水と鼓動(1)
実菜穂の前に青の神の姿があった。赤の神より幼く、緑の神より大人びた容姿。可愛さと美しさを備えた顔は、中間的な不思議な魅力を感じさせた。ただ、折り畳み縫い合わされた長い耳だけが、その容姿の傷となっていた。
「遊びは一対一なので、先ほどの人には帰ってもらいました」
「分かっています。遊ぶ前に、一つ教えていただけませんか」
「何でしょう」
「赤の神様は、眼を塞がれ光を失いました。緑の神様は口を塞がれ言葉を失いました。では、青の神様は耳を塞がれ音を失ったのでしょか」
「はい。そのとおりです」
「では、なぜ私と言葉を交わせるのでしょうか」
卯の神の三姉妹に出会ってから、実菜穂には疑問に思うことであった。青の神と会話が通じていること、この建物に結界をはり外部と遮断したこと、なにより卯の神が受けた仕打ちが何の為なのか。考えればまだまだ知りたいことが湧いてきそうであるが、余計な問答をしている余裕はなかった。ただ、この疑問だけはこれからの遊びに影響するかもしれないと考えて聞いたのだ。
複雑な脳内思考で硬い表情の実菜穂に対し、青の神は冷静でゆったりとした口調で答えた。
「私には音はいっさい聞こえません。ですが、眼は全てを見渡しています。そして言葉も伝えることが出来ます。実菜穂と言葉を交わせるのは、眼と口があるからです。実菜穂が言葉を口にすれば、私も僅かですが同じように口を動かします。そうすれば、何を言ったのかは分かります。だから言葉を交わすことが出来ます。それに何も聞こえないということは、相手の心の内を見る力が強まるようです。例えば、どうして私に巫女と柱を隔てる壁を作ることが出来るのかとか。考えていませんか」
青の神の柔らかくも鋭い瞳に実菜穂は心の内に踏み込まれたように感じて、背筋が凍りつくほどの寒気に襲われた。
(この感覚、覚えがある。そうだ、水波野菜乃女神と神霊同体に成ったときのよう。でも、あれは御霊の内側から満たされていく感覚だった。でもこの青の神様は外から入り込む感覚。何者かに犯されていく感覚。これが本来の卯の神様なのかな。この神様に私が相手をできるのかな。私がここで青の神様に音が与えられなければ、全てが無駄になる)
暑さを感じるフロアにいながら、実菜穂の首筋には冷たい汗が滲んでいた。実菜穂の驚きを知りながら、青の神はニコリと笑みを浮かべている。
「さあ、遊びましょう。私は かくれんぼ がしたいです」
青の神が手を差し出した。
実菜穂の差し出すはずの右手が震えていた。震える右手を必死で押し上げようとしたとき、フロアに横になっている陽向と霞が眼に入った。
(そうだ。手段はあるはずだ。陽向も霞ちゃんも、その手段を見つけた。それならば私も)
実菜穂は真っ直ぐに青の神を見つめながら、右手を握りしめた。




