波間に揺れる死体
ここローラント王国の首都ローゼンハイムは、国家最大の軍事拠点・商業拠点であると同時に、世界有数の魔法都市でもあった。
ローラント王国の開祖であり、叡智王と崇められた魔術師ロキの偉業を称えるため、そしてその魔術の探求の成果を後世の人間が広く学ぶために、このローゼンハイムには数多くの魔法学校が建てられた。
そこでは、貴族の子弟だけではなく、下層階級の人間からも広く生徒を募り、別け隔てなく魔術の探求に勤しんでいた。
ローラント国家第一魔法学校は、そんなローゼンハイムの中でも最も優れた生徒達が通う、国内最高峰の魔術師候補生のための学び舎だった。
いま、その学校で、年に一度の進級試験が行われるところであった。
【イエレン】「では、セーラさん、試験を始めてください」
教卓の前に立つ、年かさの女性がそう言った。彼女はウェーブした豊かな白髪の上に黒い三角帽をかぶっていた。それは、誰しもが頭に思い浮かべるような、保守的な魔術師の装いだった。彼女の名はイエレンと言い、この魔法学校の講師であった。
セーラと呼ばれた女生徒が立ち上がった。彼女は、金色の豊かな長髪に、青いスカートとケープを羽織っていた。彼女は茶色いローファーをこつこつと床に響かせながら、教卓の前に進みでた。
彼女は、国王の係累であり、座学も魔法も最高の成績を収めていた。そしてなにより、その美しい容姿は、男子も女子も虜にした。彼女の一挙手一投足は、常に生徒の注目の的であった。
彼女は教卓の前に立った。
教卓には、真鍮の杯に立てられた、火のついた蝋燭が置かれていた。
階段教室にずらりと並んだ生徒たちが見守る中、セーラは両手を蝋燭の火に掲げた。生徒たちは、息を呑んでそれを見守った。
涙の雫のような小さな蝋燭の炎は、蜜蝋の様に細い糸を引いた……ただしそれは、本物の蜜のように地面に向かって垂れ落ちるのではなく、むしろ重力に逆らって、天井に向かって糸を引いた。
セーラは目を強く閉じ、眉間にしわを寄せ、祈った。すると、その炎の細い糸は、ゆらゆらと揺れ、糸くずのように折れ曲がった。
蝋燭の炎は、今やその炎心の真横に一列の炎の文字を引いた。
それは、エルフの高名な詩人ハーツ=ディシュターが詠んだ、著名な詩の一節だった。
セーラは高らかな声を出して詩を読み上げた。
【セーラ】|「風は旅人《eld an suran》 |空を駆け巡る《jhacktüm suran》 |どこまでもどこまでも《im kennan ӛura》」
セーラは一節を読み終えると、炎の文字を変形させた。そして、次の一節を浮かび上がらせた。
【セーラ】「時には 荒々しく |時には優しく《sӧmeo kennen》」
イレインは腕組みをしながら、うんうんとうなずいた。彼女は心のなかで思った。この子は期待を裏切らない、まったく良くできた生徒だ。
【セーラ】「|風は旅人《ünd s willow》 |時空を超えて《tima oval ӫn》 |過去と未来をつなぐ《connn post fast ӫm》……」
【女の奇声】「ぎゃああああああΣ(|| ゜Д゜)!!!」
突然、女生徒の奇声が教室中に響き渡った。セーラはびくりと肩を震わせた。集中が切れ、炎の文字は彼女の手の中で雲散霧消した。
