水と鼓動(5)
実菜穂が次に入ったのは、お手洗いである。向かって右が男性用、左が女性用だ。
「あーっ、こっちにいるか」
実菜穂は戸惑っていたが、すぐさま気を取り直して男性用へ入った。単純であるが、「もしかしたら実菜穂が男性用を敬遠するかも」と青の神は考えているのではと思ったからである。
キョロキョロと辺りを窺いながら入っていく。別に青の神のほかにこの場を見ている者などいないのだから、人目を気にすることなどないのだが、そこは年頃の女の子である。
お手洗は未使用なので綺麗なままであった。
実菜穂が「ホーッ」とばかり周りを見渡していく。男性お手洗い特有の小さい用が五つ、女性側ではお馴染みの洋式の個室が二つある。もちろん洗浄機能つきだ。
「いやー、こうやって見ると、男子トイレってつくづく不思議だなあ。よくこれで済ませられるよね。秋人もこれで済ませてるのかな」
実菜穂が興味深げに小用の物に近づくと”カチッ”とスイッチが入り、赤色のランプが点灯して水が流れた。
「おーっ。これはおもしろい」
自動で水が流れる機能に感心しながら、秋人が立っている姿を想像していた。水が止まるのと同時に、自分がなぜ見慣れぬ物に見入っているのかという疑問が浮かび、我に返った。
(私、何考えてるんだあ。こんな所で時間なんて使えないよ)
恥ずかしさと焦りが相俟って、実菜穂は現実逃避から引き戻された。
「ここにはいない。次は女子トイレだ」
早足で出て行こうと洗面台の前を通り過ぎたとき、鏡に赤色のペンで文字が書かれていた。
【行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも
とおりゃんせ とおりゃんせ
ひとのこはどこにいった】
(まただ。「とおりゃんせ」の歌詞。何の意味があるのだろう。それに最後の言葉。【人の子は何処に行った】ってこと?なんだろう。さっきは【人はみな神の子】だった。何かつながりがあるのかな)
ボンヤリと言葉の意味を考えながら、女性用お手洗いへと向かった。基本的構造は同じだ。男性特有の小用の物は当然ない。洗面台が男性用より一つ多いのが異なる所と言えた。これは、軽くこの場で身支度をすることを想定したものと思われる。小用がない分、男性用より個室が三つ多い。実菜穂は個室一つ一つ見ていき青の神の姿を探していく。
「ここにもいない。でも」
どこかに隠れていた痕跡がないか、入ったときより異なっている所はないかもう一度見渡していく。
(メッセージは、ないみたいだな)
手洗い場の鏡には何も書かれていないことを確認した実菜穂の顔が凍りつき、表情が固まる。実菜穂が見つめる鏡には自分以外にもう一人映っているのだ。長い髪で顔が隠れているが、瞳だけがギラリと凄まじい怨念を抱いた光を放ち、包丁を振り上げている女がいた。その包丁が実菜穂めがけて振り下ろされていった。




