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風の神と濡れた服(8)

 瞬きをしないまま自分を見つめる霞の姿にシーナは優しい笑みを浮かべた。


「やっぱり、霞は良い子。可愛いよ」

「えっ!シーナ、あの、だから」

「もう、分かってるよ。いまはその言葉で十分だわ。いくよ、神霊同体!」

 

 シーナの声とともに霞の身体の中に、スッと風が巻き起こる。爽やかで透明な空気で満たされていく。何もかもが軽くなっていく。


(この感じ、初めて。青の世界にいたときよりも気持ちがいい。爽やかで、なんて軽いんだろう)


 霞の容姿も変わった。淡い緑の髪にピョコっと前髪が立っている。アホ毛状態だ。


『ボーッとしないでよ』

「うん」


 天井を見上げると霞は一瞬で三人の前に立っていた。飛んだのではない。瞬間的に移動したのだ。シーナと一体となった身体が自然に動く。自分の考えとシーナの考えが同調していた。人と神とが一体となっているのだ。


「ごめん、遅くなっちゃって」


 グッショリと汗で濡れてる3人を霞が抱き抱えると、苦しそうに息をしていた三人は安らいだ顔になった。朦朧としていた香奈の目が微かに開く。


「ありがとう」


 風の流れで消えてしまいそうな声だったが、霞にはしっかりと届いていた。


 スーッと降りていくと、そのまま残りの二人も連れて霞の姿は消えた。体育館に風がサラリと走り、床は何一つ残らず綺麗になっていた。


 誰もいない保健室で五人は眠っている。汗も涙も消え、服にも何一つ汚れはなかった。


(よかった)

 

 霞が安堵の笑みで女子の顔を見ている。ふと、壁にある姿見の鏡に映る少女が目に入った。こちらを不思議そうに見る少女。フワっとした緑色のショートヘアーにピョコンと毛が立っている。大きな瞳には淡い緑の光が見える。元気で、明るく、それでも何か挑戦的な雰囲気を纏い、笑みを浮かべる。


「可愛い子・・・・・・あーっ!」


 霞は頬に手を当てて見つめていたが、声を上げて目を開けた。鏡の中の少女も同じように頬に手を当て口を開け驚いている。


(もしかして、これ、私。うそ!)


『あははは、面白い。いま気がついたんだ。そう、これが霞だよ』


 シーナの声とともに霞はフワリと浮き、クルリと回ってみせる。風が吹くように舞う。霞が舞った後には、サラリとした空気が漂い辺りを祓っていた。


『可愛いでしょ。霞はもっと、可愛くなる。わたしが霞を可愛くする』


 クルリと身を返し舞い終えると霞の前にシーナが現れた。神霊同体を解いたのだ。鏡にはいつもの目立たない霞がいた。何も変わらない自分がいるのだと思うと、重いため息が出た。


「ねえ、霞。確認しておくね。わたしの巫女になるのね」


 鏡に映っている自分を見ていた霞は、シーナの方に目を移すと頷いた。


「うん、なるよ。シーナは私の言葉を信じてみんなを助けてくれた。それなら、私もシーナの言葉を受け入れないと。でも、シーナの巫女ってどういうものなのかよく分かんない」


 霞がヘラっと笑ってみせる。照れと緊張が混ざった表情だった。


「霞がわたしの巫女になるということ。それは、霞にわたしの力を与えること。人があなたにひれ伏すほどの力を与えてあげる。巫女となった霞に敵う人はいない。この世界で誰も霞を傷つけられる人はいない。霞は好きなように力を使い、願いを叶えればいい。誰も霞には逆らえない」

「私に逆らえない?」

「そうだよ。どんな武器を使おうが、どんなに力が強かろうが人では霞を傷つけることはできないよ。もし、傷つけることができるものがあるとすれば、魔か神か、それとも同じ巫女か」

「同じ巫女?・・・・・・じゃあ、巫女って他にもいたりする?」


 霞の問いにシーナはフーンと笑う。


「もちろんよ。いろんな神がいるのだから、それなりに巫女はいるよ。霞、もう一度聞くよ。わたしの巫女になるのね」


 霞が頷くとシーナはゆっくりと首もとに手をかざした。光が霞を包み、首もとに集まって輝き消えていった。


 霞が鏡を見つめると何も変わらない自分が見つめている。いや、首もとに光るものをもって見つめている。


(何だろう?絵だ。鳥の影。翼を広げ飛んでいる姿)


「その痣はハヤブサ。霞の式神。霞を守る神よ。何よりも速く、何よりも鋭い。霞は、風の神の巫女。わたしがあなたを可愛くする。そして守ってあげる。霞はわたしの意志を受け入れてくれればいい」

「うん。分かった」


 シーナの言葉に霞は素直に答えた。正直、巫女というものがまだ何も分からない状態なのだ。覚悟というものはなく、ただシーナを素直に受け入れた。ある意味、自然で運命的だからこそ成し得ることだと言えた。御霊を合わせることができる人をシーナは見つけることができたのだ。神の中でも、そうあることではなかった。


「そんじゃあ、霞。まずやって欲しいことがあるの」

「あっ、なに?」

「明日でいいんだけど。日御乃神社ひみのじんじゃに行ってくれる?」

「補講終わってからでいい?神社に行くだけでいいの?」


 霞は、頭の中で日御乃神社の道のりをたどっていた。


「そうね。学校が終わってからの方が都合がいいかな。神社に行けば、日美乃陽向ひみのひなた田口実菜穂たぐちみなほに会ってきてよ」

「会ってどうすればいい?いきなり会っても大丈夫かな」

「大丈夫よ。霞もだけど、会えばお互い分かるよ」

「お互い・・・・・・もしかして」

「そうだよ。二人は巫女。霞より、ちょ~っとお姉さんだけど。そんなに変わらないよ。あ~、そうだなあ、じゃあ、せっかくだから二人にこう言ってくれるかな。『風が来た』って」


 シーナは霞の両頬を包むように撫でると額を合わせた。


「霞は、わたしの巫女。あなたはわたしが守る。だから、わたしの意志を伝えてね」


 霞に笑いかけると、そのままスッと姿を消した。

 霞はしばしシーナの消えた方向を眺めた後、香奈たちに目を移した。女の子達はスヤスヤと眠っていた。


 このあと、霞は補講に出席して、香奈たちが体調不良で保健室で休んでいることを説明した。


 運動場では日が高く昇り、土を白く輝かせていた。

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