イエレンは、深く深くため息を付いた。そして、顔を上げて、教室の最後尾の席を睨みつけた。そこでは、黒い長髪をおさげにした色白の眼鏡の女が、慌てて両手で口を塞いでいた。
彼女の名は、ドアンナといった。彼女は、蔓の折れたメガネにツギハギだらけのローブを着た、貧乏学生のうちのひとりだった。
彼女は、生活費を稼ぐために、授業中にしょっちゅう内職をしていた。彼女はギルドの依頼を受けて、季節外れの花や果実を咲かせる仕事を請け負っているのだ。
案の定、今も彼女は膝の上に植木鉢を抱えていた。大方、魔法操作をしくじり、植木鉢の中身を台無しにしてしまったのだろう。
ガーベラ
【イエレン】「ヽ(#`Д´)ノドアンナ!!!」
【ドアンナ】「あっ、はっ、はい ヾ(゜ロ゜*)ツ!うわっ!」
イエレンは、ドアンナを大声で怒鳴りつけた。ドアンナと呼ばれた少女は、急に名前を呼ばれ、びっくりして声を上げた。その拍子に、魔力操作を誤ってしまった。
、魔法の力を込めすぎてしまったアジサイは、鉢の栄養を吸い付くし爆発的に伸び始めた。それは、ガーベラだった。蔓が植木鉢から溢れ出し、あっというまに机を埋めた。それでも蔓は成長を止めず、ドアンナの腕を絡め取ると、彼女の体をぐるぐる巻きにして締め上げた。
【ドアンナ】「ぎゃーーー!ぐるじぃぃいい(꒪ཀ꒪)」
ドアンナがそう叫ぶと、教室中が爆笑の渦に包まれた。
【イエレン】「ドアンナさん、あなたは内職なんてしている余裕がおありなのですか?ただでさえ落第すれすれなぐらい成績が悪いのに。アンナさんにレイセンさんも。あなた達も人のことを笑っている場合じゃありませんよ!」
急に名指しされ、アンナはびくりとして固まった。レイセンは、顔を真赤にしながら、へなへなと身を縮こまらせた。
教室中が、再びクスクスと笑いに包まれた。そして授業は解散となった。
そのとき、つかつかとセーラが歩いてくる
「ドアンナさん
「何よ
セーラ「きぃいいいいいいいいい
ぽかぽかぽかと叩く
おいいおい
「先生、止めてください!
「あなたは殴られて当然です
ドアンナさん、ここでやってみせなさい
ドアンナも文字を書かされる
へろへろ文字
「補修です」
ひん
さて今日で授業は終わりですが、最後にお話ガアあります
先生が何をいうか分かって、教室は静まり返った。
今日は、王女殿下の最後の授業です
みなさん、ありがとう
おおおう
歓喜に揺れる街中を遊んで回った
王女と
王女と仲がいい
あ
アイルを見つける
王女はアイルが好き
うんぬん
甘酸っぱいね
もうおこちゃまは帰る時間よ
そうして、
ヒルダは家に帰った
もう王女になったら、会えないね
お忍びで、遊んで回る
そして、王女とアイルは一夜をともにする
その家の屋上に立っていると、どこからともなくアイルが現れた
よう
別に好きあってる二人がセックスするなんて普通じゃないか
お前はもうしたのか?
セーラと
馬鹿じゃないの
寮に帰った
じゃあみんな、怒られる準備はできてる?
ああ
そうして先生~
あれ
鬼婆あがいない
これはチャーンス
さっさと三階に上がっちゃいましょう
植物を成長させる魔法
そうしてニ二階の窓に飛び移ろうとした
しかし、中に何者かがいた
彼女は、手で静止させた
誰かいる
人が殺されている
え
マーガレット
マーガレット何があったの?
先生、どうしたの
聞いて頂戴
奴らは王女を殺しに来たのよ
え…?
