プロローグ
どんな人間であっても、必ず幸福になる権利はある。
でも、権利があったとしてもそれを成し遂げるだけの機会や力に恵まれない人は数多く居る。
ならば、そんな人に手を差し伸べてあげられる人になりたい。
それが、私が【聖女】を目指した理由。
この世界における【聖女】とは、あらゆる苦痛を取り除き、あらゆる病気や怪我を癒やし、魔物やその他の人間以外の脅威から人間を守る事が出来る力を持つ者の事を言う。
【聖女】になるにはある程度の才能は必要だけど、それは全体の1割程度の要素でしかない。残る9割のうち、1割は運。後の8割は努力をする事。大雑把に言えば、【聖女】になる為の努力が出来る人は大概【聖女】になる事が出来る。
勿論、並大抵の努力ではないけれど。
だからこの世界には【聖女】の職に就く女性は少ないとはいえ、複数人存在するから決して唯一無二の存在という訳ではない。
私もその内の1人でもあるし。
【聖女】は人によって他者を救う方法や救う人の選別に違いがある。
魔法や奇跡のみで癒す者もいれば、類稀な医術を主にして人を癒す者もいる。
どんな人でも分け隔てなく救う者もいれば、悪人は救わないと決めている者もいる。
【聖女】という枠組みから逸脱さえしなければその手段と価値観は【聖女】本人に委ねられるので、全員が全員同じ価値観や倫理観を持っている訳ではない。
勿論、人を救うという性質上ある程度似通ってはいるのだが、私に限ってはその枠組みから少し外れている。
私が他の【聖女】と比べて違うのは、私が救う人は決して怪我や病気など外的要因によって苦しんでいる人達だけでは無いという所。
じゃあ他にどんな人を救うのかって?
それはあなたが1番知っているでしょう?
「だから教えて下さい。あなたが今、1番復讐を遂げたい者の名とその所業を。あなたの語る言葉が全て真実であるのなら、私はその復讐を肩代わりします」
私が救うのは魔法や奇跡では癒す事の出来ない、心に大きな傷を負った人も含まれる。
それも、誰かに理不尽な目を強いられ、自分だけの力ではどうにもならない程に悲しみと怒りを含んだ人。
今、私の目の前に居る人もその1人。
その目に宿る悲しみと怒りは紛れもなく本物だという事はわざわざ語らせる程の事でもない。
それでも、私がこの人に自分の口で語らせるのは覚悟を知りたいから。
復讐の果てに誰かが死ぬ。その重荷を背負う覚悟があるのかどうか。
あなたにその覚悟はある?あなたの選択で、人が死ぬという事実に。
「俺は……アイツを絶対に許さない。グイント・セルレイヴ。俺の弟を殺したアイツを!」
「良いでしょう。お話を聞かせてください」
彼の目に躊躇いはない。
私は彼の話を聞く事にした。