。
一瞬、何が起こっているのか理解出来ず、混乱しつつも何故こんな事をするのかと聞くと、グイントは
「お前達が邪魔なんだよ。強いお前達が旨みのある討伐依頼を片付けて行くから実力の無い俺達に仕事が回ってこないんだ。だから、これは俺達下位の狩猟者全員の総意だと思え。お前達はあの街には必要ないんだよ。だから殺す。弟と、お前をな」
と、答えたそうだ。
グイントの言葉が本当であるのなら、この事件は実力の無い者が実力のある者に対して起こした醜い嫉妬が原因のもの。
上に立つ者を殺せば下に居る者に仕事が回ってくるなんてなんて愚かな考え。
しかも、その愚かさを証明するかのようにグイントは自分より実力のあるカイナを殺しきる事が出来ず、おめおめと逃してしまった。
わざわざ奇襲のしやすい深夜を選んだというのに。
もっと綿密に計画を立てて、慎重に実行していればこうして私の前にカイナが訪れる事もなかっただろうに。
別にグイントに同情する訳ではないけど、その余りの情けなさが逆に面白く感じてしまうのは私の心に秘めておこう。
とりあえず、事の顛末はこんな所。
私が復讐を肩代わりする条件は整っているし、他に問題もなさそうだ。
後は彼次第。
「あなたの言い分は良く分かりました。正式に復讐を肩代わりさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます……!」
「ですが。2つ、条件があります」
「条件、とは?」
「1つはこの花に触れて頂く事。もう1つはこの花の匂いを嗅ぐ事です」
「これは……?」
私は彼に真っ白な花弁を持つ一輪の花と、薄い緑色の花弁を持つ一輪の花を見せる。
「白い花弁の花はあなたの復讐心を証明するもの。もし、あなたのその復讐心が本物であるのなら、この白い花弁はあなたが触れた途端に黒に染まります」
これは依頼者がその復讐心を真に望んでいるかを試すもの。
稀に酔狂や嘘を吐いて〇〇を殺してくれと依頼してくる者が居る為、そんな人の依頼を予め省く必要があるからだ。
私は復讐の代行者であって殺し屋では無い。
だからこの花の試験は欠かせない。
「そしてこちらの薄い緑色の花弁の花は、私の姿を記憶出来なくするもの。姿を記憶出来なくするだけなので、私との会話ややりとりは覚えたままなので安心して下さい」
こちらは単に私の身の安全を確保する為のもの。
表向きには聖女として普通の人を救っている以上、誰かを殺しているなんて悪評が広まれば国を追われかねない。
だけど、完全に私の記憶を消してしまえば口伝えに復讐を肩代わりする聖女が居ると伝える者が居なくなってしまう。
噂程度にそんな聖女が居ると広まれば、真の復讐心を抱く者はいずれ私の元へと辿り着く。
彼のようにね。
「分かりました」
そう言って彼はまず白い花弁の花を手に取る。その瞬間、花弁は黒に染まった。
これで彼の復讐心が偽りではない事が確定した。
次に彼は薄い緑色の花弁の花を手に取り、その花の匂いを嗅ぐ。
外見的には分からないが、既に彼は私の姿を正しく記憶出来ず、認識が出来なくなっているだろう。
「最後に一つ。あなたはグイント・セルレイヴにどのようや復讐を望みますか?安らかな死?惨たらしい死?恐ろしい死?可能な限り要望にお応えします」
私が彼に復讐の仕方を問うと、少し悩んだ後こう言った。
「お任せします。聖女様の思う復讐を、俺の代わりに遂げて下さい」
「分かりました。復讐が無事に為されたかどうかは最初にお渡しした花の花弁が再び白になる事で分かりますのでしばらくはその花を大事に持っていて下さい」
「……分かりました。どうかお気をつけて」
「ええ。それでは」
そうして私は彼の元から離れ、復讐に必要な花達を用意する為に自宅に帰る事にした。