聞いて頂戴
今から
城に急いで帰る
・・・・
まあ辛気臭い話はやめにしようよ
青春してたな
見てんじゃねえよ
寮に帰ると、なかまがころされている
アイル達は、馬に乗り街道を駆けた。
朝方の街道はまだ人通りが少なかったが、アイルたちは、すれ違ったすべての人達に声をかけた。
「敵襲だ!スホルトに悪魔が出たぞ!」
アイルたちは、人と会う度に、三人一斉に大声で叫んだ。
それを聞いたあるものは驚き、一体なんだと目を見開いた。そして、迷った挙げ句進路を変えた。あるものはアイルたちに怪訝な顔を向け、それを無視した。
こうして幾人もの旅人とすれ違いながら、アイルたちはローゼンハイムに向かった。
やがてアイルたちの行く先に、ローゼンハイムの城壁が見えてきた。
ロードランの首都ローゼンハイムは、大河ラインベルクが形作る広大な三角州の上に建てられた巨大都市だった。
都市には3つの城壁があった。1つ目はいまアイル達が通過している、三角州全体を囲む城壁だ。これは大外壁と呼ばれていた。
二つ目は、王城が建っている中州を囲む外城壁だ。この中州本島のことを古ローゼンハイムと呼んだ。
三つ目は、王が住む王城を守る内城壁だ。
ローゼンハイムの内部には、ラインベルクから枝分かれした幾百もの川が流れ、複雑な水路を形成していた。したがって外部からその外城に至るには、いくつとも知れない小川を渡る必要があった。
彼らは馬を駆けた。そしていくつもの橋を渡り、ようやく城の外壁にたどり着いた。
外城門の前には、人々が普段よりも長い待機列を作っていた。
【ヤゴー】「ちっ。さすがに昨日の今日だから検問が強化されてやがるな」
ヤゴーが言った。彼が言及したのは、もちろん王女の戴冠式のことだ。アイルたちは脇にそれ、列の脇に割り込み、進みながら叫んだ。
【ヤゴー】「敵襲だ!敵襲だ!スホルトに悪魔が現れたんだ!ここを通してくれ!」
列に並ぶ人々は、みな一体なんのことだ振り返り、道を開けた。アイルたちが外城門の手前まで行くと、若い衛兵がその進路を遮った。
【若い衛兵】「止まれ!止まれ!」
彼はそう言い、両手を広げ馬の前に立った。
【ゲイル】「聞いたろ!急いでるんだ!ここを通してくれ!」
【若い衛兵】「駄目だ!並び直せ!」
こうしてゲイルと衛兵が大声で押し問答していると、騒ぎを聞きつけた中年の兵士が前に進み出た。彼はゲイルを見て話しかけた。
【中年の兵】「お前、ゲイルじゃないか?久しぶりだな」
【ゲイル】「ああ」
【中年の兵】「もう三年ぶりじゃないか。なんで会いに来ない?」
【ゲイル】「悪いが急いでるんだ。俺たちを通してくれないか」
ゲイルは、中年の兵士に向かって事情を話した。中年の兵士は、隣に立つ若い衛兵と視線を交わした後、アイルたちに向き直った。
【中年の兵】「今の話は、本当か?」
【ヤゴー】「あったりめえよ!おふくろに誓ってもいいぜ!」
【若い衛兵】「ならば、それが真実だという証拠を出せ!」
【アイル】「ここに、兵士から授かった認識票があります」
若い衛兵がそう言うと、アイルは懐から認識票を取り出した。朝日を浴びて銀色に光るその認識票の表面には、血に洗われて赤黒いかさぶたがこびりついていた。
中年の兵は、認識票を手に取ると、それを検分し、言った。
【中年の兵】「わかった。ここを通っていい!」
【ゲイル】「すまんな」
ゲイルは言った。そして馬を走らせ、城門を通過した。
アイルたちの背後で、中年の兵が、他の衛兵を集めて叫んでいた。
【中年の兵】「今すぐスホルトに馬を出すぞ!はやく準備しろ!」
アイルたちは、城門を後にし、内城へ駆けた。
ーーーーー
アイルたちは、街の大通りを駆けた。ヤゴーは馬を走らせながら、大声で叫んだ。
【ヤゴー】「スホルトに敵襲だ!道を開けてくれ!スホルトに敵襲だ!」
町の人々は、呆然として、なんのことだとみなアイルたちを見上げた。彼らはおずおずと道を開けた。
