水と鼓動(19)
琴美の瞳から紫に光り輝く滴が大鎌にこぼれた。その滴をスッと指で刃に撫でていく。淡い紫のオーラが大鎌から放たれていった。
死神の巫女は、琴美の他にも存在する。死神が分霊されることは希であり、それゆえ、社も大きい。数は少ないが巫女が存在する社がある。世間には知られていないことであった。ただ、神霊同体になれる巫女は、いまのところ琴美だけである。
御霊を刈る前に琴美が行った仕草、実は他の死神の巫女がするこはない。これは、琴美だけがする独自の儀式のようなもの。巫女となってそれほど日は経っていないが、いったい幾つの御霊を刈ったことだろうか。御霊一つ、一つにれぞれが抱えていた業と物語がある。その都度、すべてを受け入れ御霊を刈ってきた。その中で自然に琴美が身につけた仕草である。
まるで、子供が玩具を振り回すように軽々と大鎌を肩に担ぎ上げ、構えている。そこには隙もなければ、迷いなど微塵もなかった。紫色のオーラを放つ大鎌の刃は、琴美の姿と相まって美しくさえ見えた。
サナが起きあがり再び襲いかかってきた。実菜穂に近づけさせないように、琴美が一瞬のうちに前へと進んだ。素早く動く琴美に対して、大鎌から放たれたオーラが糸を引くように宙に漂っていた。
振り下ろすサナの刃を柄で弾き返すと、左上から振り下ろした大鎌がサナを切り裂いた。声を上げる間もなく、サナの御霊は琴美により刈り取られた。負の情が作り上げたサナの肉体は、琴美が切り捨てたことで消え去っていった。切られた瞬間のサナの顔を実菜穂はハッキリと見た。恐怖も怨みも怒りもない、どこまでも真っ直ぐで優しい光を持った瞳をしていた。琴美の技がなしたこともあろうが、サナ本来の姿が美しいのだと実菜穂には思えた。
琴美の手には御霊が収まっている。本当なら白い光を放つはずの御霊は、黒いオーラを含んだまま濁っており、光は失われていた。琴美は御霊を刈るのが勤めである。御霊の主が自ら清められなければ、濁ったオーラを纏ったままユウナミのもとに届けることになる。それはつまり永久に閉じこめられることを意味した。かつて琴美もまた自らの負の感情で、ユウナミの元に閉じこもっていたところを、実菜穂と陽向、そして姉である真奈美に助けられた。
御霊を大切に両手で包むと、琴美が実菜穂の方に帰ってきた。実菜穂は差し出されたサナの御霊を受け取ると、琴美に頷いた。
(みなもが放つオーラは神も人も、そして物の怪も別け隔てる事なく癒し清めていく。みなもの巫女であるのならその力を)
大切に包み胸元に引き寄せると、実菜穂は意識を集中した。清らかな泉、波一つない水面、そこに映るのは青の世界。どこまでも清らかで、どこまでも静かで、どこまでも美しい泉の水を実菜穂は全身で感じていた。
(みなもと神霊同体になったときの感じだ。そうだ、この感じだよ)
実菜穂の身体から清らかなオーラが一気に放たれていく。
(実菜穂さん、凄い。少し実菜穂さんの気を感じただけで、気持ちが落ち着いていく。なにより、濁っていた御霊に光が戻っていく。ううん、それどころか人の御霊が神の御霊のように美しく昇華されている。これが水面の神の巫女の力)
実菜穂のオーラが辺りを満たしていく。それはまるで、カラカラになっている泉に水が湧き上がり満たされていくように広がっていった。
「初めて経験した。触れただけで心が満たされていく」
琴美は、オーラに包まれ美しく輝く実菜穂に見とれていた。
(・・・・・・!?青の神様)
実菜穂の頭の中に微かに音が聞こえた。
◇◇◇
「見事だな。サナという人の御霊が美しく輝いている。巫女としての誇りが戻っている。いや、それだけではないな。実菜穂殿が御霊の穢れを祓っただけでなく、光を与えた。巫女として間もないのにお前もよく導いたな」
火の神が巫女の勤めをする実菜穂を見て、驚きの声を上げた。
「火の神よ。驚いているのは儂の方じゃ。儂はまだ実菜穂に何も教えてはおらぬ。弓の使い方も祓うことも何もかもじゃ。儂が実菜穂のもとに行こうとしておったのに、どこで力の使い方を教わったのじゃ」
みなもが実菜穂の姿を瞳を輝かせ、見つめている。
「決まっているよ。あのときから実菜穂は、力を持っていたんだよ。それからずっと、みなもと一緒だったんだよ。力の使い方だってずっと見てきたんだよ。何よりも、誰よりも」
シーナがみなもと眼を合わせた。
「あのとき・・・・・・じゃと」
「そうだよ。あのときから・・・・・・小さな祠に閉じこもっているみなもを見つけたときから。ほら、卯の神も実菜穂は見つけたよ」
シーナがクスリと笑った。




