いままでとこれから(13)
みなもの髪が風に揺れた。髪飾りに咲いた含羞草が、水色の髪を彩った。
「お主、いったい何を知っておるのじゃ」
みなもがシーナの眼を見つめた。水色の瞳が静かな光を放って、シーナの緑色の瞳を照らした。
みなもの表情に怒りや悲しみの感情はない。シーナでさえ見惚れる顔には、奥底が知れないほどの器の深さを感じた。あるがまま受け入れる覚悟を見せるみなもに、シーナは開きかけた口を閉じてしまった。
(死神が口止めをしたのは、いま話しても全てが中途半端で解決にならないから。確たる証を集めなければ、ただ傷口を広げることになるから。わたしでもそなこと分かってるよ。みなもがその気なら私の心を晒すこともできる。でも、みなもは、そんなことはしない……)
シーナの唇が微かに震えていた。それは、躊躇いと覚悟の繰り返しからくる震えだった。その表情は、初めて口づけをする少女と同じものである。
みなもの瞳の光にシーナは、最後の覚悟を固めた。
「みなもの巫女のことだけど」
「実菜穂がどうかしたのか」
みなもが軽く首を傾げて、シーナを見上げた。
「実菜穂のことじゃないよ。実菜穂の前にとっていた巫女」
「……⁉ 巴瑞季か」
シーナがコクリと頷いた。巴瑞季は、みなもが分霊として迎えられてから村のために奮闘している頃にとった巫女である。神謀りにみなもが参上している間に、事故により命を落とした。それ以来、みなもは、巴瑞季を護ることができなかった自分を責め、悲しみのあまりに神謀りに参上しなくなった。
「そうだね。可愛くて、優しい巫女だった。わたしも好きで、たまに会いに行ってたよ。みなもは、知らなかったかもしれないけど」
シーナが舞いながら、みなもと背中合わせになった。瞳を見つめられると、見透かされるように感じて辛かった。
「それは知らなんだのう。巴瑞季は、優しい巫女であった。人嫌いのお主に気に入られたのなら、儂も誉じゃ。じゃが、巴瑞季は儂の不注意で死なせてしもうた」
背中越しのみなもの声が、シーナの胸に響いた。悲しみに濡れた声が、シーナの中で覚悟をさらに固めた。
「みなも、巴瑞季は事故で死んだんじゃない。ある者に殺されたのよ」
シーナの声にみなものオーラが揺らいだ。
「どういうことじゃ? どうして、お主が知っておる」
みなもの静かながらも強い意気を持った声が、シーナを取り囲んだ。
「わたしだけじゃない。おすましも知っている。と言っても、その証はない。だけど、わたしとおすましは、確信しているよ」
シーナが再び舞うと、今度はみなもと向き合った。瞳に強い光を溜めて視線を合わせた。
「あの時のことを話すよ。天上、地上の神々が神謀り参上していたけどね。おすましは、お務めで、わたしはサボりで参上していなかったのよ。みなもがいないから、わたしはこっそり巴瑞季に会いに行ったよ。でも、その時には巴瑞季はすでに命を落としていた。そばにいたのは、おすましだった。でも、おすましもお務めで駆けつけたとこだった。一歩遅かった」
シーナの声は、フワフワの軽いものではなく、風の太古神としての勢いがあった。みなもは、視線を逸らすことなくシーナを見つめていた。
「なら、巴瑞季を殺めた者がおるというのか。何者が、なぜじゃ」
「確かに一歩遅かったよ。でも、おすましとあたしは、確かに残り香を感じたよ。絶対に覚えがある残り香をね。黄龍が自らの御霊を砕いたとき、御霊の記憶の中にその香があった。おすましとわたしは、確信したよ」
「そやつは、何者じゃ!」
みなもが抉るように、シーナを見上げた。シーナの口が開いた。
「スサノオウ……あの香は、間違いないよ。何度も神謀りで色を見ていた」
「なんじゃと……建速須佐之男命は、母さの弟ではないか。それが、なぜじゃ!」
みなもは、驚くことよりも怒りの感情に堪えながら口を大きく開き、シーナに詰め寄った。
みなもがシーナに詰めるのも無理はなかった。スサノオウは最高神アマテの神の実弟である。みなもの母であるアサナミの神にとっても弟にあたるのだ。
みなもが怒りを覚えることは、シーナにも分かっていた。だが、シーナにとって、それは問題ではない。本当の問題は、スサノオウがみなもの巫女を殺めた理由なのだ。
深く息を吸い、シーナはみなもの肩を強く抱いた。事の真相をいま明かすことが正解なのか分からないまま、シーナは、みなもに語った。