昨日、街は祭りだった。屋台の食べ残しや紙吹雪やらがそこら中に散乱していた。普段はまっさきに逮捕される酔っぱらい達も、今日は道端に堂々と寝転んでいた。家と家の間に吊るされた紐から、いくつもの灯籠が吊るされていた。灯籠の中の蝋燭は、朝になったいまも灯りをともしていた。アイルたちは、こうした街の喧騒の跡を駆け抜けた。
そうして彼らは、街を一気に突っ切り、小高い丘の上に造られた内城の前までやって来た。
アイルたちは、馬を降り、門兵に向かって叫んだ。
【ゲイル】「俺達はスホルトから来た!お前たちの兵から王への言伝を預かっている!中に入れてくれ!」
門兵は首を振った。そして門の前に槍を交差させここは通せないと意思表示した。ゲイルは、なおも大声で叫んだ。
ゲイルの大声を聞きつけて、門の上の胸壁にたくさんの兵士が集まってきた。そのうちの一人が、胸壁の上から言った。
【兵士】 「王への言伝とは何だ!その内容を述べてみよ!」
【ゲイル】「駄目だ!俺達は王にのみ直接伝えるように言付かっている!」
【兵士】「ならばここは通さん!貴様らは信用できん!」
アイルは、壁下に一歩進み出て、言った。
【アイル】「我々は符牒を預かっています!『その王命は銀である』と!」
壁上の兵士たちが、それを聞きざわめいた。
【兵士】 「いま一度述べよ!」
【アイル】「その王命は、銀である!」
そのうちのひとりの兵士が、ゲイルを指さしていった。
【兵士】「隊長!自分はあの細い方の男を知っています。ゲイルという男で、10年ほど前にこの城で徴募兵として勤めていました」
【兵隊長】「……ああ!確かに私も見覚えがある!……よし、そのものたちを通せ!俺もすぐ下に降りる!」
隊長と呼ばれた男がそう叫ぶと、衛兵は門を開いた。アイルたちは門をくぐり、中に進み出た。一階に降りた兵士たちが、アイルたちの前に進み出た。
【兵士】「よう、俺はケインだ。覚えているか?」
【ゲイル】「ああ、覚えてるよ」
【兵隊長】「久しぶりだな、ゲイル」隊長と呼ばれた、口ひげをたくわえた年かさの兵士がゲイルに声をかけた。
【ゲイル】「ジークラット隊長、お久しぶりです」
【ジークラット】「ロアンのところまで案内してやる。ついてこい」
隊長はそう言い、アイル達を先導した。
ロアンとは、王の名だ。さすがのアイルも、王の名ぐらいは知っていた。この男は、王を呼び捨てにするほどの仲なのだろうか。
彼らは城に入り、薄暗く湿った螺旋階段を上がった。ジークラットの鉄の具足が石畳の階段をたたく音が、かつんかつんと響き渡った。彼らは廊下を進み、扉の前に連れてこられた。扉は分厚い樫でできており、茶色い膠が塗られあでやかな光沢を放っていた。
扉の前に立つ衛兵は、隊長と目線を交わすと、扉を開いた。隊長はアイルたちを待たせて先に部屋に入り、一分ほどしてから部屋から出てきた。そして、アイルたちを部屋に招き入れた。
アイルたちは、衛兵に武器を渡し、部屋に入った。
扉をくぐると、部屋の中の視線が一斉にアイル達に向けられた。
応接間は広く、豪華な調度品で飾られていた。高い天井には鮮やかなテンペラ画が描かれていた。東方から取り寄せられたものであろう白磁の壺が部屋の壁際にいくつも立ち並び、その壺の下には東夷の女が編んだものであろう豪奢な分厚い赤い絨毯が敷き詰められていた。部屋の中央には大きな椅子があり、その上に従者に囲まれた老人が座っていた。
王を囲む従者たちの様子は、穏やかではなかった。彼らの中には、どこかの国の外交官なのだろうか、異人の肌の黒い女もいた。その女の耳は、エルフの耳のように尖っていた……彼女は話に聞く、闇のエルフというやつだろうか。彼らはみな、冷たい目でアイルたちを観察していた。
三人は、王に敬礼した。
【ジークラット】「この者たちが、殿下に言伝を持って参りました」
【ロアン】「名乗れ」
ロアン国王が言った。彼は低く威厳のある声をしていた。
【ゲイル】「私はスホルト村において狩猟を営むゲイルというものです。スホルトが悪魔の襲撃を受けたため、馳せ参じた次第であります」
