いままでとこれから(11)
「あっちは、ずいぶんと賑やかだな」
隼斗が露天風呂の端に背をもたれて、空を見上げていた。
夜まで残る夏の熱気と湯気が混ざる瞬間、潮風が肌を撫でて火照った身体を冷ましていった。
隼斗の身体は三人の中で一番小柄であるが、しっかりとついた筋肉と刻まれた傷跡は、ただならぬ者ということが簡単に想像できた。
秋人は岩場に腰を掛けて、半身浴をしている。細身の身体に湯気が触れると、フッと消えていった。毎日トレーニングしている甲斐もあり、肩と胸はしっかりと締まっていた。
秋人の隣では、良樹が身をかがめて湯に浸かっている。一番背が高く、体格もいいはずなのに小さくなっていた。どうやら、実菜穂の声が原因のようだ。
「おい、どうしたんだ。良樹だっけ? 腹でも痛いのか」
ゆったりと背伸びをしながら、隼斗が湯の中でぎこちなく固まっている良樹を眺めた。
「のぼせたのか?」
秋人が心配して声をかけた。
「なんでもねえ。俺、あっちに行くわ」
良樹はフェイントをかけるがごとく、クルリと背を向けながら立つと、速攻で内風呂へと飛び出していった。
「おい、良樹どうしたんだよ」
訳が分からない秋人が立ちあがりついて行こうとするところを、隼斗が止めた。
「行くな、行くな。あいつ、見かけによらずお前よりも女に耐性がない奴だな。おおかた、陽向って子のこと考えたんだろ」
隼斗がクククと笑いながら、両足の指先を湯から突き出した。隼斗の笑いにようやく事態を理解した秋人が、湯に戻った。
「それにしても、お前とまた一緒に湯に浸かるとはね。こうしていると漣を思い出すな。もしこの場に漣がいたら良樹なんか、ぶっ倒れてるな、ハハハ。漣て面白い奴だったよ。元気にしているかな」
ナナガシラの出来事からひと月も経っていないのに、古い戦友を思い出すかのように遠くを見る眼をして隼斗は笑った。
秋人は、鉄鎖の神の社で隼斗と漣の三人で湯に浸かったことを思い出していた。一糸纏わぬ姿を惜しげもなく晒していた漣を見たときは、さっきの良樹と同じようになっていたのだと納得した。
「なあ、お前。さっきのラーメン屋で俺たち以外の男と女を見たか?」
隼斗は自分の右眼を指さしながら、秋人に訊いた。秋人は頬を緩めて静かに頷いた。
「見えました。隼斗さんは信じないかもしれませんが、あれが神様です」
「なんだ。随分と自信ありげだな」
右眼を大きく開けて興味ありという表情をしながら隼斗は、秋人を見た。
「そうですね。確信はあります。僕は、実菜穂を護っている神様の声を聞いたことがあります。その神様が、店の席にいました。水色の髪をした女の子。『みなも』と呼ばれている神様です。はっきりと見たのは初めてですが、すぐに分かりました」
「じゃあ、お前は今まで見たことはなかったのか」
「はい。でも、今思えば、実菜穂が舞を舞っている瞬間、その影を見たように感じたことはあります」
隼斗にも思い当たることがあった。それは、霞と初めて会った時の出来事だ。一瞬のうちに押さえ込まれ、躊躇いもなく息の根を止めようとする恐ろしくも美しい緑色の瞳をした少女を見た。それが、みなもと呼ばれる神様と一緒の席にいたのだ。
「俺たちは、見えないはずのものが見えるようになったということか」
深緑色の瞳を光らせた隼斗が、真っすぐに見つめた。秋人は、その光を受けながら軽く首を横に振った。
「以前に実菜穂が僕に教えてくれたことがあります。『人は神様が見えないわけではない。ただ、見ようとしないだけなのだ』と。僕たちは、ようやく実菜穂や霞ちゃんと同じ眼を持つことができたのかもしれません」
深紫色に瞳を光らせた秋人が、隼斗を見た。二人の間を夜の潮風が、夏の熱気を払いながら通り抜けていった。




