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風と言葉(5)

 霞が拳を振り下ろしていく。どの程度で神に痛みを与えられるのか分からない。手加減をすれば、この苦しみが続く。それは絶対に避けたかった。無我夢中で拳を緑の神めがけて突き出していく。


(えっ!)


 霞は迷った。振り下ろす拳の行き先が定まらないのだ。


(えっ、どこ狙えばいい。顔、お腹、腕、足ならいいかな?)


 時間にすれば一瞬であるが、頭の中に僅かにある思考の隙間がフル回転していた。


(迷うなわたし。いまは鬼を交代するとき。迷うなあ)


 緑の神の顔面めがけて拳を下ろしていった。振り下ろす拳の先に緑の神の瞳が見えた。口をベールで覆い、丸く幼い瞳が霞を見ている。


 霞の眼には、緑の神の瞳にはっきりと色が見えた。その色は何ものも取り去る灰色の光を放っている。抗うこと、笑うこと、泣くこと、話すこと、生きること、とにかくあらゆることを諦めた瞳。演技などではない、それは色が証明していた。すべてを諦めた瞳で霞が振り下ろす拳を見ている。降伏でもなく従順でもない。抵抗したあげく全てをはぎ取られ、奪い取られ、押さえつけられて行き着いた場所。幼い神の瞳に霞の心は更なる苦しさを覚えた。


(何、この眼。どうしてその光で見るのよ。さっきまでわたしをからかっていたのに。何があればそんな眼になるの)


 霞は全てを壊す勢いで、緑の神の顔をめがけ拳を下ろす。


「わーっっっ!」


 ガシュッ!


 重く堅い響きとともに床が揺れ、コンクリートの破片が肉片のように飛び散った。


 霞の拳は緑の神の顔を避け、床を打ち砕いていた。


(何よ。その眼は、何がいったいそうさせるの)


 もう一度殴ろうとするが、拳は緑の神を避けて床を砕いた。風圧で砕けた破片が飛び散る中、フワリとめくれたベールに隠されていた口が見えた。灰色の髪の毛で縫い合わされた唇。可愛いらしく笑みを浮かべるはずの口元は、無惨にも醜く縫い合わされている。声を上げることもできず、叫ぶこともできない。喜びも、悲しみも、痛みも、怒りも全てを塞がれた姿。


(これは、何?)


 霞が見ている色からある光景が浮かび上がる。


◇◇◇


 幼い巫女が沼地にある鳥居をくぐる。巫女を見送ると灰色の髪に茶色と白色に彩られた翼を持つ男がいる。獰猛そうな目に寒気を感じた。その男に話しかける。たわいもないことを次々と話す。まるで、気を反らすように・・・・・・


 場面が変わる。


 幼い巫女が血にまみれ巨大な龍の前に膝をついている。それを見つめている灰色の髪の男がいる。


 その男が顎を押さえつけ、何度も殴ってくる。狭くなる視界に男の顔が近づく。


「達者な口で俺の気を反らせ、人を招き入れるとはな。だが、しょせんは人よ。罪ある神の巫女など恐れるに足らぬ」


 男の顔には右眼がなかった。穴がポッカリとあいていた。


「この口が俺をたぶらかしたか。無駄口が叩けぬよう塞いでやろう」


 髪の毛を抜き取ると爪で唇を塞いでいった。


◇◇◇


 頭の中に描かれた光景を振り払うように首を振ると、色を見ていた眼を拭った。


(この光景はなんなのよ。緑の神様の眼は、陰惨な出来事を見てきたからなの?もしかして・・・・・・緑の神様には、私とあの男が同じに見えたってこと。この苦しみは、あの男の呪いってこと。もしかして、陽向さんも同じものを見たのかな)


 霞は緑の神から飛び退くと、自分の拳を見つめた。


「わたし、できないよ」


 刻一刻と絞めつけられる苦しみに霞は膝をつき伏していった。

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