【ロアン】「ザハードの村の者か。すでに話は聞いた。悪魔が出現したそうだな」
【ゲイル】「は。わが長いわく、それはゼクターの生み出した大悪魔のうちのひとつであると。我々はそこで、死んだ兵士から言伝を授かって参りました」
【ロアン】「なるほどわかった。その言伝を述べたものの名は」
【ゲイル】「名は分かりません。ここに軍票があります」
彼はそう言い、アイルから軍票を受け取り、それを差し出した。モノクルをかけた文官らしき装いをした男が、それを受け取り、検分した。
彼は驚きに一瞬目を見開いた。
【文官】「これは、トルドー軍曹のものです」
【ロアン】「トルドーはどうした」
【ゲイル】「死にました」
【ロアン】「……あい分かった。トルドーの言を述べよ」
ゲイルは一瞬躊躇して、こう答えた。
【ゲイル】「なりません。王のみと直接話せと申しつかっています」
王は文官に目線を送った。文官は首を横に振った。
【ロアン】「ならん。いますぐにここで話せ」
【ゲイル】「は。”裏切者の名は、クラウザーだ”と」
部屋が静まり返った。文官は目線を伏せたままその場に固まった。王は目を見開き、椅子のひじ掛けを強く握った。彼の、歴戦の戦士を思わせる筋張った太い指が、ひじ掛けの厚い布地に深く食い込んだ。
アイル達は、一体何事かと顔を上げた。見ると、部屋の高官たちの視線は、一人の人物に注がれていた。
アイルはその視線の先を追った。灰色のローブに身を包み、ながく白いひげを胸元まで蓄えた魔法使いが、表情を消して微動だにせず立っていた。
ーーーーー
やつがクラウザーなのか?アイルはことの成り行きを息を詰めて見守った。
王が椅子から立ち上がろうと腰を浮かした。
その瞬間、灰の魔法使いは、口元をにやりとゆがめた。彼の小さな黄色い歯が、唇の隙間から覗いた。
彼は杖を振りかぶりった。
【クラウザー】「|灼熱の炎を放つ魔法《öum ël jackt ël garm》」
クラウザーが呪文を唱えた。すると、杖の先端にはめ込まれた宝石が、赤い光を放った。隊長はアイルを突き飛ばし、魔法使いに突進した。そして走りながら腰の剣を抜き放ち、上段に刃を振りかぶった。
しかしその剣は間に合わなかった。一瞬ののち宝石の赤い輝きはその臨界点に達し、まばゆい閃光が部屋を照らした。そして、杖の先端から、赤い灼熱の炎が噴き出した。
【ジークラット】「ぐわあああああああ!」
炎が隊長の体を包んだ。隊長は叫び声をあげ、その場に崩れ落ちた。
【文官】「|白銀の光を放つ魔法《öum ël jackt ël zaickt》」
呪文の詠唱を終えた文官が、その両の手のひらを魔法使いに向け、白い光線の魔術を放った。魔術師は口中でなにかを唱えると、杖を振りかぶり、その光線を弾き飛ばした。激しい擦過音とともに鋭角にはじかれた白い光は、天井のテンペラ画に直撃し太い線条痕を残した。
褐色の異人が、文官とクラウザーとの間に飛び込んだ。彼女は、一体どうやってそれを王の間に持ち込んだのか、その右手に剣を握っていた。
彼女が漸近すると、魔術師はすぐに身をひるがえし、壁のステンドグラスを突き破って、外の空間へ飛び出した。
王も、すでに自らの呪文の詠唱を終えていた。その両手の間には、直径1メートルはある大きな水球が浮かんでいた。彼は隊長に向けてそれを放った。水球が隊長の全身を覆い、彼を包んでいた炎はすぐに消えた。
肉の焦げる甘い匂いが部屋に漂った。
ーーーーー
ゲイルは割れた窓の下へ駆け寄り、外を覗いた。高さ20メートルはあろう空間から地面に飛び降りたのにも関わらず、クラウザーの姿はもうどこにもなかった。
【ロアン】「医者をここに呼べ。奴らはすぐに動いてくるぞ」
その時、遥か下方に見える密集した家の路地から、赤い煙が一本の筋を描いて空へと高く立ち上った。
ゲイルは部屋を振り向いて叫んだ。
【ゲイル】「煙があがっています!何かの合図かと!」
彼がそう言うと、それと同時に、西の方角から、なにかの火砲の発撃音のようなものが響いてきた。
突如、海に面した西の外城壁が吹き飛び、爆発した。その衝撃は地面を震わせ、振動が白磁の壺をガタガタと震わせ、横倒しにした。壺の中に貯められた水が飛び散り、赤い絨毯にシミを作った。
王たちはみな、窓に駆け寄り、西の方角を注視した。
西の城壁一帯に、爆発の砂塵が黄色く一面に広がっていた。爆発が起きた地点の中央では、火災が起こり、黒い煙が天に向かって立ち上っていた。
吹き飛んだ城壁の向こう側には、青い水平線が見えた。その水平線に、たくさんの船が浮かんでいるのが見えた。
30を超える巨大な帆船が、その高い帆を掲げて、ローゼンハイムに向けて進行してきた。
王!沖を見てください
ーーーーー
【ロアン】「なんだ、あの船たちは……」
【褐色の女】「あれは、ザクセンの竜帆船です。」
【ロアン】「竜帆船とは何だ?」
【褐色の女】「軍艦の一種です。やつらは、このローゼンハイムに攻め入る気でしょう」
【ロアン】「なんだと?いまここに世界中の来賓がいることを、やつらは分かっているのか?」
【褐色の女】「ザクセンは、嵐の悪魔ライガーンの手先です。となれば、やつらの狙いは、王女殿下の抹殺以外にはありえないかと」
【ロアン】「……そうか分かった。今すぐ兵を動かすぞ。ジークラッドはどうだ?」
王は訊いた。隊長は横たわり甲冑を外されていた。モノクルの役人が火に焼かれむき出しになった隊長の胸に、両手をかざして呪文を唱えていた。隊長の体は、白い光に包まれていた。文官が唱えているのは、恐らく神術のたぐいなのだろう。隊長の真っ赤に裂けた皮膚の傷口は、みるみるうちに塞がっていった。
【文官】「もう大丈夫です。命に別状はないかと」
役人がそういうと、隊長は天井に握った手を掲げた。それは、自分は無事だという合図だった。
王は安心して一瞬顔を緩ませた。しかしすぐに気を引き締め、言った。
【ロアン】「コルトを呼べ。イーサンは、私と兵舎に来い」
【アイル】「あの!!」
アイルが声を上げた。
【アイル】「我々にできることは、ありますでしょうか」
アイルは王にそう言った。一介の猟師である彼は黙っているべきだったが、愛国心から彼の口から言葉が衝いて出てきた。
【ロアン】「ない。君たちははやくここから逃げなさい」
【ゲイル】「私は十年前にこの城に勤めていました。このヤゴーという男も、軍務経験はありませんが、いっとき冒険者をやっていたことがあります。手伝わせてください」
【ロアン】「……」
王は、腕を組みひとしきり悩んだ。この喫緊の事態に、なおも時間を使い思考を逡巡させた。
【文官】「王」
文官は、見かねて王に声をかけた。しかし王はそれを手で遮り、アイルたちに言った。
【ロアン】「君たちは軍籍にない……であるからこそ、この任務を果たせるかもしれん」
王は腕を解き、三人をまっすぐ見つめながら言った。
【ロアン】「これから話すことは、すべて内密に行ってほしい.。君たちもさっき見たように、このローラントはもはや国家の中枢でさえ国賊に蝕まれている。今や、王である私にすら、完全に信用できる者は少ない。クラウザーでさえ裏切ったのなら、尚の事だ……」
アイルたちは、王の言葉を待った。
【ロアン】「王女を……アマンダを、君たちとともに、連れて行ってくれ」
王女の名を聞き、アイルは思わず姿勢を正した。ヤゴーは、急な事態に驚き口をぽかんと開けた。ゲイルだけは、直立不動のまま微動だにしなかった。
王は使いをやり、王女をここに呼んだ。王女は、小人の使いとともにやってきた。
彼女は、眼を見張るような赤く長い髪を持っていた。彼女はその頭に、大きな三角帽を被っていた。
【ロアン】「アマンダよ、帽をとりなさい」
ロアンに言われ、彼女はゆっくりとその帽子を脱ぎ、頭を下げた。
帽子の下の頭の上には、黄色い天使の輪が、薄ぼんやりした光を放ちながら浮かんでいた。
(絵1.4)